母は強し父は飼い犬に慰めを求める
母はとっても好意的にナオキ君達を受けいれていた風だった。
けれどそれは、喧嘩腰で撥ね退けても反発されるだけと見越しての行動だった。
彼女はまず私達の要求を快く受け入れた上で、互に身を引くようにと友好的に促す戦法を取ったのか。
「お母さん。何を言っているの。俺はなずなさんじゃないと嫌だよ」
「お母さん、なずなさんはつまらない女性ではありませんよ」
ナオキ君とマサオ君が同時に!!
それも二人とも本気で、何言っているの? という困惑顔だ。
ナオキ君なんか、驚いちゃったから「俺」に戻っちゃったよ、という感じ。
「なずなさんは、いつだって相手が気持ち良くいられるように心を砕いてくれます。その優しいとこ大好き。だけどそのせいで、言いたいことを飲みこんじゃうこともあるからね、俺はなずなさんに言いたいことを言わせたい。守りたいです」
「言うべきところはしっかり言うぞ。確かに我慢強すぎて我慢し過ぎるから、もっと早く爆発していいのに、と思うけどね」
二人とも!!
私は二人に気持ちが嬉しいと、口元が勝手にニヨニヨしてしまう。
「でもね」
「すみれ。この二人はあの達郎と違うぞ」
「でもお父さん。どちらかと決まっているならまだわかりますけど、決まる前にどちらからもフラれたらこの子が可哀想じゃないですか」
お母さんの心配はそこか!!
確かにと、否定できない自分が情けない。
「こいつが二人をフル方かもだろ!!」
お父さん!!
私はようやく口を挟んで来た父に感動して口元を抑えたが、ナオキ君とマサオ君は同じ傷ついた顔つきとなって同じ動作で胸を抑えた。
「あなた、いい加減にゴン太を放してその窓を閉めてください」
「だけど、なあ。家族の大事だし」
父はこの寒い中掃き出し窓を開けて外に向かって座り、外に繋いでいたゴン太を抱きしめているばかりだったのだ。父に抱きしめられて無駄にはしゃいでいるゴン太と対照的に、父の背中はなんか落ち込んだ風である。
達郎が結婚の報告に来た時の父は、こんな風、では無かった。
父から見ても、やっぱり私とナオキ君達は釣り合わないって見えるんだよね。
きっとお母さんと同じで、お父さんも私がまた裏切られる未来が見えるんだ。
私のせいで両親こそ傷ついていたって思い当たらなかった。
なずなはおかしいんだよ。
ああ、優香と綾乃が言い放った言葉が今さらに私の心を抉る。
「そうですね。僕達が家族になるってゴン太くんにも認めてもらわなきゃ」
家族になる?
私も父も母もナオキ君をまじまじと見つめる。
注目を浴びたナオキ君は、うふっと、それはそれは可愛らしく笑う。
「お父さん。ゴン太くん可愛いですね。俺も触っていいですか?」
君の方が可愛いよ。
きっと居間にいる全員がナオキ君にそう思った事だろう。
ナオキ君はゴン太よりもキラキラした瞳している。
対してゴン太は、家族の私達には可愛い子だけど、散歩をしても褒められたことの無い大きいだけの不格好な雑種犬なのだ。
煤に顔を突っ込んだみたいに口吻と耳は黒く、体毛は色が抜けた茶色の柴犬みたいな色である。大きな耳はへちょりと垂れているし、シッポなど猫みたいに細くて長い。顔立ちは精悍でもあるが、長い脚にあばらが浮いた体つきで鹿みたい。
家族にはそんなゴン太こそ、最高かよ、なんだけどね!!
「ゴン太は知らない人には咬み付きますよ」
と、母。
咬みませんし、ゴン太こそナオキ君の言葉を聞くや、撫でるの? と父の脇の下から顔を出してキラキラした表情をしている。
けれど犬飼いは、我が子同然の犬が人を噛んで殺処分にならないようにと、触りたがり屋には必ず咬むぞと注意をするのが様式美だ。
「でも、家族になるなら仲良くしたいし」
うわああ。ナオキ君こそ、君の頭こそ撫でたいよと、私どころかここにいる全員が思ったに違いないはにかんだ笑顔と台詞をぶち込んで来た!!
「お前は大きな犬を可愛がりたいだけだろうが」
あ、兄の方が弟の頭を撫でた。
イケメン兄弟の仲良し風景は尊い。
そして気が付けば、比嘉江兄弟は外に出て行ってしまった。
マサオ君だって大型犬と触れ合いたかったの?
そして鳥海家全員が呆気にとられたのは、ゴン太が二人に唸り声を上げるどころか、あっさりと二人を受け入れたことである。
いつの間にか庭に降り立っているナオキ君に抱きつかれても、嫌がるどころか嬉しそうにじゃれついている。
噛まないけど、人見知りが強い子よ?
それなのに、マサオ君がゴン太と呼べば、ゴン太は簡単にナオキ君から離れてマサオ君に抱き着くように飛び掛かる。それでマサオ君に褒められて頭をわしゃわしゃ撫でられて喜んでいる、なんて比嘉江兄弟の愛玩犬と化しているのだ。
麗しい男達と一緒だと、ゴン太まで精悍に見えるから不思議ね。
「犬もイケメンに弱いんだねえ」
お母さんしみじみ言わないで、お父さんがなんか落ち込んじゃったわよ。
ゴン太はお父さんが拾って来たからか、お父さんが一番って子だ。
お父さんこそ、ゴン太をすごく大事にして甘やかしてもいるけれど。
「お父さんが大好きだから、大人の男の人に懐きやすいんじゃない? だってお父さんが拾ってあげなきゃこの子は家なき子のままだったものね」
「ええ、こんな可愛いゴン太を捨てる奴がいたの!!お前はこんなに賢くて可愛いのになあ」
「俺もびっくりだよ。スルーギを簡単に捨てる奴がいるなんてさ」
「スルーギ?」
初めて聞いた単語に私は聞き返していた。
マサオ君は軽く肩を竦め、ほんの少し皮肉そうな声を出す。
「スルーギ。モロッコ原産の日本じゃ簡単に手に入らない犬。ブリーダーもいないし、個人輸入するしか無い。こんな珍しい犬を捨てる奴がいるとは、ホント、世の中狂っていますねえ」
鳥海家全員とナオキ君は、きっと同じ目でマサオ君を見つめていた。
驚きの真ん丸な目ってこと。
だってゴン太は誰もが雑種と信じて疑わなかった子よ。
痩せすぎて貧相だって、近所の人に揶揄われる子だったのだ。
あ、父一人だけが目を逸らしていた。
どうした!!




