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元婚約者が浮気相手と結婚式を挙げた日に私は王子様と出会った  作者: 蔵前
第二部 第四章 えええ?

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何が何だか

 翌日、マサオ君は昨夜と同じく(自称ありあわせのもので)素晴らしい朝食を私とナオキ君に与えると、まるで保育園の保父さん達が荷車に子供達を乗せこむようにして私とナオキ君を物凄い車に乗せこんだ。


 彼が一人で運転したいのはクーペ型の車だけらしい。お店のバンは普通に乗せてくれたもの。それに、このすご過ぎる高級セダン車は、ぶつかってもへこみそうもない頑丈な外殻を持つけど高速で走るイメージはない。


 安全運転するしかない車だったら、彼は人を乗せられるのね。

 けれども、と、私は広い広い後部座席で身を縮こませる。


 だって車が向かう先は、私の実家。


 一般的水準の田舎の家に、黒塗りのロールスロイスファントムはそぐわない。

 ぜったい近所中の目が痛いことになる。どうしよう。


「あの、お店のバンとかで良いんですけど」


「廃車にしたんだ」


 マサオ君のお店の情景が浮かんだ。

 店のガラス戸はガラスを失い、枠だけとなった扉はその枠がひしゃげている。

 あの時にお店のロゴが車体に書かれたお店のバンも壊れていたのね、きっと。


「そうなんですか。二人との思い出の車だったから残念ですね」


「ごめん!!なずなさん!!」


 大声で謝って来たのは、私の隣に座るナオキ君だった。

 彼は凄い涙目。どうしたの?


「ゴキブリ入り段ボール運んだあの車、やっぱり小さなゴキブリが車内中に散っていたんだ。だから俺、もうあの車が駄目になっちゃって」


 小さなゴキブリがちょろちょろしている車かあ。

 私はナオキ君に、気にしないで、と言って宥めた。


「いいの?」


「大事な思い出は覚えていればいいものだもの」


「ハハハ。親父にもその台詞聞かせたいねえ」


 私とナオキ君は運転席へと顔を向ける。

 マサオ君は注目を浴びて嬉しいみたいで、さらに機嫌のよい声を出した。


「あれもこれも思い出があるから捨てられないって、借金で首が回らなくなっていたんだからな」


 だけどそれは機嫌よく言うべき台詞じゃない。


「兄さんはそこをわかってこの車を買ってくれたんでしょ。親父のホテルはお陰でやり直せた。ついでに兄さんがこの車を貸し出してくれるから、常連客をがっかりさせることもない」


「しっかり賃料は取っているぞ。親父が出す小銭がこのファントム代と同じ金額になると、パンを踏んだ娘※のように親父とこのファントムは天国に旅立つのさ」


「兄さん。パンを踏んだ娘はそんな話じゃない。それに親父を殺さないで」


「殺したくもなるよ。なんで俺までレンタルされるんだ」


「兄さんの運転手姿は格好いいから!!」


「ふん」


 あ、マサオ君はかなり嬉しそうだ。

 この兄弟は全く、と私は笑う。

 そして彼らのお陰で気が緩んだ私は、実家に帰る気持ちの重さを忘れられた。


 道中だけ。


 なぜならば、私の実家からかなりの喧騒の音が聞こえる。

 人ががなり立てる声に、招かれざる客を追い払おうとする大型犬のギャン鳴き。

 ああ、近所の家々から誰も出ていないけれど、この寒い中どの家も窓が開いているのは、我が家の出来事を聞き漏らすまいと聞き耳を立てているからだわ。


 マサオ君はちっと舌打をすると、わざと乱暴に我が家の敷地の前に車を止めた。


「酷い止め方」


 これはマサオ君の車の止め方への非難じゃない。

 実家の玄関前で騒いでいる中年夫婦二組の車らしき二台の車が、一台はガレージを塞ぐように、もう一台はその隣と、敷地内に侵入した形で止めてあるのだ。


 これは、家の中にいるはずの私を逃がさない、という意思なのだろうか。

 だって何度もわめいている。

 私を出せ、と。


 まるで達郎との婚約破棄の時のようだわ、と瞬間的に思った。

 あの時は夫婦ではなく、優香と達郎の父親達だけだったけど。


 あの二人も近所迷惑考えずに大声で怒鳴りちらし、そして私が出てくるや大勢の目の前で私に差し出すどころか私の足元にお金の入った封筒を投げつけたのだ。

 これで文句はないだろう、と。


 達郎のお母さんはどうしているかしら。

 婚約中はとてもよくしてくれたけれど、あの婚約破棄から会ってはいない。


「なずなさん。車から出ちゃ駄目だよ」


「あ、そうだ。でも私のことだし」


 それ以上言えなくなった。隣りのナオキ君の言う通りにするしかない、と物思いから覚めた途端に思った。

 だってとっくにマサオ君がファントムから降りている。

 そして現在の状況は、何も言葉を発していないマサオ君の存在感だけで謎の中年夫婦達は口を閉じて慄いている、というものなのだ。


 私が出たら完全に邪魔になる。


 だけどどうして、マサオ君はこんなに人を脅えさせられるの?

 今なんか、マサオ君は腕を組んでファントムに寄りかかっているだけよ。


「き、君がパトロンだと聞いている。こ、この家の娘が真っ当な家の男を誑かして、それをネタに強請るようなことをしているのは君の指示か」


「うちの娘は二人も幼子を抱えているんだぞ。細々と貯めていた金を全部搾り取った癖に、さらに金をせびって来るとはどういう了見だ!!」


「あなた方は、島根大樹(しまねだいき)とその配偶者、愛梨さんのご両親ですね。ああ、大樹に敬称を付けないのは、現時点で犯罪者だからです」


「なっ。うちの息子が犯罪者だと!!」


「他人の敷地に勝手に侵入し、他人の家の鍵を勝手に開けようとしたんです。不法侵入罪です。大樹については、今後、警察と私の弁護士から話があります。それからあなた方も、私とこの家のお嬢さんへの名誉棄損をされましたので、そこもお忘れなく」


 カーンと鐘の音が鳴った。

 だがそれは、マサオ君と中年夫婦二組の戦いの火ぶたが切って落とされた音ではなく、彼らの地獄行きが決まった判定の音のような気がした。


 実際は、犬小屋の裏に我が家の番犬(ゴン太)が逃げ込んだ時に、ステンレスのエサ皿に鎖をぶつけた音なだけなんだけどね。



※アンデルセン童話 高慢ちきな女の子が母親が焼いたパンを踏みつけた咎で地獄に堕ちるが、彼女に同情した女の子の優しさで己の罪を知って反省する。すると神が彼女を灰色の鳥にして地上に戻し、彼女は贖罪の為に仲間の鳥達に自分が貰ったパンくずを譲る。そのパンくずが自分が踏みつけたパンと同じ重さとなった時、彼女は許されて天国に召される。

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