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元婚約者が浮気相手と結婚式を挙げた日に私は王子様と出会った  作者: 蔵前
第二部 第四章 えええ?

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明日を想っていたら

 他所の家で眠れない、というよりは、ここがマサオ君の家だから眠れないが正しい。だって、私は親戚の家だろうが隙間風だらけの古い民宿だろうが、どこだって平気で眠れたもの。


 あと、実家の両親と明日は話合いしなければって事も気になっている。


 実家に私が不倫しているという内容証明が届いただなんて。

 出した相手は私のアパートに押し入ろうとした男の奥さんで、夫の不倫相手をやっつけてやりたい気持ちはわかるけど。


 人違いなのよ!!


 ああ、あのカドクリーニングの芹亜という人は、この展開を見越して私の名前を騙っていたのかしら。

 本当に許せない。

 もういいのよ、なんてどの口が言ったの!!

 私の口ですよ。

 全く、この良い格好しいの、浅はか女!!


 自分を罵り、マサオ君の物は傷つけられないと、私は自分の頬を叩いた。

 でも、それですっきりした。

 いいえ、自分をいい格好しいと罵った事で、こんな奴を嫌っている人が当たり前にいるだろうと冷静に思えたのよ。


 そうよ。

 ナオキ君達にちやほやされて勘違いしていたけど、私は普通の女で、それほど交友関係を築くのが上手では無い質だったでしょう。

 きっと私は自分が知らないうちに誰かを傷つけ、その仕返しを受けているのかもしれないわ。そうよ、クリーニング店の人達。私が芹亜を知らないと言った事で空気がパシッと変わったじゃ無いの。


「同じ高校の人だった?」


 中学は三クラスしかなかったが、高校は県内でも進学校だったために少子化だろうがマンモス校で、同期でも知らない同士だった相手などざらである。


「明日帰ったら卒業アルバムを確認してみる?」


「なずなさん、起きているかな」


 ナオキ君の独り言みたいな声に、私は布団から勢いよく起き上がる。

 その上、起きてます、なんて裏返った声を出してしまったわ。


「良かった。お茶をもってきたんだ」


 私は急いで部屋のドアを開ける。

 ナオキ君は湯気の立ったマグカップが乗ったトレイを私に差し出す。

 私はトレイを受け取りながら、ナオキ君の表情が暗いなって思った。

 痣があるから?


「ナオキ君は大丈夫なの?」


「――俺は心配されるだけの男かな」


 ナオキ君の顔が暗いのは、自分の自信が無くなったから?

 そうだ。私の件について、彼が抱く私への罪悪感はかなり大きい。鹿渡芹亜が自分の愛人に私のアパート襲撃をさせた件について、彼が自分が引き起こしたからだと考えているからだ。だからこそ彼ではなくマサオ君が対処することに、彼は自信喪失しているのかな。


 マサオ君の家に匿ってもらって全部マサオ君に任せるべし、とナオキ君こそ言っておいて。なんとも面倒な人ね。


 でもわかる。

 自分で出来ると頑張ったのに力足らずで、結局出来る人に頼るのは、自分をとっても情けなく感じるものだもの。

 だけど、ナオキ君が出来ない人、というわけでは無いと思う。

 マサオ君が規格外だけな気がする。


「ナオキ君だって体を張って私を助けてくれたんだよ」


「え?」


「私の部屋を開けようとした人達を止めてくれてありがとう。あの人達の行動が善意からだったとしても、中に入られていたら私は許せないわ。だから、私はナオキ君にはとっても感謝しているの」


 ナオキ君は頬を弛めて嬉しそうに照れたが、完全に表情を弛めなかった。

 眼差しはやっぱりいつもよりも暗い。


「ちょっとお話しようか?」


 私は一歩下がって部屋の明かりをつける。

 それからベッドに座って、自分の隣をぱんぱんと叩く。


「私がお茶を飲みきるまで、少しだけ喋らない?」


「でも」


「飲み終わったマグカップを、ナオキ君に片付けて貰おうかなって」


「酷いな。自分でやって。ここを自分()だと思って好きに動き回って良いんだよって言いに来たのに」


「ありがとう。でも私は明日には実家に帰ろうかなって思っている。何度も言うけど、外聞が悪いわ。きっと両親も家に帰って来いって言うと思う」


「そうだね。でも、兄に言い負かされ無かった人はいない。だからやっぱり君は明日もこの家に帰って来るはずだ」


「そうね。でも、あなたこそ大丈夫なの? 私に付き合ってあなたもここから大学に通う事になったでしょう。きつく無いの?」


「ちょくちょく俺が兄の店に呼ばれていたことを思い出して。通学には問題ない。この家はあの店よりも研究所に近いしね」


「あ、そうだった。忘れていた。私は車に乗って運ばれただけだったから、ここの正確な位置が分からないんだったわ。ここの住所を今すぐ教えて」


「ぷ、ハハハ。なずなさんらしい。迷子札作ってあげようか」


「失礼ね」


 ナオキ君はようやくいつものように笑い、そして私の隣に腰かけた。

 なのに、急に真っ赤になって黙り込んでしまった。

 それだけでなく、ぐちゃっと二つ折になって、膝に顔を埋めてしまった。


「ナオキ君? どうしたの?」


「いや。だって、思わず座っちゃったけど、このシチェーションだよ。好きな女の子とベッドに横並びって、それは、男として生殺しというか。それでもって、君は昔気質なのに俺に気安く横に座れという。それに、兄さんにはこんな誘いなんかしないだろって思ったら、……きっついよ!!」


「あ、そうか」


 私はナオキ君に指摘されて、それで自分の気持が少しだけわかった。

 私はマサオ君よりもナオキ君の方を気安く感じている。

 確かにマサオ君には、横に座って、なんて気軽に言わないし言えない。

 でも、と、二つ折りになっちゃった残念な人を見つめる。


 茶々を病院に連れていくことになったあの日、私はどうしてナオキ君にこそヘルプの連絡をしたのかしら。


「それはナオキ君を男性と思ってないからじゃなくて、不安になった時にはナオキ君に横にいて欲しいと思ったからだわ」


 ナオキ君は膝から顔を上げた。

 その表情は、茶々が初めての野菜や果物に驚いた時の顔だ。

 これは食べられるもの? 毒じゃないの?

 あの子が必死に私を見つめる時の顔に似ているわ。

 信じて、いいの?

 だから私も、臆病なモルモットに対して作る笑顔をナオキ君に向けた。


「本当のことよ。私が何かあった時にヘルプを送る相手は、ナオキ君だわ」


 ナオキ君は笑った。

 まるで、茶々が初めて苺を食べた時みたいに、とっても嬉しそうな笑顔だった。

 そしてナオキ君はナオキ君だから、台無しなセリフをやっぱり言った。


「なら、相思相愛だ。兄さんの家に居座ろう!!俺達はそう、カニに寄生するフクロムシの如く兄に寄生し、兄に守ってもらうのだ!!」


 だがしかし、フクロムシなど知らない私は笑えなかったし、自分を寄生虫と言い切ったナオキ君こそどよーんと落ち込んだ。彼はどうしてこんな自爆的なの。


「ナオキ君?」


「笑い飛ばせなかった。ごめん。俺は兄さんがいないと駄目な人間でさ、何から何まで兄さんにお膳立てして貰って――これだ。ごめん。俺は君を守れない」


 私は肩を落としたナオキ君の背中を叩く、トントンと。

 それで、再び思う。

 こんなに外見も中身も素敵な人がこんなにも自尊心が低いのは、やっぱり、あの無駄に庇護力の高いお兄さんがいるからだわ、と。


フクロムシ 寄生虫

雄のカニを雌化させ、自分達を守るべき卵と思わせて外敵から守らせる。そんな哀れなカニの体の中で繁殖し続けるろくでもない虫。

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