真相その二と、魔王がそこにいた
私は……ナオキ君へ怒りなど湧かなかった。
頭を下げた姿勢によって、彼のうなじの先、襟首の奥が見えたのだ。
彼は顔だけじゃなくて背中にも痣がある?
変なバイトをしている後輩を救ったって話よね。
マサオ君が怒り狂うぐらいだ。
ナオキ君はかなりひどい暴力を半グレ達から受けていたのでは?
彼は誰かの幸せのために自分の身を傷つける、幸福の王子そのものみたい。
「なずな、さん」
私はナオキ君の頭にそっと手を乗せていた。
形の良い丸い頭は子供のようで、手の平に柔らかく感じた。
薄茶色の髪は見た目通りにさらっとして、見た目以上に柔らかい。
「あの」
いけないいけない。
彼の髪の毛を堪能してしまったと手を引く。
「ごめん、勝手に触っちゃって。でも、あなたを偉いって褒めたくなったの」
ナオキ君はゆっくりと顔を上げたが、彼の表情は私の行動への驚きしかない。
ちょっと恥ずかしそうなところも、本当に可愛いくて胸に突き刺さる。
「だってそうでしょう。更生を促すなんて、あなたは優しい」
「優しくしたいのはなずなさんにだけだよ。更生って言っても、なずなさんに謝らせたかっただけだから!!結局俺の独り善がりで――」
「独り善がりなんかじゃない」
私の為に頑張ってくれた。
義理姉に重ねての同情でも、原動力は私のためなのね。
「私がワンピースを失って酷く悲しかったのは、あれが宝物だっただけじゃない。カドクリーニング店で、私の言い分を聞いて貰うどころか、私が嘘吐きなカスハラ客だと決めつけられたからだわ。だから、きっと、悪かったと謝罪してもらえたならば、私の気持に収まりが着いたと思う」
「いいの? 俺の考え無しの行動を許して」
「世の中は謝ったら負けと考える人ばかりだわ。謝る必要のない事まで謝ってくれる人を許さなくて誰を許すの?」
ナオキ君はしっかりと身を起こす。
そして、私を抱き締めた。
「なずなさん、大好き!!」
「うぴゃ!!」
茶々みたいな声が出てしまった。
だけど驚いただけで、嫌って気持ちが全然わかない。
ナオキ君を私こそ抱き締め返して慰めてあげたいくらい!!
「俺は許さないぞ」
マサオ君の地獄の底から響くような声に、ナオキ君は私からパッと両手を剥がした。そして私とナオキ君は、マサオ君へと怖々と顔を向ける。
ナオキ君は顔中に冷や汗を流している漫画になる顔付だ。
だがしかし、マサオ君は怒り顔どころか、自分に注目が集まって嬉しそうににやりと微笑んだ。うわあ、誰もを魅了できそうな微笑みだわ。
「ごめんなさい。柚葉さんを侮辱しました」
ナオキ君は再び平伏した。
今度はマサオ君に体を向けて。
「そっちじゃない。お前となずなちゃんはカドクリーニングを許しましたが俺は許しませんよ、と言っているだけだ」
ナオキ君はがばっと顔を上げた。
顔付なんか今までの罪悪感で潰れていた事なんか忘れちゃうぐらいに、闘志あふれる? 勢いづいている顔付きである。
「ダメ! 駄目です!!許したげて!!ってゆうか、俺が頑張って戦うから、お願いだから兄さんは頑張らないで!!兄さんがカルタヘナ法違反で逮捕されるの見たくない!!」
ぷ、くく。
マサオ氏は口元抑えて笑い出す。
「にいさん!!」
「あ、あの、ところで、カルタヘナ法って何?」
「遺伝子組み換えの生物を放っちゃいけないって法律。最近で有名なのはイソギンチャクもどきの遺伝子が入ったピンクのメダカ事件と、やっぱりスナイソギンチャクの遺伝子が入った緑色に光るベタ事件だね。この世にいないはずの生物が放流されて繁殖しちゃったら大変でしょ。知らずに買って飼っていた人も書類送検案件だからね、なずなちゃんも気を付けてね」
「兄さん、わかっているなら!!」
「ばあああか。今回の俺の武器は弁護士だ。なずなちゃんがカスハラ扱いされたと聞いて黙っていられるか? それにそいつは、なずなちゃんのワンピースを着てなずなちゃんの名前を騙って不倫行為をしていたんだ。ここは正しとかないとなずなちゃんの名誉が棄損されたままだろ」
ぐしゃ、とナオキ君は床に潰れた。
マサオ君がナオキ君が考えた様に、マサオ君特性の遺伝子組み換えした生物兵器を使わないようだからホッとしたのかしら。
だけど、私の名誉を守るためにマサオ君が戦うのは違うと思う。
いくらマサオ君がお金持ちでも、そこに甘えたらいけないと思う。
「マサオ君。お気持ちだけ頂きます」
「そう言うと思った。だけどね、戦うべき時は戦わねばいけないんだよ」
マサオ君の声は物凄く優しかった。
彼は全部わかって言っている気がした。
私の言葉こそ待っている気もした。
背中は俺に任せろって、表情だけで言っているのだもの。
「私が彼女と戦います。自分の名誉のことだもの」
「え? だから全部俺に任せて、君は俺の家で自分の家みたいにのんべんだらりしていていいんだよって、話なんだけど?」
「え?」
「え?」
私とマサオ君は互に顔を見合わせた。
意思の疎通ができてはいないようだった。
「あの、明日には新しい部屋を探して、それで引越しまでは実家に戻ろうかと考えていたんですけど」
「え? どうして。決まるまではウチにいれば良いでしょう」
「だって、独身女性が独身男性の家にいつまでも居座るのは外聞が悪いわ」
「君は俺のお祖母ちゃんか!!」
「ひどい」
マサオ君はポカンとした顔を私に数秒向けた後、あ、と自分の頭を軽く叩いた。
それから彼はナオキ君へと顔を向け、何か兄弟にだけわかるテレバシーみたいな目線での会話をし始めた。
「……いけるか?」
「……何とかします」
私はナオキ君へ視線を向けた。
ナオキ君は何かを諦めた顔をしている。
「なずなちゃん?」
再びのマサオ君の呼びかけに彼を見返せば、彼は弟と違って晴れやかで全てが叶ったかの様な表情をしていた。
「マサオ君、あの」
「明日は君の家にご挨拶に行こう。同居の挨拶を君のご両親にかまして置けばご安心されるし、外聞なんかどうでもなると思うからね」
「え?」
「じゃあ、ナオキ。お前もそういうことで、いいな」
「え?」
「なずなさん。受けて。兄さんは決めたら折れないから。ええと、今日から同居よろしくです!!」
ナオキ君は再び私に頭を下げた。
やっぱり土下座風で。
これはナオキ君的に、お願いしますどころかごめんなさい、よね。
マサオ君はニコニコしている。
この人、ヤクザじゃ無いけどヤクザよりも始末が悪いんじゃないかしら。




