魔王さまのご事情
ナオキ君が運転するカマロ、黒塗りのスポーツカーが向かっていた場所は、その車が向かうには似合わない古めかしい屋敷前だった。
高い高い塀が全貌を隠しているが、塀がどこまで続く事でその家はとてつもなく広い敷地を持っているのだと考えられる。
マサオ君の亡き母の祖父、つまりマサオ君の曾祖父の屋敷の一つだという。
「母は体が弱い人でね、東京で両親と住まずに祖母とこの家に住んでいたそうだ。それで父と恋に落ち、俺を生んだ翌年に亡くなった。その日からこの家は俺の財産だね」
何のことはないようにマサオ君は言ったが、こんな大きい家を遺産で貰う事になった理由がお母様の死ならば、彼が結婚した後に奥さんの家で暮らした気持が分かる気がする。
だってここに住まう事で、母親が生きた記憶を消してしまうように思えるもの。
母親との記憶があれば新たな記憶と上書きできるでしょうけれど、彼に母親との記憶が無いならば、母の家は大事に残したい古いアルバムそのものだと思う。
「ナオキ、俺に運転させたきゃ降りろ。あとなずなちゃん、茶々と一緒に君も降りてくれ」
「あ、はい」
車を車庫入れするだけなら危険など無いと思うのだが、自分の運転の時には誰も乗せたくないは絶対らしい。お店のバンとスポーツカーはやっぱり違うのかな。
ナオキ君は大きく溜息を吐いた後に車をすぐに降り、自分が座っていた座席を前に動かして私を出せるように手を差し出す。
「荷物は?」
「君と茶々ちゃんだけでいい。兄さんは君に車庫入れを見せたいのもあるから」
「はい?」
私達が完全に道路に降りてナオキ君の誘導で歩道に下がると、マサオ君が今度は運転席に乗り込んだ。
その後は、大きくエンジンをふかし、目の前から黒い弾丸は消えた。
それから一分しないで周囲を走って来たらしいその弾丸が、いつの間にか塀に開いている大きな空間へとぎゅうん、と吸い込まれた。
車庫の横開きだった扉が閉まり、再び単なる塀の一部と化す。
「秘密基地?」
「ぶふ。そうだけど、兄さんが君に見て欲しかったのは、あの馬力のある車の制御で、ぶふふ、なずなちゃんたら。でもいいね。彼にも知ってもらおう。僕達が人の不条理を流すのは、その人を愛しているからでもあるってね」
ナオキ君は私から茶々のキャリーバッグを奪うと、私の片手を握った。
ふつうに手を繋いだだけなのだけど、その普通に、ができるナオキ君は凄い。
ふつうは、もう少し照れたり……照れていた。
ナオキ君はまっすぐ前を見ているが、耳が真っ赤だ。
わ、わあ、私も釣られて真っ赤になる。
それで、ナオキ君と同じで前にしか顔を向けられない。
「……行こうか」
「……うん」
そしてナオキ君の誘導で少し歩いて、マサオ君の家の門扉に辿り着いた。
やはり時代劇がドラマのヤクザの屋敷の門の様な日本風の大きな門扉がそこにあったが、それは現代風に自動で左右に開く。
私はナオキ君と敷地内に入り、後ろで門が閉まる音を聞きながら呆けていた。
呆けるしかなかった。
外からの屋根で昔ながらの日本家屋だと思ったけれど、違った。
なんだか和風居酒屋か酒蔵風酒店みたいなのである。
見るからに「大きな蔵」みたいな建築だからだろうか。
「歪って笑っちゃ駄目だよ。歴史的建造物になると維持が大変になるからって、兄さんが色々手を入れちゃったから」
「わ、笑わないわよ。普通に凄いお屋敷だわって見惚れていた所よ」
「あはは。うそ。居酒屋さん? って思ったでしょ。俺は思ったもの」
手を繋いでいるナオキ君の手に、私はぎゅうと力を込めて握り直す。
ちょっと黙ろうか、と言う意味合いを込めて。
だってほら、目の前には腕を組んで私達を待っている、不思議なお家の持ち主であるお兄さんがいるわよ。




