王子さまと魔王さま
オートロックを開ける鍵などない俺は、とりあえず一階の共有廊下に飛び込む。
さあ、なずなさんの部屋の階までダッシュだ。
で、次に喧嘩慣れしていない俺がした事は、鍵穴に夢中な奴への跳び蹴り。
よし、一人撃破!!
「てめえ、何しやがる!!」
って、二人目が飛び掛かって来た。
ならばと、俺はとにかく回転だ。
「ひっさつ、回し蹴り!!」
「うぐふぅ」
大声と大きな動作は相手を怯ませる。
いじめられっ子だった小学生の俺に兄が伝授してくれたものだが、二十歳越えた男がするものじゃないな。
ついでに付け焼刃の行動も。
俺の踵はしっかり相手の鳩尾に入ったが、やってやったぜ、となるよりも数秒前の自分の動きがただただ恥ずかしい。
だってさ、俺は兄では無いので、敵は俺が与えた痛みにたじろいだだけだ。
奴らのHPゲージはまだまだ残っている。
そうだよ、俺はヨワヨワだ。
理系の院生という、ストリートファイト的な強さなど不要な生活圏で生息している人間だ。そんな俺でしかないならば、俺というヨワヨワな人間こそが出来る事をするべきだ。
騒乱を起こし、国家権力が到着するまで逃げ惑う。
そう、人目があれば袋叩きにされても殺されるまではされない、はず。
この間もなんとか逃げ切れたんだし。
「火事だあああああ」
俺の大声に半グレ共はびくっと構える。
その隙は俺は駆け出し、次に火災報知機を叩いて鳴らす。
その後は、一階に降りてアパートの敷地外へと出るのだ。
奴らは絶対に俺を追いかける。
俺は警察が到着するまで奴らを引き付けながらの鬼ごっこだ。
「てめえ、待てやあ」
「待てと言われて待つ奴がいるか!!」
たった一階降りるだけの一分にも満たない時間だったが、半グレ共が血眼になって俺を追いかけて来るから、俺は生きた心地などしない逃走時間だ。
そして、目の前には、エントランスホール。
カタン。
金属製のオートロックドアが開き、なずなさんが!!
「なずなさん、入るな!!」
「よくやった。お前は出てこい!!」
兄さん。
なずなさんを庇うようにして、トレンチコートをはためかせて兄が前に立つ。
救いの神の出現に、止まりかけた俺の足は再び動く。
だが、俺は遅すぎた。
背中の布地が後ろから引っ張られ――仰向けになった。
倒れゆく俺の視界はスローモーションだ。
そういうことにしてくれ。
俺の上を人が飛んだよ。
そして、床に転がった俺の頭の方向で、鈍い打撲音とくぐもった苦悶の声が。
スローモーションだよね。
でないと、兄の動きが人離れ過ぎてるって認めなきゃです。
あんな瞬間で俺を掴んだ奴の腕を捩じり上げて放り投げ、後ろのもう一人を何とかしちゃったらしいなんて、怖すぎるんですけど。
「ナオキ君!!大丈夫?」
大きな黒目勝ちの瞳を真ん丸にして、俺に心配ばかりの表情が俺の視界を占領してしまった。俺の世界が彼女だけとなったが、俺に何の異議も無いよ。
だって、二週間ぶりの、会いたかった大好きな人なのだもの。
ねえ、なずなさん。
「痛むの?」
「ううん。大丈夫」
「大丈夫じゃねえな」
兄の恐ろしい声と口調に、なずなさんどころか俺までびくりと震えた。
ああ、なずなさんが俺達から逃げ出してしまったら兄のせいだ。
「じゃ、じゃあ。救急車を。ナオキ君はやせ我慢何かしちゃだめよ」
優しいなずなさんは俺の具合を確かめようと右手を伸ばし、俺はもちろんなずなさんの手を両手を掴んだ。ぎゅっとね。やせ我慢はいけないって君が言ったんだ。心の赴くまま行かせてもらおう。
「ナオキ君?」
「君こそが俺の癒しだよって、痛い」
悪漢を完全に制圧した人に、額を軽く叩かれたのだ。
そしてその人は、いつもの無害な人の仮面を被った。
ヤクザスタイルの癖に!!
「なずなさん。こいつは調子こいて口説く余裕があるぐらい大丈夫だ。それよりも、今すぐ急いで荷物をまとめてくれるかな? 君の方が危険になったようだ」
うん、そうだった。
なずなさんこそが危険になっちゃったんだ。
全部俺のせいで…………ごめん。




