芳しいカフェにて人間の淀みが濾される
私は綾乃達との邂逅で澱んでしまった自分を急に癒したくなり、スマートフォンを取り上げる。スマホの待ち受け画面の画像を、急いで見つめるのだ。
ほら、画面に映し出されているのは、私の可愛い子供。ミルクティー色のモルモットの茶々ちゃんだ。(本物は段ボールで作ったトンネルに籠って昼寝しているから、彼女を起こすわけにはいかない)
本物を撫でられない代わりに、私はスマホの画面を指先で撫でる。
すると、もう一つの画像に変わった。
茶々ちゃんを購入したお店の店主とその弟、比嘉江真緒さんと比嘉江那緒君と自分が並んでいる画像だ。
彼らは落ち込んでいた私にまるでシンデレラが体験するような変身をさせてくれた魔法使い達だ。彼等のお陰で私は心の傷とその傷の原因である裏切り者達に立ち向かえたのだと思い出す。
「本当に夢みたい。こんなに素敵な男性達がいる事こそ夢みたいなのに、二人して私が好きだって言ってくれるんだもの」
ああいけない。顔が勝手ににやけてしまう。
そして、弛んだ頬を右手で撫でて、自分の顔がにやけているどころか強張っているって、本当のことを自分の指先が教えてくれた。
私はこの二週間ほど、彼等と顔を合わせていない。
二週間程度で何を言っていると?
二週間前までの彼らは、ストーカーですか? と尋ねたくなるぐらいに、一日一回は必ず彼らのどちらかと、あるいは二人同時と、顔を合わせていたのだ。それがこの二週間はぱったりと彼らに会えなくなり、今や完全に彼らと私は音信不通状態なのだ。
この落差。
だから私は心配でいっぱい。
けれど私の彼らへのその心配は、彼らが私への気持が無くなったと考えての心配ではない。そんな心配が出来る方が良いと思える事態なのである。
彼らに会えなくて寂しいって、寂しがり屋の茶々みたいに泣きそうだけどね。
「マサオ君のお店のガラスが粉々だったわ。それからお店は閉まったまま。彼は大丈夫なのかしら」
マサオ君のお店の周りは警察官に囲まれて、物凄く物々しい雰囲気だった。
もちろん私は彼に大丈夫かとメッセージを送ったが、彼からの返信は、お店をしばらく閉める事に関しての謝罪と、お店が再開する時には連絡しますという形式ばったものだけだった。
お店にはドラマみたいに警察の変なテープが貼られて近づけもしないし。
それでナオキ君に連絡を取れば、通話に応対がない代わりに、論文の為に大学の研究室から出て来れないという状況であるというメッセージが届いた。
「いいえ。ナオキ君は、マサオ君のごたごたが終わるまで絶対にマサオ君に近づくなって追記していたわよね。それって、あの日の言葉のとおり、まだ二人は私を想ってくれているから、二人一緒じゃ無い時は会うなっていう牽制かしら」
比嘉江兄弟への物思いを邪魔するように、ブルっとスマホが震えた。
見れば綾乃からのメッセージだった。
「トニーズカフェで待ってる。すぐに来るんだよ」
「なんで命令口調。行くの止めようかな」
私は今の自分の服を見下ろした。
今日は一日中部屋でゴロゴロするつもりだっただけだから、殆ど部屋着のトレーナーワンピを着ている。綾乃達が私をマウントしに来るというならば、惨めったらしく見える格好は避けるべきであるが、今の私はお気に入りの服を着たくない。
クリーニングに出すお金がないわけではない。
私の大事なワンピースの一枚が、クリーニング店にて紛失したようなのだ。
消えたのは、優香達の二次会に着て行ったワンピースではない。
緑色のAラインワンピースだ。
あの二次会に来ていくものとしてナオキ君とマサオ君はあれを選ばなかったが、実は彼等達とのお出掛けにこそ着て欲しかったらしい。私は彼等のそんな告白を受けて、さらにあのワンピースが特別なものになった。
それが消えてしまった。
「受け取り済だって言い張られて、騒げば業務妨害で訴える、だなんて。だったらどうして私がまだ引き換えレシート持ったままなのよって話なのに」
ブルブルブル。
「十分以内に来なければ、トニーズカフェのチョコパフェを奢らせるぞ」
「ああいやだ。綾乃達のせいで諦めたワンピのことも思い出しちゃった」
私は綾乃の無神経なメッセにさらにイラつかせられたと、ブツブツと悪態を吐きながら上着を羽織る。
「なんでトニーズカフェなんか綾乃達との待ち合わせに指定しちゃったんだろう。 ナオキ君達が薦めてくれたお気に入りのカフェなのに」
ぼやきながら気が付いた。
私達の最近の待ち合わせは、トニーズカフェで、だったから。




