私はテンジクネズミと天にむかって叫ぶばかり
「それは間違っているよ!」
叫び声をあげたナオキ君を、私はまじまじと見返した。
彼は頬に血を昇らせて怒っているような顔をしていた。
「ダメだよ! 俺はなずなさんに恋をしてる! でも、なずなさんが選ぶべきは兄さんだ! 兄さんは本当に凄いんだ! 俺と付き合ってもきっと兄さんを好きになっちゃう。だから、俺を選んじゃ駄目なんだよ!」
ナオキ君は小学生みたいに叫び、そして、叫んだあとに我に返った。
しまった、と真っ赤になってよろめいたところは幼く見えて、中学生、いいえ小学生の男の子、かな。
そんな彼は、反抗期の高校生がバイクで走りだしてしまうかのように、私の家を飛び出して行ってしまった。
「ナオキ君、たら」
いま、私の中の恋心のやじろべえが、ガクンとナオキ君の方へと傾いた。
わたし、可愛いものに弱いみたい。
それに、好きだって直に言ってくれた人に靡いても良いでしょう!
「あの馬鹿。ああ、パスタを茹る前で良かった。パスタを三人分茹でていたら大変だった。すいません。俺は一度帰ります。弟と話し合わねばなりません」
「あ、あの。私が図々しいから、あの」
彼は私にふっと笑って見せると、シンクに寄りかかって私をじっと見つめてきた。
私は、ひゃあ、となる。
だってマサオ君は、様とつけるべきほどに何かオーラもある人なのだ。
そんな男性に見つめられてしまったのよ。
マサオ様の印象的な彫りの深い目元は、日本人特有の二重でもあるが、理知的でなんて涼しい目元だと溜息をついてしまうほど。
「君はあいつの行動を笑って流せばいいんだよ」
「でも。ナオキ君は」
「大丈夫」
私は彼が大丈夫と言えば何でも大丈夫な気がした。
ああ、心の中のやじろべえが真っ直ぐに戻っちゃった。
「でも、私の不用意な言葉でナオキ君を傷つけたみたいだし」
「いやいやぜんぜん。俺は嬉しいくらいですよ。俺達に慣れてくれて、俺達の事を好きになってくれている。俺はまだ31だ。女房が死んでまだ二年なんです。気に入った子が出来てもそんなにすぐに行動に起こせない」
「え?」
彼はシンクに寄りかかったままだが、私の耳元に口を寄せられるくらいには上半身を傾けた。
「俺達はあなたに本気で惚れたのですよ」
「ええ!」
「でもね、あいつは院生になったばかりで就職もまだわかんないし、俺ももう少し時間がいる。だからね、俺達と一緒に歩いてくれませんか?」
「はい?」
「友達から始めてくれませんか? どっちを選んでも、どっちともお断りしてくれてかまいません。ゆっくり選んでくれた方が助かります。だって、あいつが言っていたでしょう。なんか、俺の方を選ぶのがお決まりらしいですよ」
彼はそこでぷっと吹き出して、そして、あと片付けもしないですいませんと言って、私の部屋から帰って行った。
可愛いったらありゃしないって、どっちについてのご感想の呟き?
その台詞とその声だけで、私は腰が抜けました。
いいえ、私の腰が抜けたのはマサオ君の呟きのせいじゃない。
腰を抜かした私はずるずるずると下がり、台所の床に座り込んだ。
「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷい。
私と茶々は比賀江兄弟によって混乱させられた世界で叫んでいた。
私は、二人に愛されている純粋な喜びと、どちらかを選ばなきゃいけなくなった混乱で。
茶々はナオキ君がほったらかしにした、ちゃぶ台の上のサラダボウルのレタスが食べたいとケージに体当たりする狂乱ぶりで。




