↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/3

賽は投げられた

 事件は、瞬く間に全国で報道されるようになった。


「大量殺人事件」の容疑者。


 テレビは、私をそう呼んだ。


「なぜ彼は、これほど多くの人間を殺したのか」


 専門家と呼ばれる人々が、画面の中で議論している。


 私の過去。妻と娘の事件。そのあとに続いた、一連の殺人。


 様々な情報が、次々と報道されていく。


 私は、それを拘置所の中で聞いていた。


 一方で、こんな報道も流れた。


「彼を、英雄と呼ぶ声もあります」


 クマによる被害に長く悩まされてきた人々の中には、私を支持する者もいるのだという。


 ネット上でも、意見は真っ二つに分かれているらしい。


 「大量殺人鬼」と呼ぶ者。


 「英雄」と呼ぶ者。


 人によって、受け止め方は様々だ。


「英雄か……」


 私は、首を傾げた。


 同時に、「大量殺人鬼」という呼び方にも、どこか違和感があった。


 私の認識では――


「私は、人間を殺したんじゃない」


「クマを、駆除しただけだ」


 大量殺人鬼。


 英雄。


 テレビの中で、誰かが私につけた二つの呼び名。


 そのどちらにも、私は自分を重ねることができなかった。


 私はただ、必要なことをしただけだ。


 そう思っていた。


⸻


 父と母が面会に来た。


 二人とも、以前よりずっと老けて見えた。


 母は、椅子に座るなり、ハンカチを目に当てた。


 父は、ほとんど何も話さなかった。


 しばらく、三人とも黙っていた。


 何を話せばいいのか、私にも分からなかった。


 やがて、父が口を開いた。


「どうして、こんなことをしたんだ」


「害獣を、駆除したんだ」


 私は、そう答えた。


「……何を言ってるんだ」


 父の声が、震えていた。


「人を殺したわけじゃないよ」


「彼らも、人間だろ」


「違うよ」


 父にとっては、人間だった。


 私にとっては、クマだった。


 そのことを説明しようとした。


 けれど、何を説明しても、父には伝わらない気がした。


 父は、しばらく私を見つめていた。


 そして、ぽつりと言った。


「お前……本当に、そう思ってるのか」


「うん」


 自分でも驚くほど、迷いのない返事だった。


 父は目を伏せた。


 母が、震える声で言った。


「妻ちゃんと、娘ちゃんのことを、守りたかったんだよね」


 その言葉を聞いて、私は少し考えた。


「……最初は、そうだったと思う」


 口にした瞬間、不思議な感覚があった。


 最初。


 その言葉が、妙に引っかかった。


 妻と娘の顔を思い浮かべる。


 あの日の朝。


 三人で食べた朝食。


 娘が話していた、幼稚園のこと。


 玄関で振り返って、大きく手を振った娘。


「お菓子買ってくるね!」


 私は、「楽しみにしてる」と答えた。


 妻が笑っていた。


 あの時、私は二人を守りたかった。


 それは、間違いない。


 けれど、そのあと何をしていたのか。


 何人殺したのか。


 なぜ殺したのか。


 考えてみても、すぐには答えが出てこなかった。


 私は、黙ったまま父と母を見た。


「……何のために、こんなことをしたんだろうな」


 自分で口にしてから、少しだけおかしくなった。


 答えは分かっている。


 クマを駆除するためだ。


 でも、その答えだけでは、何かが足りない。


 父が、ゆっくりと口を開いた。


「お前は……何のために……」


 その先は、言葉にならなかった。


 私はしばらく黙っていた。


 そして、


「わからない」


 そう答えた。


「けど、俺の人生なんて、もうとっくに、なにもかも終わっていたんだよ」


 父も、母も、それ以上何も言わなかった。


 しばらくの沈黙のあと、二人は席を立った。


 母は最後まで泣いていた。


 父は、一度だけ私を見た。


 何かを言いたそうな顔をしていた。


 けれど、何も言わなかった。


 二人が面会室を出ていく。


 扉が閉まった。


⸻


 一人になった房の中で、私は小さな紙袋を開いた。


 面会の時、母が差し入れてくれたものだった。


 中には、お菓子と、妻と娘の写った写真が入っていた。


 私は、それをしばらく眺めていた。


 袋の中のお菓子を見る。


 娘が好きだったものだった。


「お菓子買ってくるね」


 娘の声が、耳の奥に蘇った。


 朝の食卓。


 妻と娘の笑い声。


 玄関で振り返り、大きく手を振る娘。


 妻の、「じゃあ行ってくるね」という声。


 そして自分の、


「うん。気をつけて」


 あの日の言葉。


 扉が閉まる、あの音。


 目の前にあるお菓子を見つめる。


 娘は、もういない。


 妻も、もういない。


 それでも、写真の中では二人とも笑っている。


 私は写真を手に取った。


 妻の隣で、娘が笑っている。


 その顔を見ていると、胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 私は、写真から目を離せなかった。


 しばらく、何も考えられなかった。


 どうして、こうなったんだろう。


 考えても、答えは出てこない。


 ただ、妻と娘の笑顔だけが、そこにある。


 私は写真を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「どうして、こんなことになっちゃったんだろうな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。