賽は投げられた
事件は、瞬く間に全国で報道されるようになった。
「大量殺人事件」の容疑者。
テレビは、私をそう呼んだ。
「なぜ彼は、これほど多くの人間を殺したのか」
専門家と呼ばれる人々が、画面の中で議論している。
私の過去。妻と娘の事件。そのあとに続いた、一連の殺人。
様々な情報が、次々と報道されていく。
私は、それを拘置所の中で聞いていた。
一方で、こんな報道も流れた。
「彼を、英雄と呼ぶ声もあります」
クマによる被害に長く悩まされてきた人々の中には、私を支持する者もいるのだという。
ネット上でも、意見は真っ二つに分かれているらしい。
「大量殺人鬼」と呼ぶ者。
「英雄」と呼ぶ者。
人によって、受け止め方は様々だ。
「英雄か……」
私は、首を傾げた。
同時に、「大量殺人鬼」という呼び方にも、どこか違和感があった。
私の認識では――
「私は、人間を殺したんじゃない」
「クマを、駆除しただけだ」
大量殺人鬼。
英雄。
テレビの中で、誰かが私につけた二つの呼び名。
そのどちらにも、私は自分を重ねることができなかった。
私はただ、必要なことをしただけだ。
そう思っていた。
⸻
父と母が面会に来た。
二人とも、以前よりずっと老けて見えた。
母は、椅子に座るなり、ハンカチを目に当てた。
父は、ほとんど何も話さなかった。
しばらく、三人とも黙っていた。
何を話せばいいのか、私にも分からなかった。
やがて、父が口を開いた。
「どうして、こんなことをしたんだ」
「害獣を、駆除したんだ」
私は、そう答えた。
「……何を言ってるんだ」
父の声が、震えていた。
「人を殺したわけじゃないよ」
「彼らも、人間だろ」
「違うよ」
父にとっては、人間だった。
私にとっては、クマだった。
そのことを説明しようとした。
けれど、何を説明しても、父には伝わらない気がした。
父は、しばらく私を見つめていた。
そして、ぽつりと言った。
「お前……本当に、そう思ってるのか」
「うん」
自分でも驚くほど、迷いのない返事だった。
父は目を伏せた。
母が、震える声で言った。
「妻ちゃんと、娘ちゃんのことを、守りたかったんだよね」
その言葉を聞いて、私は少し考えた。
「……最初は、そうだったと思う」
口にした瞬間、不思議な感覚があった。
最初。
その言葉が、妙に引っかかった。
妻と娘の顔を思い浮かべる。
あの日の朝。
三人で食べた朝食。
娘が話していた、幼稚園のこと。
玄関で振り返って、大きく手を振った娘。
「お菓子買ってくるね!」
私は、「楽しみにしてる」と答えた。
妻が笑っていた。
あの時、私は二人を守りたかった。
それは、間違いない。
けれど、そのあと何をしていたのか。
何人殺したのか。
なぜ殺したのか。
考えてみても、すぐには答えが出てこなかった。
私は、黙ったまま父と母を見た。
「……何のために、こんなことをしたんだろうな」
自分で口にしてから、少しだけおかしくなった。
答えは分かっている。
クマを駆除するためだ。
でも、その答えだけでは、何かが足りない。
父が、ゆっくりと口を開いた。
「お前は……何のために……」
その先は、言葉にならなかった。
私はしばらく黙っていた。
そして、
「わからない」
そう答えた。
「けど、俺の人生なんて、もうとっくに、なにもかも終わっていたんだよ」
父も、母も、それ以上何も言わなかった。
しばらくの沈黙のあと、二人は席を立った。
母は最後まで泣いていた。
父は、一度だけ私を見た。
何かを言いたそうな顔をしていた。
けれど、何も言わなかった。
二人が面会室を出ていく。
扉が閉まった。
⸻
一人になった房の中で、私は小さな紙袋を開いた。
面会の時、母が差し入れてくれたものだった。
中には、お菓子と、妻と娘の写った写真が入っていた。
私は、それをしばらく眺めていた。
袋の中のお菓子を見る。
娘が好きだったものだった。
「お菓子買ってくるね」
娘の声が、耳の奥に蘇った。
朝の食卓。
妻と娘の笑い声。
玄関で振り返り、大きく手を振る娘。
妻の、「じゃあ行ってくるね」という声。
そして自分の、
「うん。気をつけて」
あの日の言葉。
扉が閉まる、あの音。
目の前にあるお菓子を見つめる。
娘は、もういない。
妻も、もういない。
それでも、写真の中では二人とも笑っている。
私は写真を手に取った。
妻の隣で、娘が笑っている。
その顔を見ていると、胸の奥が、少しだけ痛んだ。
私は、写真から目を離せなかった。
しばらく、何も考えられなかった。
どうして、こうなったんだろう。
考えても、答えは出てこない。
ただ、妻と娘の笑顔だけが、そこにある。
私は写真を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうな」




