14:真夜中の侵入者(1)
「やってくれましたね、この顔面凶器男が」
翌朝。帰宅して早々、出迎えたリオルが険しい顔で、とあるタブロイド紙の一面をヴィンセントに叩きつけてきた。
「『ヴィンセント・アルドリッジ、妻を酔わせて強引に宿へ連れ込む』……?」
巨大な見出しを読み上げたヴィンセントは、おそるおそる横に立つアウローラを盗み見る。
アウローラは耳まで真っ赤に染め上げ、両手で顔を覆って小さく呻いていた。
そう、彼女は酔っても記憶がなくならないタイプだったのだ。
そのせいで、宿を出てから屋敷へ帰る馬車の中でもずっと平謝りだった。
「だ、旦那様は何も悪くないのです!わたくしがお酒など飲んだばかりに……!」
「お気になさらず……と言いたいところですが、バッチリ描かれてしまっていますね。酔い潰れているところ」
「ああ!どうしましょう!末代までの恥ですわ……!」
「そこまで悲観しなくとも……」
ちなみに記事の内容自体はアウローラに対してのみ好意的で、普段は近寄りがたい彼女のあどけない一面を「女神の休息」と絶賛していた。
被害を被っているのは、どう見ても最低最悪な夫扱いされているヴィンセントだけである。
「もう二度とお酒は飲みませんわ!絶対に!」
「それは……、そうしてくださると助かります」
今後、アウローラの警戒心の薄さにつけ込んで酒を飲ませ、良からぬ企みを抱く奴が出てくるかもしれない。
ヴィンセントは「夜会などでも、人から渡されたグラスには絶対に口をつけないように」と念を押した。
「いや、問題はそこではありませんが!?」
自分たちの世界に入り込んで勝手に話を完結させようとする二人に、リオルは強い口調で突っ込みを入れる。
その通り、問題はそこではない。
「僕は、どうして『仲良し夫婦アピール』をしに行ったはずが、さらに最低最悪な鬼畜夫となって帰ってくるのか……という話をしているのです!」
「俺は別に、無理やり酒を飲ませたりなんてしてないぞ?」
「そんなことは分かっているんですよ!そうじゃなくて、なぜこんな記事が出るのかと聞いているんです!スケッチされていることに気づかなかったのですか!?」
「何言ってるんだよ。気づけるわけがないだろう?どれだけの群衆がいたと思っているんだ」
「ならせめて!もう少しマシな顔で描かれてくださいよぉぉぉ!!!!」
リオルはヴィンセントの手から新聞をひったくると、一面にデカデカと掲載された挿絵を指さした。
そこに描かれているのは、可憐に酔いしれるアウローラと――彼女を前にして湧き上がる理性を抑え込むことに必死すぎるあまり、まるで獲物を品定めする悪鬼のような恐ろしい形相のヴィンセントだった。
「ずいぶん誇張して描いたな……」
確かに、あの時は限界まで眉間に皺を寄せていた。そうしなければ、変態のように緩み切った顔になってしまうからだ。
だが、それにしても誇張しすぎだろう。失礼すぎる。
「というか、そもそもの話だ。誰が、花祭りにパパラッチが潜んでいるなんて思……ん?」
ヴィンセントはそう反論しようとしたが、ふと、記事の内容に違和感を覚えた。
「……なあ、リオル。なぜこの絵が掲載されているんだ?」
「はい?なぜって、クロッキーを持ち込まれたからでしょう?」
「そうじゃない。なぜこれを翌朝一番の新聞に掲載できたのかと聞いている」
「……と、言いますと?」
「現場で描かれたクロッキーを徹夜で木版に彫り上げ、今朝の号外に間に合わせるなど、相当な人員と費用を投じなければ不可能だ。つまりこの記事は、そこまでの手間をかけて作られた記事ということ。……だが、何故そこまでする必要がある?花祭りはその歴史的背景から、参加者の身分や個人情報を明かさないのが暗黙のルールなんだぞ?」
花祭りには地元の新聞社も協賛しているため、祭りの熱気を伝える記事が出ること自体は珍しくない。
しかし、掲載されるのはあくまで遠景や、個人が特定できないよう配慮された抽象的な挿絵を使うのが普通だ。
こうしてお忍びで参加している貴族夫妻をわざわざ特定して描き、深夜のうちに突貫工事で版画を彫らせて悪意ある見出しをつけるなど、新聞社としては信用も資金も無駄にする自殺行為に等しい。
つまり、この記事が出版・流通していること自体が異常なのだ。新聞社には何のメリットもないのだから。
(……裏で誰かが資金を出し、糸を引いているか?)
一瞬でヴィンセントの表情は軍人のそれに切り替わる。
リオルも彼の思考に追いついたのか、即座に表情を引き締めた。
「……確かに。言われてみれば、筋が通りませんね」
「リオル、この新聞社への抗議や事実確認は?」
「まだです。旦那様の指示を仰いでから動こうと考えておりましたので」
「そうか。では、今すぐに新聞社へアポイントを取れ。支度が整い次第、乗り込む」
「承知いたしました。……僕もお供しましょうか?」
「いや、マルタを同行させる。お前は残ってくれ。何があるかわからないし、今日はいつも以上に屋敷周辺の警戒は怠るなよ」
「……承知いたしました」
リオルに上着を託しつつ、的確に指示を飛ばすヴィンセント。
つい先ほどまでの和やかな空気は消えてなくなり、いつの間にかエントランスにはピリッとした緊張感が張り詰める。
アウローラは不安を隠しきれない瞳でヴィンセントを見上げた。
ヴィンセントは心配させまいと、お世辞にも上手とは言えない不器用な微笑みを口元に浮かべ、彼女を見下ろした。
「アウローラ、今日はゆっくり休んでくださいね」
「あ、あの……、わたくしも新聞社に……」
「心配しないで。大丈夫ですから」
ヴィンセントは背後に控えるジーナに目配せをすると、アウローラを連れて行くように視線で指示を出した。
意図を察したジーナは静かに頷き、朗らかな笑みを浮かべながら自然な動作でアウローラの傍に寄り添う。
「さあさあ、奥様。昨日の人混みでさぞお疲れでしょう?今日はこのジーナが腕によりを掛けて極上のマッサージをして差し上げますわ」
「え、でも……」
「ほらほら、エルザは奥様のお荷物をお持ちして。マルタは旦那様のお供に回りなさいな」
「はい、承知しました」
「はい!奥様のお荷物はこのままお部屋にお運びしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。ありがとう」
「ケイトさんもお手伝いをお願いできるかしら」
「……かしこまりました」
ジーナの指示通りに従い、テキパキと動く双子とケイト。
アウローラはオロオロと戸惑いながらも、その手慣れた誘導にあらがえず、素直にジーナに付き添われながらエントランスを後にした。




