第6話 荷物
地球から遠く離れたアステロイドベルト。
そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。
そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。
彼女の名前は、アレナ・イエリク。
なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。
そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。
静かな日常が、少しずつ動き始める。
オペレーティングルームが近づいてくる。
このオペレーティングルームには、2等航宙士のクリフが直立不動で待っているはずだ。
ペドロが最も嫌うタイプの人間だ。
コントロールセンターのシステム判断に従うことだけが正義で、自分で考える気がない。
この船では珍しい、本社の直接採用組だ。そのせいか“エリート”を自任している。
だが実際は、システムの指示に頼り切りで、システムが右を左と言えば、右が左になる。そんなやつだ。
肩書のほうは、さらに大事にしている。
いつも月やコロニーの話ばかりで、こんな場所は早く出たいと愚痴ってばかりだ。
本社本部出身の監査官が来たとなれば、あいつの態度がどう変わるかは容易に想像がつく。
実は、俺はクリフのことをそこまで嫌いではない。
何も考えない人間が上にいるほうが、下は案外やりやすいものだ。
もっとも、あいつは、この船内では、数少ない“普通”の人間でもある。
わずかな時間だが、アレナの動きがさっきよりも良くなってきているように見えた。
先ほど重力施設に二日もいて体が鈍ったと言ったのは本当だったのかもしれないな。
実際、センスはあるのかもしれない。
まあ、長くてもここにいるのは十日ほどだろうが。
アレナがふと手元に目を落とし、抱えていたタブレットを少し持ち上げて見せるようにした。
「ここに、荷物を保管しておける場所はあるかしら」
荷物、って……それか?
思わず「へ?」と気の抜けた声が出た。
他に荷物があるようには見えないのだが――
「監査官?あちらです。あそこのグリーンシグナルが点灯しているところが使えるはずです」
俺は通路の先にある作業ボックスを指さした。作業員が手荷物を入れておくための、小さな収納だ。
アレナはタブレットを胸の前でそっと抱え直し、そちらへ向かって静かに進んでいく。
その動きに合わせて、長い髪がふわりと持ち上がり、細い指先がタブレットの縁を軽く押さえた。
荷物? タブレット?……これだけか?
監査員は、船内データの捏造や偽造がないかを確認するために、スタンドアローン型の自立支援システムを持ち歩くと聞いたことがある。
そんなシステムが、タブレット一枚だけで済むはずがない。
二年前に見た監査員は、スーツケースのような機材を抱えていたはずだ。
自立支援システムもなく、タブレットさえ持っていない状況で、いったい何をするつもりなのか。
……ただの見学、というわけでもないだろう。
いや、むしろ――そういうことなのかもしれない。
ペドロも何かを察したのか、さっきまでの苛立ちとは違う、わずかに眉を寄せた表情をしていた。
間違いない。アレナは、俺たちと一緒にあそこへ行くつもりだ。




