第5話 External Observation Ring
地球から遠く離れたアステロイドベルト。
そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。
そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。
彼女の名前は、アレナ・イエリク。
なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。
そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。
静かな日常が、少しずつ動き始める。
ペドロが真っ暗な入口の前で動きを止める。
外部観察リング(External Observation Ring/EOR)だ。
直径二メートル、長さ二十メートルほどの透明な環状アクリルパイプで、通路にもなっている。
アクリルの分厚さは二十〜三十センチはあるらしい。
本来は船体を肉眼で確認するための設備だが、実際にはドローンが点検を担っているため、どちらかというと見学施設に近い。
ペドロが止まった理由は分かっている。
普通の通路からいきなりこのリングに入ると、真っ暗な空間へ、しかも三百六十度透明な世界へと放り込まれる。
宇宙に投げ出されたような錯覚を覚える者もいる。
次いで俺も入口で足を止める。
「アレナ、わかっているとは思いますが、EORに入ると上下感覚や左右が分からなくなる人もいます。ゆっくり、慎重に俺たちの後に続いてください」
「もちろん分かってるわよ。何回かシミュレーションもしてるし」
「では、行きましょう」
EORの中は、わずかに光るガイドライトだけだ。
パイプの両側の通路との明るさのギャップが極端で、アレナの動きが止まる。
「……深海みたい」
そのつぶやきが聞こえたのだろう、さすがのペドロも歩調を落とした。
目が少しずつ暗闇に慣れてくると、EORの外側――宇宙が見えてくる。
アレナが思わず「すごい」と誰に言うでもなく漏らす。
ここから見えるのは、核融合炉冷却用の巨大な、そう、この船本体よりも巨大な放熱設備だ。
核融合炉が心臓なら、あれは肺だ。
俺たちは“ラジエントセイル”と呼んでいる。
実際に見えているのは放熱セルそのものではなく、太陽側に広がる太陽光発電面だが。
そして、その九十度反対側には、太陽方向に向けて設置された物資輸送用の巨大な設備――
通称 ドライバー。
正式にはマスドライバー・アレイ。
電磁誘導で鉱物コンテナを射出する、この船の“動脈”だ
「すごい設備ですね。写真やVRで見たことはありましたが、実物の迫力はやはり違います。やはり現場には直接足を運ぶ必要があったことがわかります」
「そうですね。初めて見たら驚くかもしれませんね」
「先日、ヘイルストームでやってきた時には、窓が小さくてよく分からなかったんです」
その時、俺は初めて、見慣れない船が七番ドックに接岸しているのを見た。
妙にかっこいい船だ。宇宙では必要ないのに。
ペドロが「そろそろ行くぞ」と声をかける。
どの世界でも時間は有限だが、ここではその意味が違う。
一分一秒が、自分たちの寿命に直結している。
アレナが再び「本当に深海みたい」とつぶやき、ゆっくりと動き出した。
ガイドライトの淡い光で、彼女の足取りが進みだしたことが分かる。




