第4話 子守り
地球から遠く離れたアステロイドベルト。
そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。
そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。
彼女の名前は、アレナ・イエリク。
なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。
そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。
静かな日常が、少しずつ動き始める。
緊張しているのか、アレナの動きが少しぎこちない。ミサも少し不自由な身体をおして心配そうについてくる。ココでは事故で身体が傷ついている人間は少なくはない。
先頭を行くペドロの少しイライラしているのが、後ろの俺にまで伝わってくる。
そのとき、アレナがぽつりとミサに言った。
「ここ二日ほど重力制御室にいましたので……少し、動きが鈍くなっているんでしょうね」
妙に自信ありげだ。
ミサが「ああ、そういうこと」とでも言いたげに小さくうなずく。
俺は心の中で悪態をついた。
……まあ、地球から来た人間は、重力施設にしばらく籠もっていると、だいたいこんな感じになる。
その直後、ペドロがぼそりとつぶやいた。
「まるで子守だな」
アレナには聞こえていないようだが、俺にははっきり聞こえた。その声音には、諦めが半々に混ざっている
ペドロが子守?
そんなのしたことがあるのか――思わず笑いそうになる。
それにしてもペドロは、後ろを振り向かなくても誰がどの距離にいるのか完全に把握しているらしい。アレナのぎこちない動きに合わせて、速度を微妙に調整しているのが分かる。
そんなペドロを見ていると、ふと昔のことを思い出した。
自分語りをほとんどしないペドロが、珍しくつぶやいた言葉だ。
「自信家は長生きできないものさ」
あのときのペドロは、誰に向けたわけでもなく、ただ、どこか遠くを見つめるようにしてつぶやいていた。
悔恨の念があるのだろう。
俺は自負心が強く、自尊心も高いペドロこそ“自信家”だと思っていたからだ。
“それってどういう意味だよ”
そう聞きたかったが、ペドロはそれ以上何も言わなかった。
その言葉の先に触れられたくないものがあるかのように。
なんでそんな事を思い出すのだろう?
そうか、アレナの動きに昔、コロニーで見た”地球から来た人たちの動き”既視感があるからだ。
つい、昔の事を思い出すのだろう。
管理区域の境界まで来たところで、ミサが立ち止まった。
「私はここまでね」
そう言って、俺たちに軽くうなずく。
「よろしく頼むわ」
そしてアレナのほうへ向き直り、声を少し落とした。
「これより先は、放射線シールドも十分じゃないの。滞在できる時間は限られているわ。 長くいればいるほど……自分の寿命を削るのと同じことよ」
その言い方は、どこか母親めいていた。
アレナはすぐに答えた。
「大丈夫です。きちんと学校で学んできています。放射能についても、宇宙線管理の博士号を取得していますから」
妙に誇らしげな口調だった。
ミサは小さく息をつき、続けた。
「多少やり残したことがあっても、見たいものがあっても――引き返す勇気も必要ですよ」
そして俺たちに向き直る。
「ユイト、ペドロ。昨日も言ったように、この調査は決して“無理をするための調査”ではありません。
あくまでも業務監査の一環です。リスクの境界を測るために、ある程度の負荷は必要だけれど……私たちは“限界まで”を測るつもりはないのです。
監査員がいるからといって、何か特別なことをする必要はありません。慎重に、いつも通りでいいのですよ」
俺とペドロは軽く「了解」と返事をした。
アレナは、まるで誰かに丁寧に礼をするように少しにっこりして、「わかりました」と答える。その笑顔は、まるで何か楽しいことが待っているかのようで、この現場にはどうにも不釣り合いだった。
先ほどまでの事務的な表情とは違う、お祭りにでも行きそうなどこか子どもっぽいその顔つきが、俺には妙に懐かしく、不思議に感じられた。




