第14話 モルガン先生
地球から遠く離れたアステロイドベルト。
そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。
そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。
彼女の名前は、アレナ・イエリク。
なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。
そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。
静かな日常が、少しずつ動き始める。
ペドロが黙って、俺たち三人にザイルを取り付けていく。
淡々とした作業の中で、俺は――三年前の、あの日のことを思い出していた。
……三年前。
「鉱物? 調査? どうしてあなたがそんなことを……まさか――」
モルガン先生が振り向いた先には、
気まずそうに肩をすくめながら、
それでも“いたずらが大好きな子供”みたいな笑顔を浮かべたペドロが座っていた。
今の彼にはもう見られない、明るくて軽やかな表情だ。
「まったく……ペドロの口の軽さには困ったものね、それは、まだ、今はあまり何も言えないの」
先生は小さくため息をつき、すっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。
……
ペドロがザイルを結び終えると、
AIRS のオートモード解除シーケンスのアラートが静かに点滅し、俺は現実へ引き戻された。
各自がマニュアルモードへ切り替え、順番にリフトへ乗り込んでいく。
並びはペドロ、アレナ、そして俺。
シートに腰を下ろし、ベルトを確認する。
シーケンスは約 10 秒の遅延。まだ許容範囲だ。
AIRS の許可と共に、リフトが加速しはじめる。
0.2G の加速が約 10 秒。
静かに、すべるようにガイドロープに導かれ、
目的地までの 10 分――10km を進んでいく。
……
「ユイト、調査隊の一員に選ばれたらしいな」
デイビット副長が、通路の向こうから歩いてきて声をかけてきた。
落ち着いた低い声。いつも通りの、無駄のない足取り。
「この船では珍しい専門工学科の出身だし、しかも Dr. モルガンの弟子だ。
ミサも調査隊長として、お前には期待していると言っていたぞ」
「ありがとうございます」
……
AIRS のチェックリストは、黙々と進行していく。
時速 60 km で、ゆっくりと――しかし確実に――小惑星が近づいてくる。
正直、これは何度やっても慣れることはない。
はっきり言って、怖い。
電磁力ブレーキが作動しなければ、俺たちは時速 60 km のまま小惑星に叩きつけられる。
いや、小惑星に衝突するなら、まだ助かる可能性はある。
最悪なのは――
そのまま宇宙へ放り出されることだ。
この宇宙服の推力では、60 km の速度に逆らうことなどできない。
そうなれば、ゆっくりと遠ざかっていく小惑星を見ながら、
俺たちは永遠に、この宇宙を漂い続けることになる。
俺は一度、目を閉じた。
そして――また三年前のことを思い出していた。
……
「今回は、新しく掘った坑道で、プラチナ族元素、そして”水”を多く含む可能性のある鉱脈が見つかったことにより実施されます」
「まさに、小惑星の中の海です」
モルガン先生の、よく通る声が部屋に響く。
「新鉱区の様子は……ミサ、あなたからお願い」
ミサが一歩前に出て、タブレットを操作しながら説明を続けた。
「調査するのは、最初から存在していたと思われる洞窟です。
大きさはおよそ三十メートル四方。採掘中に偶然つながりました」
壁面に投影された立体図が、淡い光で洞窟の形を浮かび上がらせる。
「ルート1が近くまで来ているはずですが、古い坑道なので、
どんな状態でつながっているのかは不明です。
今回はルート5からの侵入になります」
ミサは図面を切り替え、洞窟内部の濁った映像を示した。
「洞窟内は、つながった際に舞い上がった粉塵で視界がほぼゼロです。
そのため、隊長が私、調査班長が Dr. モルガン、
助手としてユイト、サポートにキースとペドロ。
この五名で実施します」
その横で、モルガン先生が目を輝かせながら口を開く。
「今回の発見は、これまでに例のない大発見です。
もし、これらを解析し、論文化できたなら――」
先生は言葉を区切り、息を吸い込む。
「これからの小惑星開拓史を変えるほどの成果になるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は胸の奥が熱くなり、思わず武者震いしていた。
……
淡々と、リフトは小惑星へと近づいていく。




