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沈黙の宇宙と忘れられた海  作者: 霧島真宙


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第12話 宇宙

地球から遠く離れたアステロイドベルト。

そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。

そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。

彼女の名前は、アレナ・イエリク。

なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。

そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。

静かな日常が、少しずつ動き始める。

AIRS の最終チェックが始まる。

「……5、4、3、2、1」

静かに――そう、まったく静かに、

ゆっくりとエアロックの外扉が開いていく。


ペドロ、俺、アレナの順に外へ出る。もちろん全員オートパイロットモードだ。

その時だった。

突然、鋭いアラートがヘルメット内に響いた。

アレナだ。AIRS の警報が赤く点滅している。

アレナの宇宙服に異常? エアリークか?

バイタルが一気にレッドラインへ跳ね上がっていく。


「アレナ、落ち着――」

俺が声をかけるより早く、ペドロが怒鳴った。

「手を挙げろ!」

「……えっ?」

「返事は!」

「ハ、ハイ!」

「そのまま頭を叩け!」


どういうことだ?

アレナは慌てて両手を上げたまま、ヘルメットの外側を叩き始める。

滑稽にも見えるが、本人は必死だ。

数秒後、アラートが止まった。

アレナのバイタルがゆっくりと正常値へ戻っていく。


ペドロが短く息を吐いた。

「……あんたの使ってる宇宙服、ほとんど誰も使ってなかった型だ。

 こういう“誤検知”がまれにある。本当の異常じゃない。安心しろ」

アレナは肩で息をしながら、小さくうなずいた。


そのタイミングで、クリフののんきな声が通信に割り込んでくる。

「警報があったようだが、大丈夫か? 数値的には何も問題なさそうだが」

……こいつのこういうところが、時々腹立たしい。何も言わないほうが、まだマシだ。


アレナは呼吸を整えながら、もう一度うなずいた。

その横で、ペドロは淡々と答える。

「こんなのはトラブルにも入らない」

そう言いながら、ふっと小惑星の方へ視線を向けた。

「……あちらの世界で、こんなので慌てていたら生きて帰れないぞ」

その声音はいつも通りなのに、どこか遠かった。

まるで、ペドロの意識だけが一瞬、あちら側へ引き寄せられていくように見える。

俺はその横顔を見ながら、胸の奥に小さなざらつきを覚えた。

――もしかして、こいつは。


アレナもまた、黙ったままペドロを見つめていた。


アレナのバイタルがようやく落ち着いてきた――そう思った瞬間、

数値が再び大きく揺れ始めた。

理由は分かっている。

いま彼女が立っているのは、

“船”という名の、宇宙に浮かぶ不安定な足場。

その周囲には、何もない。


視界の先、10キロ離れた場所に、

バスケットボールを少し先に置いたように見える小惑星がひとつ。

反対側には、青白く射るような光を放つ太陽が小さく浮かんでいる。

それだけだ。

本当に、それしかない。

空間のどこにも“壁”がない。

どこにも“地面”がない。

地球も月もない。

自分を包むものが、何ひとつ存在しない。


――何もない。


初めてここに来たとき、俺も同じように呼吸が乱れた。

この場所は、そういう場所だ。


ここは、まさしく“沈黙の宇宙”。

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