↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の宇宙と忘れられた海  作者: 霧島真宙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/18

第11話 エアロック

地球から遠く離れたアステロイドベルト。

そこに暮らす俺たちにとって、宇宙は冒険の舞台ではなく、ただの職場だった。

そんなある日、六十年間ほとんど変化のなかった俺たちの生活に、地球から一人の監査官がやってきた。

彼女の名前は、アレナ・イエリク。

なぜ彼女は、わざわざここまでやって来たのか。

そして、彼女が調査するという「旧坑道」には、いったい何があるのか。

静かな日常が、少しずつ動き始める。

アレナが何とか宇宙服に身体を滑り込ませた、そのタイミングを見計らったように、

ペドロが声をかけてきた。


「ユイト、先に行って準備を始める。……そっちは頼む」

慣れない宇宙服に手間取っているアレナをチラッと見やりながら、ペドロはエアロックへつながるハッチに身体を滑り込ませていく。

エアロックはひどく狭い作りだ。本来は二人用だが、サブチェアを使えば三人まで対応できる。


だからこそ、先に入った者からさっさと準備を進める必要がある。

俺はアレナのヘッドセットの取付を手伝いながら、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。

「アレナ。……なぜ君のような人が、ここに来たんだ?」

アレナは手を止め、少しだけ考えるように視線を落とした。

「使命感……かしら。 もしくは、忘れ物を取りに渡しに行くような感じかもしれないわ」

ヘッドセットの固定が終わるのを待つように一拍置き、静かに続けた。

「今日のミッションが終わったら、すべて話させてもらうわ」

使命感に、忘れ物――。


このアステリオンに、彼女が“忘れ物”をするような場所があるとは思えない。

「いったいどういう意味だ?」

思わず問い返したその瞬間、アレナは俺の言葉を遮るように声を上げた。

「……さあ、行きましょう」

狭いエアロックに、ペドロ、ユイト、そしてアレナの順に膝を抱えるように腰掛ける。


三つのシートは互いに干渉しそうなほど近く、身じろぎひとつにも気を遣う。

AIRS が、プレブリーズルームとエアロックのハッチがロックされたことをアナウンスする。

続けて、無機質な声が響いた。

「エアロック内は、あと五分で気圧 0.1 MPa・酸素濃度 20%に到達します」

それ以下は、宇宙服の生命維持装置に頼るしかない。

三人それぞれが、AIRS と宇宙服のチェックリストを照合し始める音が、狭い空間に重なっていく。

もちろん俺もだ。


ヘルメット越しに聞こえるのは、AIRS の淡々としたアナウンスと、

宇宙服のシステムが立ち上がる微かな作動音だけ。

人の声は、誰も発さない。

空気の密度が、ゆっくりと薄くなっていくのが分かる。

この密閉された空間では、呼吸の音すら大きく響く。

自分の鼓動が、宇宙服の内側でわずかに跳ね返ってくるようだった。

気圧 0.1 MPa・酸素濃度 20%に到達したというアナウンスとほぼ同時に、

それぞれのバイザーが静かに閉じた。


ここから先、エアロック内の空気は一気に、そして徹底的に回収される。

たとえ 1 g――いや、0.1 g でも残してはならない。


この世界では、空気は資源だ。


宇宙服内部は作業性を考慮し、0.05 MPa までゆっくりと減圧されていく。

もちろん、バイタルを監視しながら慎重に。


エアロック内の音が、急速に失われていくのが分かる。

金属の軋みも、ポンプの唸りも、次第に薄膜の向こう側へ押しやられていく。

音のない世界へ移行しつつある――その境界線に、今まさに足を踏み入れている。


淡々とチェックリストが進行していく。

AIRS の声が止まる。

次に開くのは、外宇宙へのハッチだ。

そう、いよいよ、宇宙だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。