強襲とB2Fへの扉
大地主ボリンから、警備兵たちが渇望する「良質な肉」を奪う――その決死の計画は、直ちに実行へと移された。三人はボリンの屋敷が見渡せる物陰に潜み、彼が日課である畑の見回りに出かける瞬間を、息を殺して待った。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。失敗すれば破滅。成功すれば、次への道が開ける。
「…行ったわ!」ヘラが、ボリンの姿が通路の向こうに消えたのを確認し、小声で告げた。「使用人たちも、今は畑仕事に出ているはず。一番手薄になる時間よ」
「よし」カイが頷き、ニコを見た。「例の換気口だ。俺が外から格子を外す手筈をする。お前は中へ。目的は肉だけだ。他のものには手を出すな。時間は限られている」
「分かってる」ニコは短く答え、カイと共にボリンの家の裏手へと素早く移動した。ヘラは、見張りのため、通路の分岐点に残る。
カイが、事前に調べておいた劣化の激しい換気口の格子に、特殊な形状に加工した金属片(カイがどこからか調達したものだ)を差し込み、慎重に力を加える。ギギ、と嫌な音がしたが、思ったよりも簡単に格子は外れた。カイが無言で頷く。ニコは深呼吸一つすると、その狭い隙間から、音を立てずに家の中へと滑り込んだ。
中は、やはりB3Fの他の住居とは別格の「豊かさ」を漂わせていた。黴臭さの代わりに、微かな香辛料の匂い。床には毛皮。壁には布。だが、ニコの目的は一つだけだ。良質な肉が保管されているという貯蔵庫。ヘラの情報によれば、それは台所の奥にある可能性が高いという。
ニコは、B4Fで培った気配を殺す術を使い、家の中を猫のように進んだ。幸い、家の中には人の気配はない。彼は台所と思われる区画にたどり着き、そして、すぐにそれを見つけた。壁の一部に設けられた、厚い断熱材で覆われた金属製の扉。これに違いない。
扉には、旧式の物理的な錠前がかかっている。ニコはカイから渡されたピッキングツールを取り出し、集中力を高めて錠前と向き合った。焦りが募る。早くしないと、ボリンか使用人たちが戻ってくるかもしれない。何度か試行錯誤を繰り返した後、カチリ、という小さな、しかし彼にとっては福音のような音がして、錠が開いた。
ニコは慎重に扉を開けた。途端に、冷気が顔を撫でる。中は小さな貯蔵庫になっており、棚には、いくつかの野菜や保存食と共に、赤黒い、見るからに上質な豚肉の塊が並べられていた! B3Fの労働者が目にすることすら稀な、分厚く、霜降りのような脂が入った極上品だ。これが、ボリンが独占し、そして警備兵たちが喉から手が出るほど欲しがっているものか。
(これなら、十分だろう…)
ニコは、警備兵二人を買収するのに十分な量…おそらく大きめの塊二つほど…を選び、持参した丈夫な麻袋に手早く詰め込んだ。ずしりとした重みが、彼の腕にかかる。成功だ。早くここを出なければ。
ニコが貯蔵庫の扉を閉め、再び錠をかけ直そうとした、まさにその瞬間だった。
家の入り口の方から、突然、複数の話し声と足音が聞こえてきたのだ!
「まったく、旦那様は人使いが荒い…」
「文句を言うな。早く水を汲んで戻らないと、また鞭が飛んでくるぞ」
まずい! 使用人たちだ! 予定より早い! ニコは反射的に身を屈め、台所の隅にある大きな水瓶の影に飛び込んだ。心臓が口から飛び出しそうだった。
足音は台所に入ってきて、水瓶の近くで止まった。男たちが水を汲む音、そして不満げな会話がすぐそばで聞こえる。ニコは息を殺し、指一本動かさずに、彼らが去るのを待った。永遠のように長い数分間。やがて、男たちは水を汲み終え、悪態をつきながら台所を出て行った。
足音が遠ざかる。ニコは、全身の力が抜けるのを感じながら、しばらくその場にうずくまっていた。危なかった。あと少し発見が遅れていたら…。
彼は、震える体を叱咤し、麻袋を抱え直すと、急いで裏手の換気口まで戻った。外に合図を送ると、カイがすぐに格子を外し、ニコは麻袋と共に外へ滑り出した。格子を元通りに戻し、二人はヘラが待つ場所へと急いだ。
「ニコ! 無事だったのね!」ヘラが駆け寄ってきた。彼女の顔は心配で青ざめている。
「ああ、なんとかな」ニコは、重い麻袋を示した。「手に入れたぞ」
三人は、急いでその場を離れ、人気のない通路まで戻り、ようやく安堵の息をついた。麻袋の中には、彼らの次なる階層への「鍵」となる、良質な肉が詰まっている。だが、それは同時に、彼らが犯した罪の証でもあった。
「…これを、どうやって運ぶ? 腐らないうちに、警備兵のところへ行かないと」ヘラが言った。
「交代時間の直前、早朝を狙うのがいいだろう。人通りも少ない」カイが答えた。「それまで、この肉をできるだけ冷えた場所に隠しておく必要がある」
幸い、近くに使われなくなった古い冷却ダクトの吹き出し口があり、そこは周囲よりかなり温度が低かった。彼らは肉をそこに隠し、交代時間が近づくまで、息を潜めて待った。盗みを犯した興奮と恐怖、そしてこれからの計画への期待と不安が入り混じり、誰も口を開くことができなかった。
そして、B3F全体がまだ薄暗い靄に包まれている早朝。三人は、隠していた肉の塊を麻袋に入れ、B2Fへのゲートへと向かった。ゲートの前には、眠そうな顔をした二人組の警備兵が立っていた。彼らは、こんな時間に近づいてくるニコたちを見て、怪訝な表情を浮かべた。
「待て。お前たち、こんな時間にどこへ行く?」
ヘラが、ニコとカイに目配せし、一歩前に進み出た。「おはようございます。ちょっと、急ぎの用事で上へ…」彼女は言いながら、麻袋の口をゆっくりと開け、中の極上の肉の塊が警備兵たちの目に触れるようにした。
瞬間、警備兵たちの眠そうな目が、カッと見開かれた。その目に浮かんだのは、驚きと、隠しようのない強烈な欲望の色だった。彼らは、それが普段自分たちには決して手が届かない、大地主ボリンが独占している類の肉であることを、一目で理解しただろう。
「こ、これは…」警備兵の一人が、ゴクリと喉を鳴らした。
「ほんの気持ちですが、夜勤明けでお疲れでしょう?」ヘラは、できるだけ穏やかな笑顔で言った。「これで、私たち三人を、ちょっとだけ通していただけませんか?」
警備兵たちは、互いの顔を見合わせた。一瞬の躊躇。だが、目の前にある、抗いがたい肉の魅力には勝てなかったようだ。彼らは素早く頷き合うと、一人が肉の入った麻袋をひったくるように受け取り、もう一人が慌ててゲートのロックを操作した。
「…早く行け! 誰かに見られる前に!」
重い金属の扉が、わずかに開かれる。その向こうには、B3Fの土と菌類の匂いとは全く違う、機械的な騒音と、油の匂いが混じった、新たな階層への入り口が見えた。
「ありがとう!」ヘラは言い、ニコとカイに合図を送った。三人は、足早にゲートをくぐり抜けた。背後で、ゲートが再び閉まる重い音が響く。
彼らは、B2Fに足を踏み入れたのだ。
強盗という大きな罪を犯し、後戻りのできない一線を越えた。だが、彼らはついに、第二の壁を、三人で協力して突破した。目の前に広がるのは、金属と配管、そして絶えず響く機械音に満ちた「機械の街」。安堵する間もなく、新たな挑戦が始まろうとしていた。三人は、気を引き締め、未知なる階層の入り口に立った。




