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渇望される肉と危険な決意

ニコ、カイ、ヘラの三人は、B2Fへのゲートとその警備兵たちに対する監視を、より一層、執拗に続けていた。警備兵がB3F住民であるという事実は、彼らの行動原理を理解する上で重要だった。彼らは単なる命令系統の一部ではなく、この階層の抑圧された空気の中で、他の住民と同じように、あるいはそれ以上に、何かを渇望している人間なのだ。


そして、その渇望の対象が良質な「肉」であることは、観察を重ねるほどに明らかになっていった。ある時は、B2Fから特別な訪問者(おそらくB1Fの役人かその関係者だろう)が降りてきた際、警備兵の一人が卑屈なまでに丁寧に応対しながらも、訪問者が手土産として持っていた燻製肉の包みから一瞬も目を離さなかった。またある時は、ゲートを通過する定期的な食料コンテナの中身を検分する際、他の物資には無関心なくせに、わずかに見える冷凍された豚肉のブロックには、二人ともが明らかに唾を飲み込むような仕草を見せた。


「間違いないわ…」ヘラが、隠れ家に戻ってから確信を込めて言った。「あの人たち、本当に良い肉に飢えてるのよ。B3Fの住民だからって、私たちが配給される屑肉やペーストと大差ないものを食べてるはずだわ。大地主のボリン様みたいな連中が、自分たちだけの楽しみに極上の部位を独占してるのを知ってるから、余計に欲しくてたまらないのよ」


「なるほどな」カイが頷いた。「となると、買収の材料は、それしかないと考えるべきか…。他の可能性は?」


三人は、他の突破方法がないか、改めて検討した。

「ゲートのセキュリティは?」ニコが尋ねる。

「見た限り、最新式ではないが、物理的なロックと電子認証の組み合わせだろう。警備兵の持つIDカードか、あるいは彼らが知る解除コードなしに突破するのは不可能に近い。EMPは一時的な目眩ましにはなるかもしれんが、すぐに異常が検知される。強行突破は論外だ」カイは冷静に分析した。


「警備兵を騙せないかしら?」ヘラが提案した。「例えば、偽の通行許可証とか、緊急事態を装うとか…」

「許可証を偽造する技術も材料もない」カイが首を振った。「それに、彼らは見かけによらず、疑り深いだろう。B3Fの人間だからこそ、同じ階層の者の嘘には敏感かもしれん。下手に芝居を打てば、即座に見破られて終わりだ」


「情報や、他の何かで取引はできないか?」ニコがさらに食い下がった。

「何を取引するというんだ?」カイは問い返した。「我々には、彼らが欲しがるような情報も、コネも、特別な技術もない。彼らは、イデオロギーや理想で動くタイプには見えん。彼らの心を動かせるのは、もっと直接的で、本能的なもの…つまり、あの渇望を満たしてやることだけだろう」


議論は振り出しに戻った。やはり、鍵は「肉」。それも、ただの肉ではない。大地主ボリンのような特権階級だけが口にできる、「良質な遺伝子操作豚の肉」だ。それを手に入れ、警備兵たちに差し出すこと。それが唯一、彼らの心を動かし、ゲートを開けさせる可能性のある方法だった。


「でも、どうやってそんなものを手に入れるのよ…」ヘラが、再び根本的な問題に突き当たった。


その問いに対する答えは、もはや明白だった。三人の視線が、自然と一つの方向へと向かう。B3Fで最も強欲で、最も裕福で、そしておそらく最も良質な肉を溜め込んでいるであろう男、大地主ボリン。


「…ボリンの家を、襲うしかない」ニコが、静かに、しかし決定的な言葉を口にした。


「!」ヘラが息を呑み、顔を蒼白にした。「本気で言ってるの!? ボリン様を相手に強盗なんて…自殺行為よ! あの人は、このB3Fじゃ王様みたいなものなんだから! 手下だってたくさんいるし、もし見つかったら…私たち、B4F送りどころじゃ済まない! きっと、生きたまま豚の餌にされるわ!」


ヘラの恐怖は、もっともだった。それは、単なる犯罪ではなく、この階層の権力構造そのものへの反逆行為に等しい。失敗すれば、待っているのは確実な破滅だ。


「分かっている。危険なのは承知の上だ」ニコは、しかし怯まなかった。彼の脳裏には、B4Fでの過酷な日々があった。生きるか死ぬかの瀬戸際で、ルールなど意味をなさなかった。「だが、他に道はないんだ。このままここで待っていても、あんたはB4Fに送られ、俺たちは捕まる。どのみち、破滅だ。だったら、わずかでも可能性がある方に賭けるしかない」


「しかし、ニコ…」カイも、そのあまりの危険性に、わずかな躊躇を見せた。「計画は慎重に練る必要がある。ボリンは用心深いだろう。家の警備も、我々が考えているより厳重かもしれん」


「それでも、やるしかないんだ!」ニコは繰り返した。「俺たちは、こんな場所で終わるためにここまで来たんじゃない!」


彼の強い意志に、カイも覚悟を決めたようだった。「…そうだな。確かに、これが最も可能性のある道かもしれん。リスクは最大だが、リターンも最大だ」彼はヘラに向き直った。「ヘラ、君の恐怖はよく分かる。だが、我々にはもう時間がない。君はこの階層の『秩序』の中で生きてきたかもしれんが、その秩序が君を守ってくれるわけではないことを、君自身が一番よく知っているはずだ。我々と共に、この危険な賭けに乗るか、それとも、ここで運命を受け入れるか…選ぶのは君だ」


ヘラは俯き、唇を強く噛み締めた。震える手で、自分の汚れた作業着の裾を握りしめる。B4Fへの恐怖。ボリンへの恐怖。そして、目の前の二人と共に、さらに危険な道へと踏み出すことへの恐怖。だが、同時に、彼女の心の中には、この理不尽な状況から抜け出したいという、消えることのない強い願いがあった。そして、この二人となら、あるいは…という、かすかな希望も。


「…もし、失敗したら?」ヘラが、か細い声で尋ねた。

「その時は、その時だ。だが、少なくとも、何もしないで待つよりはましだろう」カイが答えた。

「俺は、最後まで足掻く」ニコが付け加えた。


ヘラは、ゆっくりと顔を上げた。その目には、まだ恐怖の色は残っていたが、それ以上に、決意の光が強く宿っていた。「…わかったわ。やるしかないのね。やりましょう。三人で」


三人の間に、重く、しかし揺るぎない合意が成立した。彼らは、B2Fへの扉を開く唯一の鍵、「良質な肉」を手に入れるために、B3Fの支配者の一人、大地主ボリンに挑む。それは、彼らの運命を賭けた、後戻りの許されない、危険な計画の始まりだった。彼らの視線は、ボリンの屋敷があるという、B3F中央区画の東側へと、固く向けられていた。

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