不在伴奏.カオの覚悟
すぐさまシロの元へ向かうべく、走り出した俺たちだったが、凄まじいスピードで貴族街を走り抜けていくヤヤに対し、徐々にミーヤの足が追いつかなくなっていった。
「ハークハイト、このままじゃミーヤがもたない!」
「モリスの元へ行き、他の魔狼たちと交代して後を追え。私は先に行く! それと、カオの様子も見て来てくれ。イアンに渡した魔力造力剤が効いていればいいが……」
「わかった」
護衛としてハークハイトの元を離れることは了承しがたいことだが、今はそうも言っていられない。
俺はすぐに進路を変え、城下の診療所を目指した。
診療所近くまで行くと、ルークがこっちだと言わんばかりに飛んできた。
飛んで行く方へ付いて行くと、シロが魔獣の氾濫の際に怪我人たちを集めた広場へと来たが、あの時と違い、広場は瓦礫で溢れ返っていた。
「カスク!」
その瓦礫の中に、必死に怪我人を集め救護している人影があった。
「ユーリ様!」
「すごいことになっているな……」
「とても大きな爆発でしたから。それより、先ほど遠くで魔力の爆発があったとモリスさんが言っていたのですが……シロさんですか?」
「恐らくな。今ハークハイトとヤヤが向かっているが、俺もすぐに行かなくちゃならない。魔狼たちを連れていきたいんだが、いるか?」
「それならあっちでモリスさんが。ですが……」
魔狼たちの話に顔色を曇らせるカスクに、どうした? と聞くと、行けばわかると言われ、俺はモリスの元へと足を運んだ。
「ダメだ、カオ! 君はまだ動ける状態じゃ……!」
「モリス」
「ユーリ様! カオを止めて下さい!」
モリスの元へ行くと、明らかにふらつき、まだ立っていることさえできないカオが、モリスの制止を振り切りそれでもどこかへ行こうとしていた。
他の魔狼たちも心配そうにカオを見ている。
「猛毒が体内に入ったんだ。いくら解毒をしたからってすぐに動けるわけじゃない! カオ!」
「グルルルル……!」
必死に止めようとするモリスに、カオは止めてくれるなと唸り声を上げる。
「モリス。ハークハイトがイアンに渡した薬はもうカオに飲ませたのか?」
「はい。あれを飲ませるまでカオは意識すらなかったんです。やっと意識が戻ったと思ったらこの感じで」
「そうか。カオ、さっきの爆発はやっぱりシロなんだな?」
俺が、そう問いかけると、お前まで止める気か? と、カオは牙を剥いて俺を威嚇した。
「今、シロの魔力を追ってハークハイトとヤヤが向かってるし、俺もすぐに向かう。だけど、シロを救出できた時、お前に万が一があればシロは自分を責めるぞ。お前は、それでもなお、その身体でシロのところへ行きたいのか?」
俺の言葉に、牙を剥くのをやめたカオは、俺の顔をじっと見つめた。
本来なら、置いて行く決断をするべきなのだろうが、それでも連れて行けと言っている様で、俺には冷酷な判断は下せなかった。
「……わかったよ」
「ユーリ様!」
「モリス、わかってる。俺だってカオには安静にしていて欲しい。俺たちはもう仲間だ、死んでほしいなんて思ってないさ。だから、カオ、俺と約束しろ。絶対死なないこと、それと、ついてこれなければおいて行く。わかったな?」
すこし膝をかがめ、カオに確認すると、カオはその額を俺にあてて来た。
「よし、そうとなれば、無茶ばっかする主を持つ者同士、俺からお前に良いものをやろう」
俺は、首にぶら下げている小瓶のペンダントを服の下から取り出した。
「ユーリ様、なんですかそれは?」
「要人警護をしてると、時として無理にでも意識を保たなきゃいけない時があるんだよ。モリス、お前は離れていた方がいいぞ」
「どうして……」
なぜかと言うモリスの質問に答える前に、俺は小瓶の蓋を開けそれをカオの鼻へと近づけた。
「キャィィン……!」
「効果あったみたいだな」
聞いたこともない甲高い声を上げたカオは、若干涙目にも見える目を見開いた。
「うわっ! なんですかこの臭い……!」
さらりと吹いた風に小瓶の中の臭いが他の魔狼やモリスの鼻へと運ばれていく。
ぎょっと驚いた他の魔狼たちはすぐさま風上へ逃げ、なんてものをカオに嗅がせてんだと俺を睨みつけ、モリスは鼻を塞いだ。
「ハークハイト特製の気付け薬だよ。大量に吸い込まなきゃ害はない」
俺は、一瞬で脳みそを覚醒させる魔法の小瓶の蓋を閉め、服の下へと戻した。
「いつもそんなもの常備してるんですか……?」
「まぁな。でも、自主的に嗅ぐことはほとんどねーよ」
「そんなものしょっちゅう嗅いでたら病気になりますよ……」
元々はガンフ殿に作ってもらったもう少し優しい気付け薬だったんだが、それだと覚醒効果が薄いとか、持続性がどうのこうのと文句をつけたハークハイトが色々試作した結果、これになってしまったのだ。
俺だけなら、ガンフ殿の気付け薬で十分だけど、万が一ハークハイトの意識を戻すために使うとなると、毒や薬の臭いに耐性のあるハークハイトには少し効果が薄いから仕方がないと言えば仕方がないが、今のところハークハイトに使ったことは一度もない。
「さて、カオも自力で立てる様だし、行くか。モリス、道案内にルークを借りていきたい」
「どうぞ」
「住人の救護、頼んだぞ」
俺はラスの背中に乗り、シロの元へと走り出した。
シロがいるであろう場所へと近づくにつれ、その景色は異常を極めていた。それは、生い茂る緑の異常さだ。
ここは古くから有名な見世物小屋のある場所で、見世物小屋には演劇や手品、魔獣の曲芸などが見られ、客入りのある夜は毎日賑わっている場所だ。
俺も幼少の頃に来たことがあるが、こんな草木に覆われた場所ではなかった。
それに、現在進行形で目に見える形で草花が増殖していく光景には覚えがある。だが、これは草花なんて生易しいものではなく、増殖しているのは草木だ。
「ハークハイト!」
ルークの道案内で、緑が深くなっている方へと進んでいくとハークハイトとヤヤの姿があった。
「シロ、早く出るんだ! こちらからではもう入れない!」
俺たちの姿をちらりと確認するも、今はそれどころではないのか、ハークハイトは天井を突き破っている木が生えたテントの中へむかって必死に声をかけていた。
いったい何が起きているんだ? と現場へ走るラスの背中で眉を寄せていると、さっきまで魔狼たちの後ろを走っていたカオが、物凄い勢いで俺たちを追い抜かし、そのまま草を分けてテントの中へと突っ込んで行った。
「おい、カオッ!!」
止める間もなくカオがテントへと入って行った瞬間、メキメキと音を立て、別の木が天井を突き破って出て来たかと思うと、テントはバキバキと草木にのまれてしまった。
「ユーリ! テントの中にシロがいる! お前は急いで風の盾を、私は草を切って中に……!」
「待て、ハークハイト! お前まで草にのまれるぞ!」
今にも増殖する草木の中へと入って行きそうなハークハイトを俺は急いでラスの上から降りて引き留めた。
「ここにいれば俺たちまで草にのまれて死んじまう!」
「あの子を見捨てるのか!」
「そうじゃない! だけど、お前に死なれても困るんだよ! わかるだろ?」
俺にとってはもちろんシロも大事だが、命の優先順位で言えばハークハイトが先だ。
一番に考えるべきはハークハイトの安全で、シロを救出するのはその後だ。
だけど、ハークハイトがそんな考えに耳を傾けるわけもなく、俺たちが言い合いを続けていると、ヤヤがハークハイトの服を咥え引っ張った。
「なんだ、ヤヤ?」
ヤヤの行動にいったん言葉を止め、ヤヤの方をハークハイトが振り返ると、ヤヤは乗れと言わんばかりに背を向けて伏せた。
「君まで、ここから逃げるのか……?」
ヤヤのとった意外な行動にハークハイトは驚いた表情を浮かべた。
「ハークハイト、早く乗れ。ラス、頼むぞ」
ハークハイトにヤヤへ乗る様促し、俺もラスの背中に乗る。
そして、ハークハイトが早く乗れと急かすヤヤの背に乗るのと同時に、ザザ……ザザッ……! と草が揺れる音が聞こえると、傷だらけのカオが意識のないシロを咥え飛び出してきた。




