不在伴奏.思惑
モリスからの伝蝶は、診療所付近の平民街で謎の爆発が起こり、シロたち三人が怪我人の救助に向かったところで、シロとはぐれ、いつまで経っても戻ってこないシロを探したところ、道にカオが倒れていて、先ほどルークをシロの捜索に出したと言うものだった。
「このタイミングで、平民街で謎の爆発……?」
何から何まで怪しい上にタイミングが良すぎないかと、無意識に疑問の言葉が俺の口から出た時、隣にいたヤヤがいつも以上に牙を剥きロシュを威嚇した。
何かあるのか? とロシュを見ると、伝蝶の言葉を聞いたロシュの口角が明らかに上がっていた。
「なんだよ、姫様消えちまったのか?」
「……お前たちの仕業か?」
「だとしたらなんだ?」
眉間に皺を寄せたハークハイトに、ロシュは勝ち誇ったような顔を浮かべる。
「ハークハイト、ここは私が引き受ける。お前はシロを追え」
「おっと、そうはいかないぜ。領主様」
恐らくドルトディートの手下に誘拐されたのだろうシロを追えと言ったルキ様の言葉に、ロシュはピーっと指笛を吹いた。
すると、さっきまで微動だにしなかった合成獣が突然ギシギシと動き始めた。
「おい、あれ……」
動き出した合成獣に視線をやると、さっきまで止まっていたせいで見えなかった胸元の長い毛の下にあるものが姿を現した。
「人間の頭……!」
俺はそう言って、息を飲んだ。
倫理や道徳から外れているとか、そう言うことじゃない。これは完全に禁忌だ。
踏み込んではいけない領域に、触れている。
だが、俺や他の騎士たちの驚きなど気にも留めていない様子のロシュは、大剣を構えた。
「ファーガス! お前は私と合成獣だ。ハークハイト、お前はユーリとロシュを捕らえろ」
「わかった。イアン! お前たちはこれを持ってモリスの元へ行け。カオを助ける薬だ! ヤヤ、君は今しばらく残ってくれ」
薬の入った小瓶を咥えたイアンは、ハークハイトからの、今はここにいるよりも城下へ行ってルークと共にシロを探せと言う暗黙の指令を瞬時に察し走り去った。
ヤヤを残したのは、ハークハイトもすぐに後を追う気だからだろう。こんな時、シロの元にせめてザビがいてくれたらと思わずにはいられない。
「ユーリ、そう時間はない。さっさと終わらせるぞ」
「わかってる」
「そうはいかねーな。やれ!」
ロシュの合図とともに、今度は茂みに隠れている手下たちが、毒を付着させた実矢を放ってくる。
俺はとっさにハークハイトを守る風の盾を展開し、ハークハイトは魔力の矢で飛んでくる矢を次々と撃ち落とした。
「さすがと言ったところか。その魔力量、恐ろしいな」
「私がこうなったのは、ロシュ、そもそもお前が原因だ。大人しく捕まれ」
「俺が原因……?」
西の森での出来事がなければ、ハークハイトが六花の涙を口にして人並外れた魔力を手に入れることはなかっただろう。
だが、その事実を知らないロシュは訝し気に眉を寄せた。
「毒を使うはお前たちだけではないと知れ」
騎士たちに襲い掛かる矢を撃ち落としたハークハイトは、次にさっき取り出した薬瓶をもう一度空に投げ、それを魔力の矢で打ち抜いた。
そして、薬瓶を打ち抜いた矢は、そのまま茂みの中に隠れているドルトディートの手下たちに襲い掛かった。
茂みのそこかしこから矢にあたり倒れる男たちの叫び声が聞こえて来た。
「ハークハイト、毒なんて持ってたのか?」
「あれは解毒用の毒だ。こんな使い方をしたとシロに知られればどんな怒りを買うかわからん。黙っていてくれ」
これが俺たちの仕事だと言っても、そのことに自分が作った薬を毒として使われたらシロは怒り、泣くだろう。
黙っているのが正解だと言うのには俺も賛成だ。
それにしても、シロはいったい何人分の薬を用意していたのだろう……。
「さて、手下ももういない。遊びは終わりだ。ロシュ」
「おいおい、一対一でお前が俺に勝てないこと忘れたのか?」
「今までなら、な。だが、今なら私はお前に勝てると断言しよう」
「言ってくれるじゃねーか」
俺は、風の盾の展開をやめ、さっきと同じように俺たちの周りにぐるっと火の壁を張った。
「この姿をお前に見せるのは不本意だが、今は時間がない」
「お前、それ……!」
カフスを外したハークハイトの姿にロシュは目を見張った。
「まじかよ。西の森の時は見間違いかと思ったが、まさか……」
「今のお前では、私の足元にも及ばん。大人しく捕まれ」
「くそっ! こんなところでやられてたまるか!」
魔力量の差など、考えるまでもなく一目瞭然で、ロシュもそれを感じ取っているのだろう。
最後の悪足掻きだと言わんばかりに、大剣を振り上げハークハイトへと向かっていくが、ハークハイトの放った魔力の矢を剣で弾こうとしたところで、大剣を貫通した矢が、ロシュの肩を貫いた。
「ぐはっ……! くそ……俺は、まだ……」
「お前には聞きたいことが山ほどあるが、まずはシロの居場所を吐け」
「言うわけ、ねぇだろ……」
肩を貫かれたと言うのに、のたうち回ることもなく、穴の開いた大剣をまだ構えようとさえしている。大した精神力だ。
「もう一度言う。シロの居場所を教えろ」
「あれは……俺たちの、光だ……」
「なに?」
どういう意味だと、ハークハイトが聞きかけたその時、ゴゴゴゴと言う地鳴りと共に、どこからかとんでもない魔力が吹き出す気配を感じだ。
「なんだ、この気配!?」
咒鹿の怒りなど、比べものにならない程の強大な魔力の気配に、思わず見えないとわかりながらも気配のする方に視線をやってしまう。
「どうやらお前に聞く手間が省けた様だ。話は後日聞くとする」
困惑する俺を余所に、ハークハイトはそう言って今にも倒れそうなロシュの首元に何かを注射した。
すると、ロシェはあっという間に意識を失った。
「ハークハイト」
「ただの眠り薬だ。魔獣用だが、問題ないだろう。それより、この魔力はシロだ」
「魔力の暴走なのか?」
「わからん。だが、すぐに行って、あれを回収しないと大変なことになるのは明白だろう」
回収なんて言葉を使ってはいるが、シロが我を失う程の暴走をしていたとしたら俺たちにもシロを止められるかはわからない。本当に、神獣を相手している様な気分だ。
「今、水魔法で壁を」
「待て」
すぐに火の壁を消すから、姿を元に戻す様に言おうとするとハークハイトはカフスを外した姿のまま、魔力の弓矢を火の壁の外に向かって構えた。
音もなく、スッと放たれた矢は火の壁を通り抜け、見えなくなった。
「壁を消してくれ」
「わかった」
一矢放ってすぐ、ハークハイトはカフスを付け元の姿へと戻った。
水魔法で壁を消すと、視線の先で、ちょうど合成獣が屑魔石になるところで、ハークハイトが火の壁の中から放った矢は、胴体の胸元にあった人間の眉間に突き刺さっていた。
「ルキシウス、随分苦戦していた様だな」
「人間の顔がどうも気になってしまってな。それに、これまでの合成獣と違いほんのわずかだが知性を宿しているようでもあった」
「人間が組み込まれたことで知性でも宿したか……」
「そうかも知れんな。お前の援護があって助かった、礼を言う」
「構わん。それより、この魔力は恐らくシロだ。私たちはすぐにシロの元へ向かう。すぐに領主城の薬師を呼んで怪我した騎士たちの救護に当たってくれ。ドルトディートたちが使っている毒に対する解毒用の薬を置いて行く。使い方が書かれたメモもあるから、これらを薬師たちに渡してくれ。それと、ドルトディートのロシュを監獄まで移送してくれ」
「生きたまま捕らえられたのか?」
「シロの作った眠り薬が役に立った」
「騎士たちを救った上に、間接的に敵の長を捕らえるとは……。彼女は本当にすごいな。ハークハイト、必ずあの子を奪還しろ」
「当たり前だ」
必要なことを速やかに伝えると、ルキ様もファーガス団長も後のことは任せろと頷き、ハークハイトは、ヤヤに飛び乗り、俺もミーヤへと飛び乗った。




