76.異変
「何!?」
突然の爆発音に急いで診療所の外へ出ると、以前に合成獣と遭遇した広場の方から煙が上がっていた。
診療所からそう遠くはないので、全員で急いで広場へ向かうと、バタバタと人が倒れていた。
「何が起きたの……?」
瓦礫やレンガが大きく崩れている場所を見るに、そこで何らかの爆発が起きたのだろうとは思うけど、こんな場所での爆発なんて、誰かの故意でなければ起きたりするはずがない。
けれど、理由は後だ。今は目の前の患者を助けなければ。
「モリスは風の盾をお願い。カスクは、モリスの風の盾の中に患者さんを運んで。爆発の原因がわからない以上、どんな危険があるかわからないから慎重にね」
「私は、店に戻って薬を用意してきます。その間、店の者をすぐに救助に向かわせます」
「ありがとう、レパル!」
すぐに広場を後にしたレパルと同時に私たちもすぐに患者の治療を始めるために動き出した。
「自力で動けそうな人はモリスの元へ!」
そう叫ぶけれど、この場で、自力で動けそうな人は両手で数えられる程度だった。
大柄な人はカスクに任せ、私はざっと患者を診ながら女性や子どもを優先して運んでいく。盾の中ではモリスが既に患者の治療にあたってくれていて、カスクとモリスがいてくれる心強さを感じた。
「モリス、次あっちの人お願い。急いで」
「わかった」
次の患者を運ぼうと、風の盾を出て走り出そうとしたところで、ドーン! と再び爆発音が響いた。
「また爆発!?」
今度の爆発は広場の目と鼻の先の様で、土煙が広場の方にも広がって来た。
「モリスとカスクはこのままここで救助を続けて。私はカオと様子を見てくる!」
「待つんだシロ!」
そう叫ぶモリスの言葉が聞こえたけれど、私は土煙の中を目を細めながらカオと進んだ。
広場であった爆発のせいか、人の気配はほとんどなかった。けれど、数メートル進むと倒れている数人の人影が目に入った。
「大丈夫!?」
倒れている人影に走って近づこうとしたその時、カオが、いつになく焦った声でガゥ! と鳴いた。
「カオ?」
振り向こうとした瞬間、何かが私めがけて飛んでくるのが見えた。それは、とても避けきれないスピードで、ただ真っ直ぐに飛んできた。
「キャィン……!」
「カオッ!」
避けきれないと思ったその刹那、私の視界をカオの黒い毛が覆い、カオは甲高い鳴き声を上げ地面に倒れた。
「カオ! カオッ!」
必死にカオを呼び身体を揺らしたその時、あの嗅ぎ慣れたツンとした香りが鼻をかすめた。
それは、カオの身体に刺さった矢から放たれている香り。
「ヤッカニウム……?」
ハクの時も、西の森の時も、その矢はどこからともなく飛んできて、私の大事なものを傷つけた。私は二度もあの矢に屈した。
「カオ……」
口から泡を吐くカオの姿が、あの日のハクと重なり、地面へと吸い込まれるハークハイトを思い出す。
だけど、今は違う。
「カオ、すぐ助けるからね!」
ハークハイトの言う通り、私たちは少しずつ進んでいる。決して止まってなんかいない。どんな命も、もうドルトディートに渡してなんてあげないんだ。
私は、すぐに矢をカオの身体から引き抜き止血をした後、バッグの中から魔力の溶解薬とヤッカニウムの解毒剤の入った注射を取り出しカオに打った。
「カオ、大丈夫だよ。絶対助けるからね」
ぐったりとしているカオの頬をそっと撫でる。そして、魔力造力を高める薬を取り出そうとしたところで、聞きたくない声が耳に入った。
「鬱陶しい魔獣は死んだみたいだな」
その時、後ろからざぐざぐと二つの足音がして私はカオを背中に庇う様にして振り返った。
「ビット、ディケ……」
「探したぜ、ノア」
開口一番、ビットから出た言葉に、私は目を見開いた。
「どうして、その名前を……」
「いやー、驚いたぜ。偶然にも姫様に出会っちまってたとは」
なぁ? とビットは私の顎をぐぃっと掴み、至近距離で私の顔をまじまじと見つめた。
「俺とディケは生まれも育ちも盗賊団で、貴学院にも行ってない無知だから神獣なんて存在ろくに知らなくてな。言われた通りに魔獣や子どもを売って金に換え、恋仲の男女を攫ってたら、まさか知らぬ間に神獣なんてヤバい存在を殺しちまってたなんてな。ボスも教えておいてくれれば良いのに、そんな常識知らないとは思わねーだろって、俺らだってそんな常識あるなんて思わねーっての。なぁ、ディケ?」
「ビットがこいつの話を研究所でしたせいで、俺まで怒られた」
「そう言うなよ。そもそも、そんな大事な話を俺らにしてない方が悪ぃんだ。けどまぁ、偶然にも怕狼を討っていたことで、大事な姫様を連れてくればお咎めなしってなっただろ?」
「こんなガキが俺たちの希望だなんて、まだ信じられない」
「俺だってまだ疑ってるところはあるけど、イリヤさんの研究に間違いはないだろ」
「とにかく、さっさと集合場所まで連れて行こう。貴族街の方は合成獣とボスが暴れているから問題はないと思うけど、いつ追手が来るわからない」
「そうだな。んじゃ、一緒に来てもらうぞ。ノア」
「離して! いやっ!」
掴まれた腕を必死にはがそうともがくけれど、びくともしない。
「おい、道中暴れられるのも面倒だ。あれ使え」
「了解」
必死に抵抗する私にイラつきを見せたビットが、ディケにそう支持するとディケはシュっと何かの液体を私の顔に吹きかけた。
「な、に……?」
その瞬間、視界がぐらりと傾き、私は意識を失った。
目が覚めると、両手足に重たい枷を付けられ、壁に向かって地面に転がされていた。
「身体が重い……」
まるで空気の重さが何倍にもなったような感覚に手首を見ると、いつもの金環に加えてさらに金環を付けられていた。いつもの金環とは少し違う刻印がされていることから察するに、森に住む前にいた場所で使われていた特殊な物だろう。身体が重いのも当たり前だ。
どうにかして金環を取りたいけれど、手足にされた分厚く頑丈な枷はびくともしない。
重たい身体をなんとか反転させ、まだぼんやりとする視界で、何か枷を外せそうなものはないかと周囲を見渡すと、そこには思ってもみなかった光景があった。
「何、ここ……」
大きなテント小屋の様な場所で、視線の先には所狭しと並べられた檻の中に、キツネやたぬき、ヤギ、猿、鳥、犬、熊など驚くほど多くの種類の魔獣たちが檻に入れられていた。出せと言わんばかりに、檻を叩く子もいれば、恐怖なのか諦めからなのか、檻の奥でうずくまっている子もいる。
とても普通とは言い難いその光景に、どうにか身体を起こすと、さらに驚くことに、魔獣たちの檻の中に、人間の子どもが詰められた檻まで存在した。
驚いた私に、幾人かの子どもたちが視線を向けてくるけれど、彼らは目で何かを訴えるばかりで話すそぶりを見せない。
「あの首輪……」
子どもたちの首に付けられている装置には覚えがあった。
彼らは声を出そうとしないのではなく、出せないのだ。きっと声を出せばあの装置から電流が流れて耐えがたいほどの痛みに襲われるのだろう。私も何度か経験がある。
今すぐにでも枷を外して、残してきてしまったモリスとカスクの元へ帰りたいけれど、この光景を見なかったことにもできない。
「とにかく今は枷を」
「起きたか、ノア」
枷を外せそうなものはないか立ち上がろうと思ったところで、ビットがテントの中へと入って来た。
「その名前で呼ばないで」
「お姫様がそう怖い顔するなよ」
「ここはどこ! 人間の子どもや魔獣をどうするつもり?」
「これから研究所へ向かうお前には関係のないことだ。荷を出したらすぐに出発するから大人しくもう少し待ってろ」
そう言ってビットは小型の魔獣が入った檻をひとつ持つと、テントから出て行った。
「お願い。声は出さなくていいから、頷くか首を振って答えて」
私は、ビットが離れたのを確認してから、檻の中で怯えている子どもたちに声をかけた。すると、数人いる子たちの中で、年齢が一番上と思われる女の子が、静かに頷いてくれた。
「ここがどこだかわかる?」
せめて場所がわかればと思ったけれど、彼女は首を横に振った。
「あなたたちはフェリジヤ領の子たち?」
「(うん)」
「領地を越えたかどうかはわかる?」
「(うん)」
「領地を越えた?」
「(ううん)」
関所を抜ける以外の抜け道でもない限りは、まだここはフェリジヤ領内の様だ。
フェリジヤとメテルキアの領境線の上にある迷霧の森を突っ切る方法を除けば、領地間を移動するには関所を抜ける必要があるとザビも言っていた。
「ありがとう。ところで、この枷外せそうな物どこかにないかな?」
そう聞いたところで、さっきまで質問に答えてくれた彼女とその周りの子どもたちが怯え始めた。
「どうしたの?」
「姫様、逃げ出そうなんて考えてねぇよなぁ?」
どうやら、会話をしていてビットが静かにテントに入ってきていたことに気付かなかったようだ。




