73.回復
その日、私はモリスとカスク、二人に宿題を出して以降のモリスの体調の記録を読んでいた。
「食事の方はどうしてるの?」
「毎回って訳じゃないですけど、俺がモリスさんの分の肉を食べて、代わりにモリスさんは俺の牛乳を飲んだり、食堂の人にお願いして肉の代わりに卵料理やチーズを多くしてもらったりしてます」
「よく考えてるね。運動は?」
「運動は、僕が自分で体力を見ながら、毎日騎士団の基礎訓練メニューをこなして、週に一回重負荷訓練をカスクに見てもらいながらやってる」
二人がどれだけのことを考えて毎日病気と向き合っているかは、記録を見れば明らかだった。
こうして、質問をすればしっかりと答えも帰ってくる。
「うん、いいね。だいぶ安定してるし、宿題はこれで終わり! ただ、モリスは今後も食事には気を使うこと。二人には今日から本格的に薬について教えていきます」
私の言葉を聞いて、二人はお互いにガッツポーズをした。
「まずは、処置室で使う薬棚に置く基本的な薬の説明と、次の城下の診療所に向けて患者さんのカルテを覚えてもらおうかな。次と、その次の二回を一緒に二人と行ったら、その後の診療所は二人に任せるね」
「シロ、そのことで質問良いかな?」
「どうしたの、モリス?」
「魔獣の氾濫時の患者だけなら、あと二回で十分事足りるだろうけど、その後も続けるのかい?」
それに関してはハークハイトからも言われたことがあるけれど、継続して診療所を続けたい理由が私にはあった。
「できれば続けて欲しい。城下の患者さんを見ていて思ったのが、平民の人って怪我や病気の回数は多分貴族より格段に多いってことなんだよね。でも、薬師がいないからみんなそのままって感じがして」
「診療所を開いていた間の、たった数回でそんなことがわかるのかい?」
「だって、明らかに昔放置した古傷だなって言うのが、怪我の処置してると見えちゃうんだもん。それに、前回の時は結構体調の相談に来る人もいて、みんな本当は悩んでるんだって思ったの。食事の栄養面で言っても、貴族とはやっぱり違うみたいだから、気になるって言うか……。カスクが診療所をやることはハークハイト何も言わないし、モリスにしても好きにして良いって言われてるでしょ?」
「そうだね。ハークハイト様には許可をもらっている」
「だったら、二人のためにも月に数回定期的に診療所を開くのはありかなって。実際に患者を診ることは机の上で勉強するより遥かに役に立つし、騎士団じゃ、決まった怪我が多いから、触れられる症例も少ない。そういう意味で、城下の診療所はうってつけなんだよ。今後、モリスは騎士団に残っても、独り立ちしても生きていける基盤があるけど、平民のカスクはそうはいかない。なら、城下で薬師として認知されることはカスクがここを出る時の役にも立つと思う」
「そう言うことか。僕たちのためになることなら、なおさら気合いを入れないといけないな」
「あんまり力むと持ちませんよ、モリスさん」
「カスク、君は妙に冷静だね?」
わくわくしているモリスとは裏腹に、カスクは冷静と言うより少し遠い目をしている。
「俺は平民なんで、色々落ち着いたらあの場所にはどういう患者が来るのかだいたい察し付くんですよ」
「患者の察しがつくのか?」
「患者と言うか、どういう人間が来ると言うか……」
「歯切れが悪いな」
「すぐ近くに平民街の酒場があるので、まず朝一で診るのは診療所前で寝ている二日酔いの酔っ払いです。今はレパルさんあたりが気を使って俺たちが行く前に見回りをしているんだと思いますが、そのうち絶対出会います。そんでもって、昼間は血の気の多い奴らが喧嘩して怪我したって呼ばれて、手当てするついでに喧嘩の仲裁とかしなくちゃいけなくなるんですよ」
「随分具体的なんだな……」
「父親の手伝いで似たような場所に自警団として行ってますから。だいたい想像つきます」
平民の行く商業街は男手が多い分、血の気が多く、夜には酔っ払いも大勢いると言うカスクの言葉には妙に説得力があった。
実際、魔獣の氾濫に巻き込まれた患者の多くは男性で、残りの女性のほとんどはたまたま買い物に来ていたという感じだ。
「今は騎士団から派遣されてるってこともあるし、何より命の恩人のシロさんに迷惑かけないように大人しくしてるってところですよ。俺たちがいることに慣れたら……覚悟しといた方が良いです」
「怖いこと言わないでくれよ。僕、あんまり自信ないな……」
少し脅すような物言いをするカスクに不安を見せるモリス、これじゃ本当にどっちが年上かわからなくなりそうだ。
「酒場が多いなら、二日酔いに効く薬とか置いてみる? 需要あるんじゃない?」
「シロさん、それ良いですね。二日酔い防止の薬もあるんですか?」
「あるよ」
「じゃぁ、それも追加で」
と、少し話が逸れつつも、今後の診療所について考えながら、薬作りを教え始めた。
元々二人で勉強していたこともあって、基礎的な薬を作るのに苦労はなく、手順や材料なども完璧に覚えていた。
「二人ともよく勉強してるね。私、教えることあんまりないかも」
「僕らはまだまだだよ。ところでシロ、僕やカスクが作ったものはシロの作ったものに比べると品質が劣る。これはどうしたらいい?」
「この場合はね……」
こうして、二人の薬の勉強を本格的に進めながら、私たちは次の診療所の日を迎えた。
その日、診療所に着くと既に何人かが診療所の外で待っていた。
「おはようございます、使徒様」
「みんな、おはよう」
すぐに三人で診療所の準備を整え患者さんを入れる。
みんな最初は、今日は使徒様の診療じゃないのか? と聞いてくるけれど、私の優秀な弟子二人が責任もって診察すると伝えると、すぐに納得してくれた。
患者の名前も病気もしっかり頭に入っていて、的確な診断をテキパキと下す二人を見れば、反対する人なんていないだろう。
「怪我の方はもう問題ないですが、ちょっと貧血が見られるので食事内容は今後も気を付けてくださいね」
「モリス先生は優しいねぇ。また来てもいいかい?」
「もちろんです。元気な顔見せに来てくださるだけでも歓迎ですよ」
特に、モリスはすごく丁寧で優しいので女性陣がことごとく魅了されていく。
貴族だってことはあえて伏せているけど、言ったらみんなすごくビックリするんじゃないかな。
「だからさ、おっちゃんは病気じゃなくてただの酒の飲みすぎ! 外で飲んでばっかいないで、たまには早く帰って家のこと手伝うとかしろよ」
「そんなこと言ったって、家帰ると毎日カミさんにどやされる俺の身にもなってくれよー」
「毎日飲み歩いてばっかいるからだろ。帰らねーから怒られるんだよ」
モリスとは対照的に、カスクは男性陣に人気がある。
おじさんたちの愚痴を聞きながらも、素早く手を動かし、それでいて愚痴に対する的確なアドバイスもしている。
すんなりと街の人に馴染んだ二人は、帰り支度をする頃には、若先生なんて呼ばれていた。
「もう患者さんいないし、片付けも終わったから帰ろうか。若先生」
「シロ、自分が使徒様なんて呼ばれているからって僕らまで巻き込まないでくれよ」
「良いじゃん。二人にはぴったりな呼び方だと思うよ」
「俺は普通に名前で呼ばれたいですけどね」
「僕も」
先生と呼ばれるのがむずがゆいらしい二人は、苦笑いを浮かべながら診療所の入り口を閉める。
「そう言えば、今日はあの子来なかったね。魔狼嫌いの男の子」
「シロさん、気にしてるんですか?」
「そうじゃないけど、ここの所毎回来てたから、ちょっと気になって」
今日はカオたちをなんとか説得してルークとヤヤだけしかいない。この状況で会えたら少しは歩み寄れるんじゃないかと思っただけに、ちょっと残念な気持ちになった。
けれど、それから私たちが城下で彼を見ることはなかった。




