74.お土産
その日、昼食を食べに執務室へ戻ると、ザビが戻ってきていた。
「ザビ! 帰ってきてたの?」
「いや、準備が整ったから報告にな。領境を越える算段がついて次からが本番みたいなもんだから、一か月は帰ってこない」
「領境?」
「領地の境界線な。境界線上には、高い壁が築かれていて、領地間の移動には必ず関所を抜けることになる。今は、メテルキアに観光でって訳にも行かないからそれなりに理由が必要でな。昨日まではその準備に出かけてたんだ」
「関所以外でこっそり領地を越えることはできないの?」
「絶対ではないけど、壁を登るのは難しいし、領境上には各領地の騎士団が配備されているから、厳しいな。フェリジヤとメテルキアの領境上にある迷霧の森を突っ切ることができれば行けるけど、あの森に入るのは無謀だろうな」
「そうなんだ」
「そんなわけで、またしばらく留守にするけど、あんまり無茶はするなよ」
「ザビも気を付けてね」
領地を越えてまで何をしに行くのか、ハークハイトからザビに下される任務の内容は誰も教えてはくれない。極秘扱いだから、知ってる人もハークハイト本人とユーリとファーガス団長くらいだろうって、レーナが教えてくれた。
「それより、シロに土産があるんだ」
「お土産?」
「たまたま近くに行ったからスーロのじいさんの所に顔出したら、これをシロに渡してくれって」
「これ……」
それは、袋に入った幻幽花だった。
「解毒剤として使えるって話をしたら、調達してくれてな」
「猛毒なのに、どうやって採ったんだろう……?」
「年寄りの知恵があればどうにでもなるって笑ってたぞ。カスクの面倒を見てくれてる礼でもかねて受け取って欲しいってさ」
「スーロにお礼の手紙書かなくちゃ」
「きっと喜ぶよ」
ヤッカニウムの毒の解毒剤として有効な幻幽花だったけれど、成分を調べたり解毒剤を作る研究に使ったりで、手元にあるものでは圧倒的に量が足りないと思っていたのだ。
「シロ、しばらく留守にするけど、後頼むぞ」
「うん。モリスやカスクもいるから大丈夫だよ」
ザビは、それからまたハークハイトと打ち合わせがあると話し合いを始めてしまった。
ハークハイトたちは忙しそうだったので、ひとりで昼食を食べ終え、もらった幻幽花を持って処置室に戻ると、モリスとカスクも食堂から戻って来ていた。
「シロさん、食堂の方から新しい防虫剤頼まれたので持って行きますね。ついでに、ラインハルトさんに魔獣用の防虫剤もお願いされたのでモリスさんと俺で魔獣たちにも薬あげてきます」
「わかった。二人ともよろしくね」
あっという間に薬師としての仕事を覚えたモリスとカスクは、薬学の勉強の時間を除いてほとんど私の手を離れてしまった。
もっと時間がかかると思っていたけれど、モリスもカスクも優秀過ぎて薬について教えることもすぐになくなってしまいそうだ。
「時間もできたし、私は幻幽花の処理しちゃおっと」
ザビがせっかくもらってきてくれたお土産をダメになる前に薬へと変えてしまうべく、私は薬室へと足を進める。
「そう言えば、まだ湖でハークハイトたちが取ってきてくれたお土産も残ってるんだった」
ルキシウスのおかげで、だいたいのものは裏庭に移せたけれど、種子や栽培には向かないものはまだ手を付けずに残してあった。薬室に置いてある保存用の魔法具を開け、がさごそと中を物色すると小瓶の中にほわほわとタンポポの綿毛の様なものが球体になっている物があった。
「これ、オルホホだよね?」
それは、魔動植物や精霊にしか育てられない植物の一種で、残念ながら人間には育てられないため、人間の図鑑には載っていない。けれど、森で何度かマオが精霊から貰っているのを目にしたことがある。
圧搾してエキスを搾り、不動化薬と混ぜれば、数滴で大型魔獣もぐっすりな麻酔薬へと変わる。
森にいた頃、護身用に吹き矢に仕込んで持たされていたけど、私の吹き矢の命中精度があまりにも低すぎてその後使われなくなった。
「吹き矢はさすがに要らないと思うけど、ハークハイトなら良い感じに使えるよね?」
今私が思い付くのは魔獣の氾濫を鎮めることに使えるくらいだけど、ハークハイトならきっと他にも使い道を見出せるだろう。
このまま魔法具の中に眠らせておくのももったいない。せっかくなので、ヤッカニウムの解毒薬を作るついでに麻酔薬も作ることにした。
早速、幻幽花を蒸留器にかけながら精霊からの贈り物を圧搾機に入れ、レバーをぐるぐると回していく。
「来年のお花見には、絶対に私も連れて行ってもらおう」
ユーリが、湖でしたお花見の話をしてくれた時、魔獣やら魔動植物なんだか精霊なんだかよくわからない存在で溢れていたと言っていた。蝶の様な羽があったと言っていたし、十中八九精霊だろう。
森では会おうと思わなくても会えた魔動植物や精霊だけれど、森を出てから彼らの存在を感じることはぱったりとなくなってしまった。
「私だってまたスーロに会いたいし、精霊にも会いたいし、あの木々が桃の花で満開になるのも見てみたいもん。珍しい薬草や素材が欲しいわけじゃないって言ったら嘘になるけど……」
誰に言っているのか分からない言い訳を並べながら、私はモリスとカスクが戻ってくるまでの間薬作りに没頭した。
その日の夜、私は出来上がった解毒薬と麻酔薬、ついでにヤッカニウムの解毒時に必要な溶解薬を持ってハークハイトの部屋を訪れていた。
「これ、全部か……?」
「何人分必要なのかわからなくて……」
ドルトディートがどれほどの量の毒を持っているかわからず、ハクのことや倒れたハークハイトの光景を思い出したら心配になり、気付けばありったけの材料で作れるだけの解毒剤と麻酔薬を作っていた。
そのため、私の目の前には今日作った大量の解毒剤と麻酔薬、そして解毒剤と同じ数の溶解薬が広がっていた。
「それで、君はこの大量の毒薬と麻酔薬で反撃の狼煙でも上げようと言うのか?」
「毒薬じゃなくて解毒薬。毒薬として使ったら許さないからね! それに溶解薬もちゃんと用意してあるでしょ」
「わかっている」
「作りすぎた自覚はあるけど、いざと言う時ないよりはあった方が良いと思って……。でも、危ない物は処置室には置いておけないし、薬室にはそんなにスペースないからハークハイトに持っていてもらおうかなって」
これまで好き放題に作って、薬室に置いていた薬たちだったけれど、カスクとモリスのためにスペースを作ったため、私の自由なスペースはほとんどなくなってしまった。
かと言って、ハークハイトの家の私の部屋に劇物をため込むとハークハイトに怒られる。
そのため、置き場のないこの薬たちの居場所を求め、私はハークハイトの部屋へとやってきたわけだ。
「君は少し後先考えると言うことを覚えなさい」
「ごめんなさい……」
私は、心配を払拭する手立てを他に知らない。
守る以外知らないから、ついやりすぎてしまう。
「まぁ良い。これらは全て私が預かっていいのだな?」
「うん。私が持ち歩く分は持ってるから」
「わかった」
そう言うと、ハークハイトは四角い魔法具の中に薬をしまい鍵をかけた。
「ついでだ、シロ。少し大事な話がある」
「大事な話?」
そう言うと、ハークハイトは床に膝をつき、視線を私の高さに合わせた。
「ザビウスの話によれば、ドルトディートは私たちと西の森で対峙した後一度メテルキアへ逃げたものの、再びフェリジヤへ入っている」
「それって……?」
「目的はわからん。元々盗賊としての仕事をするために彼らはフェリジヤに入り込んでいるからな、今回もそうかも知れないが、二度我々と対峙し、痛い目を見ているロシュがそろそろ仕掛けてくる可能性もなくはない。警備の厳しい街中に入ってくることは考えにくいがないとは言い切れない。次の診療所で君が平民街へ行くのは最後になるが、最後だからこそ十分注意しなさい。それと、念のため当日は騎士と共に魔狼たちを城下の警戒にあたらせる。カオかヤヤを君の元に残し、後を借りる」
「わかった」
「君は、モリスやカスクと常に行動を共にして、決して一人にはならないようにしなさい」
「うん」
安全だと思っていた場所に危険が迫っているかもしれないと思うと、心が緊張感に包まれる。
「君はドルトディートにはあまり会いたくないだろうが、奴らを捕まえることができれば、マオへの手がかりも掴めるかもしれない」
「そう、だね……」
マオへの手がかりは喉から手が出るほど欲しい。だけど、誰かの命を危険にさらしてまで情報を手に入れたいかと言われれば、それは違う。
できることなら、このまま何もなく最後の診療所を終えたい。
けれど、私の願いとは裏腹に事態は水面下で大きく動き出していた。




