72.朗報
「シロ、この後話がある。昼食後一緒に会議室へ来てくれ」
その日、いつもの様にハークハイトとユーリとお昼ご飯を食べていると、ハークハイトにそう言われた。
話をするだけならわざわざ会議室に行かなくても……と思ったけれど、私は会議室へと向かうハークハイトとユーリに黙って付いて行くことにした。
「待たせたな」
会議室へと入ると、そこにはレパルがいた。
「ハークハイト様、例の物お持ち致しました」
「仕事が早いな。早速見せてくれ」
椅子に掛けた私たちの前に、レパルがカバンから取り出したものを並べて行く。
「薬……?」
机の上に並べられたのは、見覚えのあるいくつかの薬だった。
「ハークハイト様の命で、使用頻度の高い薬をシロさんの製法で製作しました。これは、実際に生産する方法で職人たちが作ったものです。こちら、お納めください」
「ハークハイト、いつの間にそんなことしてたの?」
「私に全て丸投げしたのは君だろう」
「そうだった」
「まったく……。どれも問題はなさなそうだな。レパル、領主城の方には既に納品したのか?」
「はい。ルキシウス様とガンフ様には既に販売の許可を頂きました。薬師である証明書も順次発行すると言うことでしたが、しばらくは、領主城と騎士団に卸して様子を見つつ城の薬師様から他の薬師様にも広めていくとおっしゃっておりました」
「そうか。たったこれだけでも平民が薬を作るとなれば歴史が変わるな。フェリジヤでこれが広まれば、いずれは王城や他領から製造方法について公開して欲しいと達しが来るだろう。レパレント商会が利権を独占できるのはそれまでだ」
「心得ております。多くの人間を救うことができるものをいつまでも独占する気はございません。それに、私がそんなことをすれば、シロさんに見限られてしまいます。私としてはそちらの方が痛手ですので」
「彼女はある意味金の生る木だからな。君たちが矢面に立ち、しっかり隠れ蓑になってくれ」
どういう意味だろうかと首を傾げながら聞いていると、ハークハイトに君は気にしなくて良いと言われた。
「不燃樹の紙の方も近々王宮に献上されるとのことでした。あちらは、木の伐採が平民の持つ道具では難しく、伐採時に領主城から人を派遣していただいて、紙を作ることになったため、受注生産の形をとることにしました」
「大量生産するような物ではないから十分だろう」
「今回の件で、レパレント商会が得られる利益は、計り知れません。最初の契約の際に交わした利益の分配につきましてはまた都度ご報告致します」
「ハークハイト、お金貰うの?」
「馬鹿者。私ではなく君に支払われるものだ。そこから前回の魔獣の氾濫時に買い上げた薬の支払いもしなければならないし、君がこれから何かをするのに金があって困ることはないだろう。もちろん管理は私がする」
森の外で暮らすにはお金があった方が良いと言うことは良くわかった。普段は使う機会もないけど、ハークハイトに任せておけば安心だし、マオに会えたならそのお金はマオに渡せば良い。
「不燃樹で作る薬包紙についても少量ですが、シロさんにと思いお持ち致しました」
「わぁ! ありがとう!」
多くはないにしても、質の高い薬包紙が手元にあるのはとても助かる。
「それとこちらはハークハイト様へ、今月分の金環です」
「確認した」
ハークハイトは箱の中の金環を確認すると、箱を閉じた。
ピコに作ってもらった髪を束ねるカフスを定期的に変えなければならないので、金環を毎月レパレント商会から買っているらしい。
私が原因なだけにちょっと居たたまれない気分になる。
「それから、少しお耳に入れておきたいご報告がございまして。以前シロさんには手紙にてご連絡いたしましたが、メテルキアで度々起きている鳥の伝染病、人への感染が噂されていたのですが、どうやら事実の様です。商人たちの間では、既にメテルキアへの行商を取り止める者が後を絶ちません。幸いにもフェリジヤでの感染は鳥、人共に確認されていないようですが、渡り鳥が運んでこないとも限りません」
「感染症か。厄介なことにならなければいいが……」
「メテルキアに関しては、前領主様の影響が大きく、今だ国が介入しても再建しきれない部分があり、領内は二十年前から衰退の一途だと聞きます。あれほどまでに領民に信頼され、絶大な影響力を持っていたとは国王様も思わなかったのでしょう……。万が一、人間の間で感染症が広がれば、メテルキアは滅びるのではないかと商人の間では言われているほどです」
「メテルキアの前領主は平民貴族を問わず人気があり、薬道では右に出る者はいないと言われていたからな。近々本格的なメテルキアの薬草園再開に向け、王宮から視察が入ると聞いたが、どうなることか……。君たち商人の情報はとにかく早い。また何か動きがあれば知らせてくれ」
「かしこまりました」
それから、次の診療所を開く日程や、今後の薬の納品についてなどを話してレパルは帰って行った。
「基地の納品は最後なんだね」
「大量生産と言っても限りはある。優先順位としては、領主城、城下駐屯地、そして各地駐屯地、最後にここだろうな」
「なんでここは最後なの?」
「同じ手法で作れる君がいるだろう。助手も入ったのだから、しばらく薬作りに困ることはなかろう」
「それもそうだね。モリスやカスクにはちゃんと作り方覚えて欲しいし、それが良いのかも」
モリスの朝食後の一件以来、二人は常に色々と相談し合いながらモリスの体調管理に気を使っていて、モリスの体調はかなり落ち着いてきた。
体力回復のために運動もしっかり取り入れてるみたいだし、カスクの方も急速に文字の読み書きを覚えている。そろそろ二人には基本的な薬作りなどを教え始めても良いかも知れない。
「それとシロ、次の診療所へはルークを同行させる。あと、やはりカオかヤヤどちらかでも良いから連れて行きなさい」
「ちょっと診療所行くだけだから、そんないなくても大丈夫だよ」
「君が問題を起こした時に対応できる数は多い方が良い」
「私の心配して連れて行けって言ってるんじゃないの?」
「自惚れ過ぎだ」
「えー」
「どこぞの少年に気を遣う君の気持もわからんでもないが、ザビウスがいない今、打てる手は多い方が良い。ルークとカオかヤヤどちらかは必ず同行させる様に」
「……わかった」
本当はあまり刺激したくないから魔狼たちには留守番していて欲しかったけど、ハークハイトに言われてはどうしようもない。
カオよりはヤヤの方が適任だろうし、今回はヤヤにお願いしよう。
「シロ」
「何?」
「感染症が起きた場合、君ならどう対処する?」
「人でも魔獣でもとにかく患者の隔離かな。患者を一か所に集めてから風の盾を使って感染が広がるのを防ぎつつ、処置に入りながら感染源、感染経路の確認とか、特効薬の研究とかかな。感染症の対応ってしたことないから、できる限り勉強はしておこうと思うけど、本番にちゃんと動けるかはわかんない。ちなみに、感染にかかったメテルキアの鳥たちはどうしてるの?」
「魔獣の大規模な感染は発見され次第、一帯の対象を殺処分だ」
「殺処分……?」
「感染してる、してないに関わらず、全てを狩り取り、燃やして終わりだ」
「何、それ。どういうこと!?」
「仕方ないのだ。この国に、君の様に自らの危険を顧みず魔獣に手間をかける人間はいない。全てを殺してしまうことが人間にとっては都合がいいのだ」
「そんなわけない! 鳥がいなくなれば、芽を出せなくなる植物や逆に増えすぎる植物が出てくる。同じように捕食する獲物がなくなって飢えてしまう魔獣や、捕獲されずに増えすぎる魔獣が出てくる! それは、巡り巡って人間にも必ず影響が出る! 自然は全部繋がってるのに……」
そんなことをすれば、いつか自然は壊れ、朽神を呼ぶ……。
「落ち着きなさい。確かに、現状は全てが殺処分で終わる。けれど、今は君がいる。他領であるメテルキアにまで影響を与えることは難しいが、フェリジヤで万が一のことがあれば君に手伝ってもらう。フェリジヤで実績を作り特効薬ができれば、それを国王へ伝え、メテルキアでも広められる。君にどうすると聞いたのは、前もって君のしたい行動やその理由を知っておけば、ルキシウスなども説得しやすい」
「ハークハイト……」
「少なくとも、このフェリジヤのトップには君の能力を認めている者たちがいる。やりたいことをするためには、周りの人間を説得できなければ動かせないこともある。君は、一人で動く前に、どうすれば周りを納得させられるかを考えて動きなさい。人間社会で生きるコツだ。感情的になる前に、頭で考えなさい」
「……うん」
「そんな君に朗報だ。これはレパルから君にだ」
そう言って、ハークハイトは私に幾重にも折られた一枚の紙を渡してきた。
「なにこれ?」
「商人の情報網とは、恐ろしいな。金環の箱の中に、一緒に入っていた」
折られた紙を広げると、そこにはメテルキアで起きている感染症の細かな症状や規模、鳥から感染したと思われる人間の諸症状などが詳細に書かれていた。
「これ……」
「彼は随分君に心酔している様だな」
「私、ちょっと薬室行って来る!」
「用は済んだ。好きにしなさい」
私は飛び出すように会議室を後にして、薬室へと向かうのだった。
ブックマーク、評価、ありがとうございます…!
久々に確認したらまた増えていて、本当にモチベーションに繋がっております!
おかげさまで、2章本編も残すところあと少し、と言うことで、10月末には本編完結の予定です。
それから、11月頭にかけて閑話を挟んで2章完結、3章スタートの見込みとなっています。
今回は1章の時の様な不在伴奏挟まないので、概ね予定通り進むかと思います…!(多分)
2章終わりから3章頭で、また話が動いて行くので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです!




