71.モリスの焦り、カスクの怒り
その日の夜、私は家ではハークハイトにヤッカニウムの解毒薬の説明をしていた。
「そんなわけで、これは扱いにすごく注意がいるの」
「不特定多数の人間に持たせるわけにはいかないと言うことか」
「うん。それに、あの時採って来た花だけじゃ、人間用が二人分と魔獣用が一つしか作れなかった」
「だが、十分な前進だ。魔力感知と合わせ解毒薬があるのならば、対抗手段はいくらでもある」
よくやったとハークハイトは私の頭に手を置いた。
「ハークハイトはドルトディートを捕まえに行くんだよね?」
「そうだと言いたいところだが、消息が分からなくなった今、次に奴らに相見えるのがいつになるかは私にもわからない。メテルキアに逃げられてしまっては捕まえようもないしな」
「じゃぁしばらくは大丈夫かな?」
「さてな。奴らがフェリジヤの城下にでも現れない限りは大丈夫だろう。最近は魔獣の氾濫も増え、それどころではないしな」
私に直接関係があるのは城下での氾濫くらいだけど、フェリジヤ領全体で見れば魔獣の氾濫はここ数か月でかなりの増改傾向にあるとユーリが教えてくれた。
そのために各地に騎士が派遣され、領内の対氾濫の警備だけで騎士団は手一杯になりそうだと言っていた。
魔獣の氾濫が起きる原因はほぼ間違いなく合成獣の出現が関わっているらしいけれど、あの合成獣が何なのか、どこから来るのかは未だに分からないらしい。
――ノア。
あれはいったい何だったんだろう……。
「シロ?」
「ん?」
「まったく、聞いていたのか?」
「ごめん、なんだっけ?」
うっかり考え事をしてハークハイトの話を聞いていなかった私の頬をハークハイトはいつものようにむにりとつまんだ。
「魔獣の氾濫が増え、いつどこで何が起きるかわからない。今後はどこに行くにも一人で行動せず必ず誰かと行動しなさい」
「わかった」
「それと、不審な気配や視線を感じた時は報告、相談すること」
「不審な気配や視線って何?」
「基地の周りに魔獣が出現する回数が増えたと言っただろう? 魔獣絡みは基本君だと相場が決まっている。変なものを基地内におびき寄せてしまう前に言えと言うことだ」
相場が決まってるって……。最近ハークハイトの中での私の扱いがどんどん雑になっている気がする。
その言い草に納得いかないものの、とりあえずわかったと返事をするともう寝ろと部屋に返された。
私は、魔獣の氾濫が多発する裏で一体何が起こっているのだろうと考えながら、気付けば眠りについていた。
翌日、ハークハイトと朝食を食べていると伝蝶がひらひらと飛んできてユーリの声がした。
『ハークハイト、モリスが朝食後に嘔吐した。モリスには、動けるし体調も問題ないからシロには言うなって言われたけど、念のためシロに伝えてくれ』
やっちゃったか。
音声を聞いて、すぐにそう思った。
「食事中だと言うのに。シロ、すぐに支度しなさい。行くのだろう?」
「いつも通りの時間でいいよ。モリスのことは本人とカスクに任せてあるし、なんとなく原因もわかってるし」
「原因がわかっているのか?」
「うん。ちょっと焦っちゃったんだと思う」
私は、そう言って朝食の続きを食べながら思い当たる原因についてハークハイトに話した。
「そう言うことか。だが、直接言ったところで簡単に改善できるものでもないだろう?」
「言わないよ。自分で気づかないと意味ないもん。でも、考えはある」
私は、朝食を食べ終え、いつも通りの時間に処置室へと足を運んだ。
「おはよう。モリス、カスク」
処置室に行き、既に朝の準備をしている二人に声をかける。
口止めをされているからか、カスクは何も言わないけど、明らかにモリスを心配している風だし、モリスは明らかに顔色が悪かった。
「モリス、体調は?」
「問題ない」
念のため毎朝聞いている質問だけど、これ以外の答えが返ってきたことはない。大丈夫でも、大丈夫でなくても、こういうタイプはこの手の返ししかしないのだろう。
「そう。私、今日はちょっと午前中やることあるから裏庭の仕事は二人に頼んでいい? 水やりと薬草採取ね。薬草の良し悪しで迷ったらピコに聞いて」
吐いたことを黙っているのを後ろめたく思っているのか、モリスはすぐに処置室を後にした。
カスクは、黙っていていいものかと何度も私の方を見てくるけれど、結局何も言わずモリスを追うために処置室の扉を開いた。
何かヒントをあげるべきかとも思ったけど、これも勉強だと思い私はそのままカスクの背中を見送った。
「困った弟子たちだ……なんてね」
マオに薬学を教わり始めた頃、私も良く「困った弟子だ」とマオに言われていた。
私の場合、喋らない、反応しない、すぐハクに頼るで、どうしようもなかった。マオがそう言っていたのもよくわかる。
それに、あの時、どれだけマオたちが私を心配しているかなんて私は思いもしなかった。
「さて、私も行こうかな」
私は、白衣を脱ぎいつもとは違うルートで、隠れて裏庭が見える場所へと移動した。
植栽の隙間からこっそり裏庭を覗き込むと、ヤヤとルークに纏わりつかれているモリスがいた。
「ヤヤ、あまり服を引っ張ると作業が……。ルークも今日はやけに絡んでくるな……」
ヤヤが服を引っ張りルークもモリスの肩から退こうとしない。
あれは恐らく、どっちも休めと伝えているのだろう。
そんなモリスを尻目にカスクは黙々と手を進めている。カスクはカスクで、ちょっと悩んでいる……と言うより、イラついてる感じかな?
「鉢植えの移動終わったんで、俺、薬草の採取始めちゃいますね」
「すまない。僕も早く……わっ!」
その時、ヤヤとルークが同時に後ろへモリスの服を引っ張ったせいで、モリスが転んでしまった。
「痛たた……。ルーク、ヤヤ! 僕の邪魔をしないでくれ!」
その瞬間、珍しくモリスが声を荒げた。
そんなモリスに驚いたのか、ルークとヤヤは慌ててカスクの後ろに隠れた。
そんな二匹を見て、カオは立ち上がりモリスに対して唸り声をあげた。
「カオ。俺が言うから、良いよ」
モリスに対して唸るカオを見て、カスクは小さくため息をついて立ち上がった。
「モリスさん、どうしてルークとヤヤが、今日に限ってモリスさんに絡んでるのか、分からないんですか?」
「シロがいないから、絡んでくるものと……」
「違いますよ。それに、俺、今日ちょっとモリスさんにムカついてます。最初は悲しいって思ってましたけど、今はムカついてます」
「僕、カスクに何か……? すまない、遅れた分の仕事は今からすぐに……!」
「違いますよ!」
カスクのムカついてると言う発言にうろたえるモリスに、今度はカスクが声を荒げる。
「俺は、そんなに頼りないですか?」
「え……?」
「そりゃ、俺は年下だし、魔力も使えない平民だし、全然知識だってないし、文字の読み書きすらまだまだままならないですよ! でも! そう言うことを見下したりしないで一緒に頑張ろうって言ってくれたモリスさんを俺は心から尊敬してます。本当に凄い人だなって、この人みたく優しい人間でいたいなって、憧れました」
「カスク……」
「でも、今日の朝、吐いたこともシロさんに黙っていて欲しいって言うし、俺が吐いた原因聞いても答えなかったですよね? 俺、知ってますよ。モリスさん、今日食堂で出た肉食べましたよね?」
「見ていたのか……」
「俺が席を立ったのを見計らって食べたんでしょうけど、俺一応担当薬師ですよ? 食事内容の確認と、配膳前と後の量の確認くらいしてます」
カスクは悔しそうにぎゅっと手のひらを握っていた。
「吐いた後、頑なに大丈夫って言うし、原因聞いてもちょっとって言って誤魔化すし、あんまり朝のことは触れてくれるなみたいな空気醸して、心配すらさせてくれなくて! 俺は、そんなに頼りないですか!?」
「僕は、呆れられないようにと思って……。心配、してくれてたのか?」
「呆れ……? 何言ってるんですか?」
「昨日魔力を使っただけで倒れた僕をカスクは呆れているだろうなとばかり……。早く病気を治して、君や周りの人に迷惑かけない様にしなくちゃって思って、それで……」
「それで、無理して肉食ったんですか?」
「……うん」
「はぁ……」
恐る恐る返事をしたモリスに、隠れている私にまではっきりと聞こえる程、カスクは盛大にため息を付いた。
「モリスさんって案外馬鹿ですよね?」
「ば……か……?」
カスクの口から突如出た単語に、モリスは目をきょとんとさせた。
「俺は担当薬師で、一緒にシロさんから貰った資料読んでるんですから、回復に時間がかかることくらいちゃんとわかってます。そんな人が、急に大量の魔力を使って倒れたら、そりゃそうだろうなで終わりです。呆れなんてこれっぽっちもないです。むしろ、体調が悪化するんじゃないかと心配してました」
「そう、なのか……」
「朝吐いたのも、まだ昨日の引きずって調子が悪かったんじゃ……と思ったら、なぜか肉食ってるし」
「ご、ごめん……」
「本当何やってるんですか? まずは食べられないものも見ることに慣れようって、配膳だけしてもらって食べない約束でしたよね? 肉を食べるのはもう少し後で、少しずつ様子見ながらって二人で決めたじゃないですか。なのに目離した隙に勝手に食べてるし」
次々と言葉を紡ぐカスクは、思いが止まらないのか、「この際だから言いますけど!」と言葉をつづけた。
「シロさんに黙っていてくれって言いましたけど、多分シロさん気付いてますよ。と言うか、そんな顔色してたらシロさんじゃなくても気付きますよ! ルークもヤヤもそれでモリスさんのこと凄く心配したから、休んでろって服咥えて引っ張ったんですよ」
そうだったのかと、モリスはルークとヤヤを見つめた。
「シロさんが心構えの三で言ってたじゃないですか。薬師である俺らを心配する人がいることを忘れないでって。モリスさんにとって俺は年下で頼りないかも知れないけど、協力し合う仲間です。俺はモリスさんの病気を治すために全力で支えたいと思ってるし、そのために俺もできる限りの努力をするつもりです。だから、ちゃんと二人で病気に向き合って、焦らず治していきましょう」
「……そうか。カスク、君は賢いな。僕は自分のことばかりで、全然周りが見えていなかった。シロに言われたことも、わかってるつもりで何もわかっていなかった。君の思いを無下にしていたこと、心から謝罪する。本当にすまなかった。ルーク、ヤヤ、君たちにも心配をかけた、ごめん。仲直りしてくれないか?」
モリスがそう声をかけると、ルークはモリスの肩に乗り、ヤヤはモリスの顔を舐めた。
「カスク、僕はまだまだ足りないことばかりだ。これから先も、君に迷惑をかけることも多々あるだろう。それでも、これからも一緒に僕の病気を治すのに付き合って欲しい。改めて、お願いできるかな?」
「俺は担当薬師ですよ。言われなくても、どこまでも付き合います」
そう言って、地面に座っているモリスにカスクは手を伸ばし、二人の手は固く結ばれた。
「あれではどちらが年上かわからんな」
「ハークハイト!」
こっそりモリスとカスクの様子を見守っていると、いつの間にか隣にハークハイトが立っていた。
「いつからいたの?」
「モリスが転ぶ少し前あたりだ」
ほとんど最初からじゃん……。
「心配して見に来たの?」
「あぁ。君の考えと言うのが少し気になってな。またとんでもないことをしでかすのではないかと、心配で見に来た」
「それ、私の心配じゃん……」
「終わったようだし、私は執務室へ戻る」
「待って、私も戻る」
こっそり覗いていたのを気付かれないように、私たちは裏庭を後にした。
本当は、魔獣たちが心配して付きまとえば少しは気付くだろうと思ったからモリスとカスクだけで裏庭に行かせたけど、私の考えとは裏腹に、カスクが魔獣たちの代弁をしてくれた。
あの二人はもう大丈夫だろう。




