70.堅牢の盾
久々に一人きりになった私は、薬室でヤッカニウムの解毒薬完成の大詰めを迎えていた。
「遅くとも、ヤッカニウムの毒に触れて一分以内ってところかな……」
解毒薬自体は、魔力溶解剤と幻幽花の毒成分を適量で合わせ、ほとんど完成した。
問題があるとすれば、ヤッカニウムの毒に当たったらその毒が回る前にこの解毒薬を打たなければならないと言うことだ。その時間わずか一分。
そして、解毒薬と言っても単体ではただの猛毒なので万が一ヤッカニウムに当たったと間違えて体内に入れれば死に至る。
この解毒薬の取り扱いはかなりの注意を要する。
「人間用と、魔獣用で量を分けて……」
それでも、ここまで来ることができた。
「ハク、やっとできたよ。これでみんなを守れる」
私は胸に下がるハクの魔石を握りしめた。
できることならもう二度とドルトディートになんて会いたくないけど、ハークハイトのあの感じでは捕まえる気なのだろう。
「私が、みんなの薬にならなくちゃ」
手のひらに乗る小さな注射器を私は強く握った。
――ドーーーンッ!!
その時、大きな音と共に地響きがした。
「何!?」
急いで棟の外へと出ると、訓練場の方から煙が上がっていた。
訓練場の方には、基地中に響き渡ったであろう音で、魔狼たちやカスクたち、他の基地中の騎士たちが音を聞きつけ集まっていた。
みんなが見ている視線の先にハークハイトとレーナがいるのを見つけた。
「ハークハイト、何があったの?」
人ごみをかき分けハークハイトの元へ行くと、ハークハイトは珍しく随分機嫌が良さそうな顔をしていた。
「騎士団はとんでもない盾を手に入れたのかもしれん」
「とんでもない盾?」
ハークハイトの視線の先には、風の盾らしきものの中にいるモリスとユーリがいた。
らしきものと言うのは、私の知る風の盾とは浮かび上がっている魔法陣が少し違うからだ。
幾重にも重ねられた魔法陣で作られた風の盾は普通の物とは厚みがまるで違っていた。
「ハークハイト様、さすがトグリルと言ったところですね。私の遠距離用の矢をこの距離で受けてまさか傷一つ付かないなんて……」
「人を傷つけることを好まない実力者が守りに徹するとあぁなるわけか。恐ろしいな」
「あそこまで分厚い盾では、ハークハイト様でも難しいのではありませんか?」
「そうだな。私も挑戦してみたいところだが、これ以上やると先ほどの地響きでは済まないレベルの魔力の衝突が起きて被害が出かねない。人も集まってきてしまったし、今日はここで終了だ」
「かしこまりました」
ハークハイトの言葉に武器をしまうレーナ。私は、そのレーナの袖をちょいちょいと引っ張った。
「何してたの?」
「最初は魔力感知? とか言うのを使ったちょっとした模擬戦だったんだけど、あまりにもモリスの盾が硬くて私がちょっとむきになって攻撃したのよ。結果、地響きがするレベルの魔力衝突が起きたの。それでもあっちはびくともしなかったんだけどね」
レーナは悔しそうに肩をすくめた。
「ハークハイト様、あれでよろしかったのでしょうか?」
そこに、盾をしまったモリスとユーリ、モリスの腕に乗るルークが戻って来た。
「貴族院の戦闘訓練しかやっていないと言っていたが、あれほどの練度で盾を生成できるなら十分だ」
「ありがとうございます」
「モリス、あんたやるわね。私って結構魔力量多い方だし、魔力の練度と遠距離での正確さには自身があったんだけど、まさかあんなに高密度の盾を展開されるとは思わなかったわ」
「ありがとうございます、レーナさん」
「ちなみにあんた、守備がすごいのはわかったけど攻撃の方はどうなのよ? 貴族院での成績は?」
「戦術の授業は正直あまり良い評価ではもらえませんでした。風の盾も暇に任せて魔法陣の研究をしていただけで、貴族院では通常のものしか使っていませんし。剣や弓矢は使うのが怖くて……」
「怖いって……。私の攻撃弾いたくせに情けないわね。まぁいいわ。あの盾を破壊できるレベルまで私も攻撃魔力の練度上げるから今後も私の訓練に付き合ってちょうだいね」
「それは構いませんが、僕ちょっと体調が……」
レーナと会話をしていたかと思ったら、膝を折ってしまったモリスの顔色を見ると真っ青になっていた。
「モリス、病み上がりだってこと忘れて魔力使ったでしょ?」
「久々に攻撃を向けられてちょっと緊張してしまってつい……」
「全くもう。イアン、ちょっと手伝って」
「俺が運びますよ。魔狼たちは棟の中に入れませんし」
モリスを運ぶのをイアンに手伝ってもらおうとすると、すかさずカスクがモリスの腕を支えた。
二人の身長差的に大丈夫か心配になったけれど、カスクは軽々とモリスを背負い立ち上がった。
「モリスさん、病気してたとは言っても軽いですね」
「すまない、カスク。迷惑をかけて。僕の方が年上なのに……」
「年齢とか関係ないですよ。今は俺の方が元気ってだけです。俺が体調崩した時はモリスさんが面倒見てくださいね」
「もちろんだ」
「シロさん、処置室でいいですか?」
「うん。しばらく横になっていれば大丈夫だと思う」
「わかりました」
モリスはぐったりとしつつもカスクときちんと会話を交わせているし、処置室でしばらく横になっていれば大丈夫だろう。
カスクは頷いてすたすたと歩きだした。
「もう、ハークハイト! モリスは病人なんだから、あんまり無茶させないで!」
「すまなかった。彼の実力に少し興が乗ってしまった」
「そんなにすごかったの?」
「名門トグリルの出で、両親はもちろんのこと、兄もかなり優秀だからな。ある程度は予想していたが、実力と性格の差でここまで違いが出るとは思わなかったのだ。普通の人間は攻守バランスよく鍛えるものだが、彼は攻撃を捨てその力を全て守りへと変えた。想像以上の強者だよ、あれは」
「楽しそうなところ悪いけど、モリスを他の騎士みたいに戦闘に出したりしないでね? 本人も嫌がるだろうし、モリスは騎士じゃなくて薬師なんだから」
「わかっている」
本当にわかっているのか、何を考えているのかわからないけれど、とりあえずハークハイトにもう無理はさせないように注意だけして、私は処置室へ戻ることにした。
処置室へ戻ると、寝台で眠っているモリスにカスクが布団をかけているところだった。
「モリス、寝ちゃったんだね」
「しばらくまともに魔力を使うことなかったからって言ってましたし、相当身体に来たみたいですね」
「身体の調子が良くなってるからって、体力まで戻ってるわけじゃないしね。まったく、ハークハイトは……」
「騎士団に来て、騎士の人たちが自分を受け入れてくれることが嬉しいって言ってましたし、ちょっと張り切っちゃったんじゃないですかね」
「そっか」
モリスは貴族院で友達がいなかったと言っていたけど、騎士団に来てその優しい性格からか年下や下位貴族からとても慕われているように見える。処置室によく来る上位の貴族は私が知る限りレーナやミラくらいだから、他の上位貴族出身の騎士と上手くやっているのかはあまり知らないけれど、モリスが気付いていないだけでモリスが友達を作るのは結構簡単なことの様に思う。
「カスクの方は、もう訓練はいいの?」
「今日はちょっとした手合わせと言うか、実力の確認だけだったみたいなんで。もう終わりました」
「ウィルとカインの訓練には付いていけそう?」
「一応自警団に所属している親父に、体術とか武道の指南を受けていたのでなんとかなりそうです。それでも、全然勝てる見込みはないですけど」
「ウィルとカインは騎士だもん。すぐに勝てちゃったら二人が困っちゃうよ」
「それもそうですね。でも、そんな二人でさえ絶対に勝てないって言わせるザビさんは本当にすごいです。俺、そんな人に稽古付けてくれなんて……危うく死ぬところでした」
「ふふっ。ザビならちゃんと手加減してくれるよ」
言われてみれば、ザビは魔狼たちとの模擬戦でも引け劣らない動きを見せる。騎士以外の訓練はザビしか見たことがなかったから、それが普通だと思っていたけれど、よく考えたら凄いことな気がしてきた。
「ところで、なんでザビに訓練付けてくれなんて話になったの?」
私は気になっていたことをカスクに尋ねた。
「そんなに深い意味はないですよ。ただ、俺は騎士じゃないですから、いざと言う時自分の身は自分で守らないとって思っただけです」
「そんなこと考えてたの? カスクのことだってみんな守ってくれるよ」
「それじゃダメなんです。俺が薬師になりたいって言った時、ハークハイト様に身の程を知れと言われました」
「ハークハイト、そんな酷いこと言ったの?」
「いえ、違うんです。俺は薬師になりたいと言いながら、実際には何をしたらいいのかもわからず、平民の俺なんかじゃって心のどこかで思って動かずにいたんです。でも、それをハークハイト様が、自分がどこに立っていて、目的のために何をしなくてはいけないのかを正しく判断するために、まずは自分の身の程を知れっておっしゃってくださって」
「そうだったんだ」
「だからこそ、俺は自分が置かれている状況を常に冷静に考えるようにしようって心がけてます。それで、薬師として自分の身は自分で守れるように、それから、いつかここの騎士の人たちに俺をここに置いてよかったと思ってもらえるようにしようって思ったんです。最近は大規模な魔獣の氾濫が増えてるってスーロ様も言っていたので、そんな時に前線に出ていかなければいけない騎士の皆さんを一人でも多く救えたらって思うんです」
私は、カスクの言葉に合成獣とファーガス団長が対峙した時のことを思い出した。
合成獣は一瞬にして魔力の剣を腐らせた。あれはおそらく身体を覆っている高密度の瘴気。そんなものが街中で暴れでもしたら、死者の数は計り知れない。
そんなところへ騎士は進んで出向かなければならないのだ。
「そうだよね。騎士は危ない仕事だもんね」
「はい。なので、守るはずの俺が守られてたら話にならないので、しばらくモリスさんが訓練で処置室を離れる間、俺もザビさんやウィルさんたちに指南を受けようと思います」
「わかった」
私は、カスクの言葉に大きく頷き了承した。
ハークハイト、モリスとは別に、ここにももう一人騎士団が手に入れた堅牢な盾があるみたいだよ。




