59.トグリル家への再訪
診療所での使途様事件から数日、トグリル家への再訪問の日を迎え、トグリル家へと向かう馬車に揺られていた。
頭巾が壊れてしまったあの日、基地へと帰ってすぐにハークハイトと一緒にレーナの元へ謝罪に向かうと、レーナは怒った様子もなく、
「怪我はなかった? そろそろ暑くなってきたし、薄手の布で夏用のやつ作ってあげるわ!」
と言って、翌日には新しい頭巾を作ってくれた。そして、頭巾を受け取る際に、
「ハークハイト様、そろそろシロの夏用の服も仕立てないと行けませんから、また近いうちに採寸のためシロをお借りしたいのですが」
「それは構わんが、二、三着君の負担のない範囲で作ってくれれば良い。彼女はあまり洒落ることに興味はないようだし、あまり服があっても持て余す」
「何を言っているのですか! あんなに可愛いのに、あれもこれも着せてあげなければ可哀そうではありませんか! 保護者であるハークハイト様が頓着しないから、シロもそうなってしまうのですよ! とにかく、何か本人の琴線に触れるものがあれば、お洒落に目覚めることもあるでしょう。その時可愛い服がなくては、シロががっかりします! シロは育ちざかりですから、私が責任を持ってこまめに採寸致します! よろしいですね!?」
「あ、あぁ……」
と、すごい勢いでハークハイトを押し切り、私の意思とは無関係に採寸の約束を取り付け帰って行った。
私としては、レーナの言うお洒落なカラフルでふわふわとした布地の多い服よりも、無地のスポッと着られるストレートなワンピースの方が楽だし動きやすいから、それが洗い替え含めて三着もあれば十分なのにレーナはそれでは不満らしい。
頭巾や服を作ってくれるレーナには申し訳ないけど、近いうちに採寸と着せ替え人形になる未来が待っているかと思うと、ちょっとだけ逃げ出したい衝動に駆られる。
「ようこそお越しくださいました」
少し先に待ち受ける未来を憂いていると、いつの間にかトグリル家へと到着していた。
出迎えてくれたグストフに手を引かれ馬車を降りる。
「こんにちは、グストフさん」
「シロ様、お待ちしておりました。モリス様もシロ様にお会いできるのを楽しみにしておられますよ」
穏やかな表情で出迎えたグストフを見るに、モリスの経過は悪くなさそうだ。
「旦那様が仕事で帰りが遅れるとのことですので、案内は私がいたします」
そう言ったグストフに連れられ、家の中へと入るとリビングにモリスの姿があった。
「ハークハイト様、ユーリ様、シロ。よくいらして下さいました」
「モリス、随分顔色が良くなったように見えるな」
「はい、ハークハイト様。おかげさまで体調が回復しつつあるのを自分でも実感しています」
本当に、蒼白だった顔色は随分よくなっていた。この二週間、グストフと色々と頑張ったのだと聞かなくてもわかるくらいだ。
「シロ、今日は本当に来てくれてありがとう。君に会えるのを心待ちにしていたんだ」
「こんにちは、モリス。随分体調良さそうだね」
「肉はまだ厳しいが、君に言われた通り、チーズや牛乳を今は毎食食べるようにしているんだ」
「そっか。頑張ってるね」
この調子なら、普通の生活に戻れる日も近いだろう。
念のためモリスの部屋へと移動し、触診もさせてもらったけど経過に問題はなさそうだった。
「キュィ」
モリスの診察をしていると、ルークが飛んできてモリスの部屋の窓に降り立った。
「ルーク、久しぶり」
そう声をかけると、じっと私を見てまたどこかへ飛んで行ってしまった。
「あれ? モリスが心配で見に来たんだと思ったんだけど……」
「最近あの調子で、ここまで来るんだけど、部屋には入らないで小屋に戻ってしまうんだ。小屋から出る回数も減ったし、機嫌でも悪いのかなと思うんだけど、ルークがあんな態度取るのは初めてで……」
「怪我したり、体調悪いとかは?」
「いや、僕もそう思ったんだけど怪我はしていないし、体調も目に見えてわかる変化はないんだ」
「そっか……」
聞いた限りでは思いつく病気はないけど、心配だし後で小屋へ会いに行ってみよう。
「診察終わり。食事の改善でかなり良くなってるね。このまま無理のない範囲で続けていこう」
「ありがとう、シロ」
診察をちょうど終えたタイミングで、部屋の外で声が聞こえた。
どうやらイールが帰宅したらしい。
私とハークハイトは急いで場所を代わり、ハークハイトが診察していたかの様にしたところでイールがモリスの部屋へとノックもなく入って来た。
「ハークハイト様! 本日は愚息のためにご足労いただきありがとうございます。ハークハイト様のおかげで息子も随分体調が良くなったようで、ほっとしております」
「薬が効いたようでなによりだ」
「狩りもできない鷹と共に穀潰しになられても困りますからな」
相変わらず、自分の息子だと言うのに酷い言い様だ。ルークだって、狩りができないわけじゃないってグストフが言っていた。モリスに似て、すごく優しい子なのに。
実の親なのに、どうしてグストフの様にわかってあげようとしないのだろうと、胸が痛む。
「ところでハークハイト様、今日こそお食事を召し上がって行ってください」
「いや、診察も終わったし戻って仕事がある」
「そうおっしゃらずに。今回の礼をさせてください」
「だがな……」
そう言って、ハークハイトはちらりと私に視線を向けた。
すると、そんなハークハイトの様子を察したグストフが私の背中にそっと手を添えた。
「ハークハイト様、お連れ様は孤児院から出たばかりとお聞きしました。食事の場にはまだ不慣れでしょうから、旦那様との食事の間、モリス様のお部屋でテーブルマナーを学ばれてはいかがでしょうか。モリス様も長い間お一人での食事が続いておりますから、双方にとっていい刺激になるのではないかと存じます」
「イール、モリスを借りても構わないか?」
「もちろんでございます。子どもに我々の会話は退屈でしょうから、モリスに相手をさせましょう。グストフ、それぞれに食事の用意を」
「かしこまりました」
グストフの意見はすんなりと受け入れられ、私はモリスの部屋に残り、ハークハイトたちはリビングへと移動していった。
「シロ、僕との食事で良かったかい?」
「うん。堅苦しいのは苦手だし、モリスとおしゃべりしてる方が楽しいもん」
しばらくモリスと話をしていると、グストフが部屋に食事を運んできてくれた。
「他の者は来ないようにしてありますので、モリス様もシロ様も気を楽にお食事なさってください」
「ありがとう、グストフ。さぁシロ、いただこう」
私は食事を前にして、頭巾に手をかけた。
「あの……。頭巾取るけど、驚かないでね」
なんとなく城下での一件を思い出して、モリスとグストフにそう告げてから私は頭巾を取った。
頭巾を取り、はらりと落ちた髪を見て、モリスとグストフはやっぱり驚いた顔をしている。
「これは……。容姿が特殊だとハークハイト様がおっしゃられていたと旦那様から伺っておりましたが、こう言うことだったとは」
「シロ、君はまるで神の遣いみたいな子だね」
「断言するけど、そんなんじゃないからね?」
診療所での一件もあって、モリスの言葉を否定をすると、モリスはわかってるさ、と笑った。
「君ならば、神の遣いと言われてもおかしくはないし、君がそうであってくれたならと僕がちょっとそう思っただけだよ」
「私が神の遣いだとモリスに何かあるの?」
「神の遣いである君が僕の病気を治したのだとしたら、僕の心に生まれた思いが神に認められているのかもしれないと思っただけさ。ごめん、歩き出す理由を神のせいにしたかったというか、神の力を借りたかっただけというか……。忘れてくれ」
「モリスが忘れてって言うなら、忘れるけど……」
下がった眉に何とも言えない笑みを浮かべるモリスだったけれど、病気が治り始めたことで何か心境の変化でもあったのだろうか。
「それより、食事が冷める前にいただこう」
「うん」
野菜と果実に削られたチーズがふんだんにかかったサラダに、野菜とお肉の出汁がぎっしりと詰まったコンソメスープ、ふんわりと柔らかいパンはミルクの豊かな香りがした。
デザートには卵がたっぷり使われているプリンが出て来て、大満足だ。
「お腹いっぱい!」
「肉がなくて物足りなかったんじゃないかい?」
「お肉がなくても十分だよ! どれもすごく美味しかった!」
「全部グストフのおかげだ」
あれから、グストフが調理場の人間に話を付け、イールには内緒でモリス専用メニューを作ってもらうことにしたらしい。
お肉が食べられないとは言ってないらしいが、病気を治すために必要な措置だと話すとみんな快く引き受けてくれたと言う。
「モリス様は、使用人たちから大変好かれておりますから。皆、モリス様のためならなんだって致しますよ」
「やめてくれ、グストフ。僕は君たちに好いてもらえるほど何もできていないんだ」
グストフの言葉に照れるモリスだったけど、モリスの周りには優しさが溢れているのを感じた。
とその時、部屋の外が何やら騒がしくなったかと思うと、部屋の扉が開いて慌てた様子の使用人が入って来た。
「モリス様、大変です! ルークの体調が急変しました!」




