60.捨てる者、拾う者
使用人の言葉に、私たちはすぐにルークの元へと向かおうとしたけれど、途中モリスが息を切らせてふらついた。
「モリス! 大丈夫?」
「僕のことはいい。シロ、早くルークの元へ! お願いだ! ルークを助けてくれっ……!」
「わかった。モリスは息を整えて、ゆっくり深呼吸をして。グストフさん、モリスをお願い」
「はい」
私は、モリスをグストフに任せ、急いでルークのいる鷹小屋へと向かった。
玄関を抜け、小屋へと走るけれど、私の足ではどんなに頑張って走ってもなかなか辿り着けない。本当にこの家は広くて嫌になる。
「はぁ……はぁ……」
なんとか小屋までたどり着くと、使用人がルークを抱え、イールと話していた。
「トグリルの家に生まれながら、狩りもできない息子と鷹に用などない。こうなった鷹はもうダメだ。ちょうどいい、その辺の山にでも捨ててこい」
「ですが旦那様、ルークはモリス様の大切な……!」
「働きもせず、体調が悪いなどと言って寝ているあいつに温情の余地などない! いいから、捨ててこい!」
そう言われた使用人は、まさに絶望の表情を浮かべた。
「ハークハイト様、お騒がせ致しました。家へと戻りましょう」
まるで何もなかったみたいに、くるりと向きを変え、笑顔でハークハイトに話しかけるイールに私は頭に血が上るのと同時にすっと心が冷えるのを感じた。
「ハークハイト様、彼女のあの姿は……!」
「シロ! なぜ、頭巾を……!」
ルークの元へ歩き出した私に気付いたイールが私を見ると、ハークハイトたちも私の方へと振り返った。
けれど、私はただ無言でハークハイトとユーリ、イールの横を通り過ぎ、使用人に抱かれたルークを引き取り、腕に抱いた。
ぐったりと力が入っていない身体の、脚や目元は紫色に変色していた。
「この子、いらないなら私にちょうだい」
「何を馬鹿なことを。それはもう死ぬのだ」
ルークを抱き、イールへと視線を移すと、彼は現実のわからない子どもだと鼻で笑った。
「この子は私が拾っていく」
「ハークハイト様、何ですかあの娘は! それはトグリルの鷹だぞ!」
「あなたが捨てたものを私が拾っただけ。この子を私がどうしようと、もうあなたには関係ない」
怒りとも、悲しみとも違う、強いて言うのならば呆れ。視線の先の男に、そんな感情が胸全体を支配していく。
「それを渡せ!」
「あなたには渡さない!」
ルークを奪おうと、私の方へ歩みを進め手を伸ばす男に、自分の中の静かな拒絶が形となり湧き出るのを感じた。
「その目! お前はいったい……」
「イール、止まれ!」
イールを止めたハークハイトと目が合うと、ハークハイトはやれと一度ルークに視線を向け顎をしゃくった。
「ルーク、苦しいね。今助けてあげるからね」
私は、バッグの中から魔力の溶解剤の入った小型の注射器を取り出す。
魔塊塞栓症。この病気は、人でも魔獣でも起こりうる病気で、原因はわかっていない。魔力回路内で魔力が凝固し、その塊が魔力回路を詰まらせることで、吐き気やめまい、虚脱の症状に見舞われる。眼や舌、四肢に紫色の痣のようなものができるのも特徴だ。けれど、魔力回路に魔力の塊が詰まってしまっているだけなので、それを溶解剤で取り除いてあげればすぐに治る。
溶解剤を打ち込むと、苦しそうだったルークの表情が少し緩んだ。
「もう大丈夫だよ」
鳥は翼に魔力回路を持つから、魔塊塞栓症を発症すると飛ぶことが辛くなる。それでもモリスが心配で、きっとモリスの部屋まで飛んで行っては、病状が良くなっているか確認していたのだろう。
自分の体調が悪いにも関わらず、モリスを気に掛ける優しいルークを私はそっと撫でた。
「小娘! 何をしている!」
ハークハイトに止められ怒鳴るしかできないイールに視線をやると、いつの間にか追いついていたモリスとグストフの姿がそこにあった。
モリスには申し訳ないけれど、こんな人のところにルークをおいて行くことはできない。
「シロ、君はルークをどうするつもりだ?」
「ハークハイト、私はどうもしない。ここから先は、ルークの好きに生きたら良い。だけど、ここにはおいて行けない」
「ふざけるな、小娘! それはトグリルの、この私の所有物だぞ!」
「ルークは物じゃない! あなたが何を言おうと、この子の道はもうこの子のもの。どこで飛んでどう生きるか、それを決めるのはもうあなたじゃない」
「モリス! お前の鷹が奪われようとしているぞ! 何か言ったらどうなんだ!」
私にいくら言ってもハークハイトが私を止める気配はなく、私に言っても無駄だと思ったのか、イールは怒鳴る矛先をモリスへと変える。
「構いませんよ、父上。それより、僕からも話があります」
「なんだ! こんな時に!」
「僕は今日をもってトグリルの家を出ようと思います」
「はぁ!? 何を言っているのだ急に!」
「急ではありませんよ。ずっと考えていたことです。……ハークハイト様」
何か吹っ切れた様子のモリスは、片膝をつき右手を左胸へと添えた。
「僕は……いえ、私は今日を持って領地に忠誠を誓う騎士となり、国王陛下と、我がフェリジヤ領主とフェリジヤ領民の剣となり盾となることをここに誓います」
そこまで言って、モリスはハークハイトへと視線を向けた後、私へと視線を向けまた目を伏せた。
「あなたの元で、命を救う尊さを学び、ひとつでも多くの命を救える人間になりたいのです。どうか、あなたの剣と盾を私にお教えください」
突然のモリスの発言に、さすがのイールも言葉を失っている。そして、小さくため息をついたハークハイトが、モリスの前に立ち腰に差した剣を抜いた。
「騎士団はそう生易しいところではない。未だ病床の身である君に騎士としての務めが果たせるのか?」
「知識の牙城にて、騎士団で一番堅牢な盾を目指そうと思いますが、必要であればこの身をもって肉を喰らう剣となりましょう」
モリスの言葉に、ハークハイトの口角がわずかに上がったように見えた。
「そうか。モリス・トグリル! 君を今日から正式な騎士として騎士団に迎え入れよう」
跪くモリスの顔の前に剣が差し出されると、モリスは剣身に額を当てた。
「ハークハイト様! これはどういう……!」
「彼はトグリル代々の仕事には向いておらず、仕事を探していたのだろう? 本人の希望であるならば、人手不足の騎士団がそれを拒むことはない。ルキシウスの元に優秀な君がいるように、私にも優秀な人材が欲しいと思っていたのだ」
「ですが……。それに、あの娘はいったい何者なのです!?」
「イール、モリスについては病気の件も含め私が責任を持って預かる。だが、シロについては質問も苦情も、全て領主様に言え。あれを私に同行させたのは領主様のご意思だ」
「ルキシウス様が……」
こうして、突然のモリスの騎士団入団が決まった。
簡単な身支度だけ済ませ、騎士団へ出発するモリスを使用人たちが大勢見送りに来た。
その中でも、やっぱりグストフは一番心配そうにモリスを見つめ、最後に抱擁を交わしていた。
「モリス様、どうかお元気で」
「グストフ、君には本当に世話になった。最後がこんな突然になってしまい本当に申し訳ない。手紙を送るから、気が向いたら返事をくれ」
「もちろんでございます。モリス様のご活躍を楽しみにしております。シロ様、どうかモリス様とルークをよろしくお願いいたします」
「うん」
モリスを見送る大勢の使用人たちに手を振られながら、馬車は基地へと出発した。
「モリス、ごめんね」
「突然どうしたんだい? シロ」
「だって、私がルークを連れて行くなんて言ったから、騎士団へ入ることにしたんでしょ?」
「いいや、それは違うんだ」
モリスは首を振ってそう言った。
「シロに初めて出会ったあの日から、自分の未来について考えていたんだ。自分の生まれや環境を全て取り払って、僕自身がいったい何をしたいのか、何を望んでいるのか。……昼間、忘れてくれと言ったことがあるだろう?」
「うん」
「自分の中に芽生えた望みを叶えるために本当に進んでいいのか、そのために手放すべきものへの執着を忘れることができるのか、それを僕は悩んでいたんだ。だけど、君の、ルークの道はもうルークのもので、どこで飛んでどう生きるかを決めるのはもう父上じゃないという言葉に僕の悩みも吹っ切れた」
そう言って、モリスは膝の上で寝ているルークの頭を撫でた。
「シロ、ルークを救ってくれてありがとう。今日のことで、僕もまた君に救われた。トグリルと言う家に認められたいと、家族でありたいと縋りついていた過去の僕を、僕は捨てて行く。そして、僕が、僕自身が選んだ未来を拾いに行く。そのために、シロの薬学の知識を僕に教えて欲しい」
「それって……」
「僕をシロの弟子にして欲しい」
「弟子……」
弟子と言うなんとも想像していなかった言葉に、私はハークハイトの方を見る。
「元々彼には騎士になるつもりなんてない。君に学びを取り付けるための口実だ。君がモリスの決心を固めたのだから、責任もって面倒見なさい」
「いいの……?」
「薬の研究だと言っていつまでも処置室を出入り禁止にされては困るしな。人も魔獣も境界線なく患者にする君には、助手も必要だろう。それに、肉も食べられない分際で必要なら肉を喰らうと言ったのだ。いざとなれば死ぬ気で働いてくれることは間違いない」
「ハークハイト! モリスはまだ病気なんだから無茶言わないで!」
「その件についても、君が近くにいればそう問題はないだろう。しっかり弟子の面倒を見ろ。それと、モリス」
「なんでしょう?」
「君にはシロについて騎士団にいる経緯など後ほど詳しいことを説明しようと思うが、はっきり言って彼女は常時非常識かつ問題を生み出す玉手箱だ。さっさと病気を治し、彼女をしっかり見張れ。無知無能な見習い薬師に騎士としての給料を出すのだ、それくらいやってもらわないと困るぞ」
「は、はい……!」
「それと、私の子飼いの兵でザビウスと言う者が普段はシロについている。彼は平民だが、うまくやれるか?」
「僕はずっと、上位貴族どころか貴族にすら向いていない性格だと言われていたんです。自分が人の上に立つ者だなんて微塵も思っていないので、相手が平民だからどうこうと言う感覚はありません。それに、平民でハークハイト様の私兵をしているくらいですから、多分僕よりその方の方が強いですよね……」
「だろうな」
「僕、騎士団で認めてもらえるでしょうか……」
「君が堅牢の盾となるならば、騎士団には盾を捨て剣に集中できる人材が山ほどいる。できることをやり、自分の居場所を証明してみせろ」
「はい」
こうして、私に初めての弟子ができたのだった。




