58.使徒様
「「使徒様!!」」
「なに!? なにっ……!?」
急に診療所にいる人たちが頭を下げたことに驚いた私は隣にいるヤヤにしがみついた。
突然のことにぎょっとして固まっていると、平民街の取り仕切りをしていると言うおばあさんが、前に出て来た。
「そのお姿、神の使いである神獣様の縁人とお見受けいたします。その年齢で騎士団の薬師様であるということ、また騎士団の薬師様にも関わらず我々平民にも手を差し伸べてくださる慈愛の御心。そして、魔狼たちを使役する力。あなた様が、我々聖獣教会の神が遣わされた使途様であることは明白」
「……ち、違うよ?」
正直、半分くらい何を言っているのかよくわからないけど、とりあえず人違いな気がするので違うと言っておこう。
「ですが、どうかその慈悲深い御心であの子のことをお許しいただけないでしょうか。あの子は、幼い頃に父親を魔狼によって殺されているのです。使途様の魔狼たちが人に害をなさないことは、先日広場にいた人間ならばみな理解しております。ですが、父を殺した魔狼ではないにしろ、同じ魔狼が街を歩くのをあの子は許せないのでしょう……」
「そうなんだ。それは嫌なこと思い出させちゃったね……」
「診療所には近づかないよう十分に言い聞かせますので、なにとぞご慈悲を……」
「別に怒ってないし大丈夫。私がここに来る以上、魔狼たちが来ることもあるだろうから、辛いなら近づかない方が良いと思うけど、怪我したり体調が悪い時は診せに来てって伝えて」
「なんとお優しい……。私の方から、一字一句漏らさぬよう伝えておきましょう」
「そんな大げさな話じゃないんだけど……」
あの子にはあの子の事情があるのはよくわかったけど、その後の診察で会う人会う人に使途様、使途様と言われて、訂正しても身分をお隠しになっているのですねとか、ご冗談をとか言われてなんかすごく居心地が悪くなったのはあの子のせいと言うことにしよう。
居心地の悪さを感じながらもなんとか来てくれた患者さんの診察を終え、ハークハイトたちとレパレント商会で合流するため、ザビとレパルと店に向かって歩いていた。
頭巾は留め具が壊れてしまったし、今更被っても意味がない気がして一旦バッグに仕舞った。
「すごく疲れた……」
「大変だったな、シロ」
「お疲れさまでした。シロさん」
「ザビとレパルは、あのおばあさんが言ってたことわかった? 聖獣教会とか、使徒様とか言ってることがよくわからなかったんだけど……」
「俺は平民の出だけど、信仰心とかないから聖獣教会のことなんてすっかり忘れてたわ」
「私ども大店の商人は商売神を祀りますので、一般的な平民の信仰にまで考えが及びませんでした」
「なんか呼び方も使徒様に定着しちゃってたし……。私そんなんじゃないのに」
「まぁ、考えようによっちゃ、シロに手出したら神の怒りに触れることになるわけだし、安全確保のためにもそう思わせときゃいいんじゃねーか?」
「握手しただけで泣かれるし、薬塗っただけで崇められるし、嫌だよ。そもそも聖獣教会って何?」
容姿はともかくとして、神獣の縁人と言うのは否定できない。ハクに育てられてるし、朧鴉を除く二匹とも顔見知りではある。
だけど、それで私が神の使徒になる意味が分からない。私は神様なんて知らないし、魔狼たちを使役しているわけでもない。
「平民の間じゃ広く信仰されてる宗教で、神獣ってのは魔獣だけじゃなくて強さから言って貴族よりも強い立ち位置だろ? だから、昔っから平民は神獣を神に遣わされた自分たちを守ってくれる存在として崇めてるんだよ。それで、シロのその見た目を見て、神獣と同じ使徒って扱いになったんだろ、多分。現にシロは、これまでの薬師は平民を治療しないって言う暗黙の了解ぶっ壊して、平民を助けてるしな」
「そんなー……」
「診療所は経過観察が必要な患者のために開いたんだし、やってもあと数回だろ? 我慢だな」
せっかく街の人とも仲良くなれると思ったのにとんだ誤算だ。
「ですが、大金を積まずとも平民を救ってくださる薬師様などこれまで誰一人いなかったのです。そういう意味で、シロさんは本当に神の遣いと言われても不思議ではありません」
「レパルまでやめてよ……」
「ですがシロさん、人がやらないことや新しいことをすると、険しい道になることが多くなるのは世の常です。今回の場合、平民にとってはシロさんは救世主ですが、貴族の薬師様から見たらどう見えるかはわかりません。ハークハイト様がおられる以上、問題ないとは思いますが注意されませ」
注意ね……。お金が取れないと言って診ない患者を私が診るのにどんな問題があると言うのだろう。
よくわからないことだらけのまま、私たちはレパレント商会へと戻って来た。
レパレント商会のお店まで戻ってくると、既にハークハイトたちが到着していた。
「ただいま」
「なぜ頭巾を被っていない?」
ハークハイトは、頭巾を被っていない私を見て足早に近寄って来ると、自分の騎士団の上着を私の頭に被せた。
「頭巾壊れちゃって……」
「壊れた?」
「色々あったの」
「ザビウス、説明しろ」
一連の流れを思い出したら落ち込んできた私を見て、ハークハイトはザビに説明を求めた。
ザビが、診療所であったことをざっとハークハイトに伝えると、ハークハイトはいつもの様にため息をついた。
「不可抗力だったにせよ、君の姿が見られたのはまずい」
「どうして?」
「君はいつも問題ばかり起こすだろう? 君のその容姿ならば、君が主犯格だとすぐにばれるぞ」
「人を犯罪者みたいに言わないでよ」
「それに、平民が君を神格化して祀り上げ始めたら厄介なことになる」
「厄介?」
「神の遣いは、神の分身だ。それを踏まえて、神の遣いと領主、どっちが偉いと思う?」
「……どっち?」
首を傾げる私を見て、ハークハイトの眉間に皺が寄るけれど、人間の上下関係の理解すら未だ微妙な私が、神と人間の上下関係なんてわかるわけがない。
「神とは、人知を超える超常の存在。どう考えても神の遣いだ。同じように、神の遣いと国王どっちが偉いかと問われたら、恐らく神の遣いだろうな。君は、権力の崩壊を招きかねない、非常に危険な存在となる」
「私、何の力もないよ?」
「そうか? いざとなればカオたちもいて、君には魔力もある。君にその気がなくても、相手がどう感じるかは全く別の話だ」
「どうしたらいいの?」
「今すぐ止めろと言っても君は聞かないだろうから、診療所を開くのはあと二、三回に留めておきなさい。そして、君は平民の前から姿を消す。それで十分だ。そこからどんな話が出ようとも、騎士団は関与しない」
「わかった」
思うところはあるものの、本意ではない結果を生むのは避けたい。
「でもね、カスクを呼んで、薬学の知識を教えたらどうかなって思ったの。本人も薬師になりたいって言ってるし、やっぱり平民には平民の薬師がいた方が良い気がするの」
「平民の薬師か。ならば、君が診療所を開く時に、来る気があるなら来させて薬師と言う仕事を見せてやれば良い。自分がこれからどういう仕事をすることになるのか実際に見ることは悪いことではないからな」
「そうだね。そうしてみる」
「だが、人を育てると言うことは、そう簡単なことではない。何かあれば私に相談しなさい」
「わかった」
心のどこかで反対されるんじゃないかと思っていたけど、すんなりと受け入れられ、なんだか拍子抜けしてしまった。
「今日は帰るぞ。君を使徒だなんだと言って平民が来てはたまらん」
「そうだね。帰ってレーナに頭巾直してもらわなくちゃ」
「すぐにトグリルの家にもいかなければならないから、早急に直してもらえないか私の方から頼んでみよう」
「レーナ、怒らないかな?」
「君が壊したわけではないのだから怒ったりしないさ」
その日、壊れてしまった頭巾の代わりにハークハイトの上着を頭になびかせながら、基地への帰路へと就いた。




