57.バケモノ
「ねぇ、レパル。もう少し聞きたいことがあるんだけど、まだ時間ある?」
「えぇ、大丈夫ですよ。聞きたいこととは何でしょう?」
私は、さっきの会話で引っかかったことをレパルに聞くことにした。
「薬師がどんなに良い素材を使ったとしても、薬を使うことによる魔素中毒は避けられないよね? それでも貴族は高いお金を払うの?」
「そうですね。一定の割合で魔素中毒は起きますから、そのリスクは薬師も患者も暗黙の了解というところなのです。ですが、レパレント商会で取り扱っている素材は比較的魔素中毒を起こしにくいとして、多くの薬師様方にご利用いただいていますよ」
レパレント商会には大量の素材がお店の壁一面に保管されている。
一度にたくさんの素材が保存されることによって、素材の保存期間が長くなり魔素が抜け、それによって魔素中毒を起こしにくくなっていたのだろう。
けれど、レパレント商会に売ろうとしている魔素を抜き、薬を作る様になればそんな問題はなくなって、薬師は素材を買う店を選ぶ必要はなくなって……。
「あ……!」
「どうされましたか?」
「私が売ろうとしてる製法使ったら、レパルのお店からお客さんが減ることになるかも……」
「そうなのですか?」
「正確にはわかんないけど……。私が売ろうとしてる製法で作られた薬は魔素中毒を起こさなくなるから、素材の保存方法や新鮮さでの良し悪しはあっても、魔素中毒を起こしやすいとか起こしにくいとかそういうのはなくなるの」
「平民だけではなく、どんな貴族にも使えると言うのはそういうことだったのですね」
「うん」
「それならば心配いりませんよ。先ほども言いましたが、魔素中毒は必ず一定数発生するものと言う認識は薬師も患者も必ず持っているものです。それは素材を売る商人とて同じ。売った素材で作られた薬で、魔素中毒が起きたとなれば我々とて心苦しく思うのです。我々に全く責任がないとは言えません。ですが、時折粗悪品を売りつけられたと、魔素中毒が起きた責任を、立場を利用して平民である我々に押し付ける薬師がいるのです」
「酷い……」
「貴族に逆らえば厳罰、ですが何も言い返さず全責任を負わされて店をたたむこともできません。そんなことをすれば、多くの従業員が路頭に迷うことになります。そうして私は何度か薬師に全責任を負わされては口答えをし、命の危機に陥っていますから、お客様が減ることより、魔素中毒がなくなることの方が大きな利となるのです」
「よく助かったね……」
平民は貴族には逆らわないし、貴族間の上下関係もかなり影響力があると言うのはさすがの私もかなりわかってきた。身分の上下と言うのはとても厳格なもので、下の者が上の者に逆らった時いったいどんな厳罰が下されるのか想像するのも嫌になる。
「幸いにも、領主城の薬草園に勤める薬師様がレパレント商会をご利用しておられ、色々と便宜を図って下さったのです」
「ウェインだね? この前お店で会ったよ」
「ウェイン様にお会いになられたのですね。ウェイン様やガンフ様はレパレント商会の常連様でいらっしゃいるのです」
「ガンフもそうなんだ。騎士団基地でガンフにも会ったことあるよ。今度領主城の薬草園にも行くんだ」
「シロ様の知識なら、領主城の薬師様方も一目置かれることでしょう」
想像以上に世間は狭く、色々な人が繋がっていく。
「シロさんの製法で、平民でも作れ、そして魔素中毒の起こらない薬ができれば、フェリジヤ領の薬道は歴史的進歩を遂げることになるでしょうね」
「そんな大げさな話じゃないよ。だけど、そうなるとやっぱり平民を見てくれる薬師も必要になるよね? 薬だけ売るってわけにはいかないし」
「そうですね。これまでにない考えを持った薬師の誕生が必要になるでしょう」
さっきのお金の話からも考えて、貴族の薬師に平民を見てもらうより、平民の薬師が平民を見た方が良いということになる。
平民で薬師になりたいと言う人材に一人心当たりがあるし、本格的に薬学を教えるのもありかもしれない。帰ったらハークハイトに相談してみよう。
そんなことを考えていると、耳をぴくぴくと動かしたヤヤがおもむろに立ち上がり、ちらりと私の方を見てそのまま診療所を出て行ってしまった。
「ヤヤ?」
気になって、診療所の入り口まで見に行ったけれど、そこにはもうヤヤの姿はなかった。
「人に害をなすことはないとわかってはいますが、街の人間が把握していることではありません。大丈夫でしょうか……」
「すぐ戻ってくるとは思うんだけど……」
カオが動く様子もないし、他の魔狼たちもお腹出して寝てるから、近くに危険が迫っているということはないだろう。けれど、単独でふらりと出かけるのは珍しいから少し気になる。
「ガウッ!」
「きゃぁっ!」
診療所の裏の方からヤヤの鳴き声と小さな悲鳴が聞こえ見に行ってみると、そこには先週広場で見かけた顔が五人程集まっていた。どうやらヤヤは人の気配を感じて見に来たようだ。
「こんなところで何してるの?」
「あ、あのー……」
集まった怪我人たちは、恐る恐ると言った感じでどうしてここにいるのかを教えてくれた。
彼らは、先週の魔物の氾濫による広場での治療に、お礼を言いたいと言う気持ちと、お礼を言いに行って高額な支払いを騎士団に命じられたらどうしようという不安がせめぎ合い、正面から入る勇気がなく、裏から中の様子を伺おうとしたらしい。
そこをヤヤに見つかってしまったということだった。
「みなさん、シロさんは騎士団の薬師様ではありますが、平民から高額な診察料を取るような方ではありませんよ。私の妹、ベルリナもシロさんによってとある奇病から救っていただいた一人です」
貴族が怖いのか、少し怯えた様子の彼らに、レパルがすかさずフォローを入れてくれる。
「先週は私が勝手に診察したり治療したりしただけで、お金はとらないから安心して。この診療所での診察料は一人五百ガルで、薬代は薬に応じてもらうことになるけど、メインで使うものの料金は表の看板に書いたからそれを見て。高額なつもりはないけど、薬に関しては料金も見つつ相談に乗ることもできるから、安心して怪我の治療に来てくれると嬉しいな」
「シロさんは、決して嘘はつきませんよ」
私の言葉だけでは不安なのか、皆ちらりとレパルの方を見て、レパルがそういうならと表へ回り診療所へと入ってくれた。
「順番に診察するから、座って待ってて」
とりあえず椅子に掛けてもらい、順番に診察をしていく。
私は、一番症状が重かった、足の骨折患者から診ていくことにした。
「その後、足は痛む?」
「まだ多少痛みはありますが、もらった薬がすごく効いて、一週間元気に過ごしてました」
「それは良かった」
彼は、あの日エプロン姿で足を骨折していた人だが、話を聞くと街でお肉屋さんを営んでいるらしい。
「若い頃にも仕事で骨折したことあるが、あの時は薬もなくて三日三晩痛みと熱に苦しめられたので、今回も覚悟してたんですが、もらった薬のおかげで本当に助かりました」
「骨折して薬なしは辛いね」
足の方も順調の様だし、今のところ問題はなさそうだ。
「あんまり無理すると骨が歪んだり曲がっちゃって綺麗に治らないから、無理しないようにね」
「はい」
それから、順番に怪我を見ていくけれど、皆経過は良好そうで安心した。
五人の診察を終える頃には、表の看板と中に見知った街の人間がいるからと安心した人たちが続々と診療所に来てくれた。
朝の閑古鳥が嘘の様に、列ができ始め私は慌てて診察を再開した。
「薬師様は命の恩人です!」
「大げさだよ。でも、無事に怪我が治って良かった」
「薬師様、ありがとうございました」
「お大事に。次の人、どうぞ」
半分くらいの患者さんを見終わったかなと言う頃、私よりは大きく、カスクよりは幼いくらいの体格の良い男の子がずんずんと怒った様子で診療所に入って来た。
「おい!」
目の前まで来たその子は、私を睨みつけるように立ち、私を見下ろした。
「何?」
「魔狼の親玉はお前か?」
「親玉?」
「あそこの魔狼たちを使役してるのはお前かって聞いてるんだ!」
「使役はしてないけど、あの魔狼たちは私の家族だよ?」
「てめぇ!!」
「きゃぁ!」
私が、魔狼たちを家族だと言いうと、彼はさらに怒り私の胸倉を掴んだ。
「やめろガキ! シロを離せ!」
すかさずザビが止めに入るけれど、目の前の男の子は引こうとしない。
「こんなもん付けて顔でも隠してんのか! 何が薬師だ!」
「やっ……!」
彼は急に私の頭巾に手を伸ばすと、頭巾を思いっきり引っ掴み剥ぎ取った。
あまりの勢いに留め具が壊れ、頭巾が彼に奪われるのと同時に、私の髪がはらりと露になった。
「返してっ!」
ハークハイトに外では頭巾を取ってはいけないと言われているのだ。それに、その青い頭巾は騎士団の皆とおそろいの青で、私が騎士団の一員と思える物でもあるのだ。
「その髪、その目……!」
私の姿を見て少し驚いた顔をしたものの、彼はギリッと奥歯を噛んだ。
そして、
「何が騎士団の薬師だ! バケモノッ!!」
そう叫んで頭巾を地面に叩きつけ走り去ってしまった。
「イアン、ラス、シーラ! 追っちゃダメ!」
私は、すぐに走り去った男の子を追おうとする魔狼たちを止める。
――バケモノッ!!
昔の記憶が彼の声に重なって私は拳を強く握った。
「シロ! 大丈夫か?」
すぐにザビが怪我してないか? と私の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ」
そうザビに返事をしたところで、診療所の中がざわざわとしていることに気が付いた。
「あ、あの、みんな……」
驚きと、それとは別の何とも言えない空気が診療所に漂い、何か言わなければと一歩踏み出すとザっと患者さんたちが後ずさった。
西の森へ行くことになった時、基地の外に出れば森での違いを見ることになったり、嫌な思いをすることもあるだろうとハークハイトは言った。
あの時はあまり理解していなかったけど、再三ハークハイトが頭巾を外で外すなと言っていたのはこういうことなのだろう。
あの男の子にバケモノと言われ、街の人に後退られたことで、なんとなく頭巾を取った自分がどういう風に見られたのか察しがついた。
バケモノと言われないために、魔力を封じて普通の人間として生きているつもりだったけど、どうやら魔力だけの問題ではないらしい。
地面に落ち、汚れてしまった青い頭巾を見て、帰ったらレーナに謝らなくちゃと考える目が涙で滲みそうになる。
「クークー」
私の顔を覗き込む魔狼たちに私は腕で目元を目一杯拭った。
私はハークハイトの言う通り、誰彼構わず患者を診るけど、患者には薬師を選ぶ権利がある。皆が私には診られたくないと言うのなら、今度ガンフにお願いしてみよう。ガンフならきっと引き受けてくれるだろう。
そう無理やり思考を巡らせ、街の人に帰っても良いと声をかけようとした時、
「使途様!!」
ザザザッと診療所にいた街の人が一斉に両膝をついて頭を下げた。




