49.不燃樹
「ユーリ、いいよー」
「シロ、ザビから離れるなよ」
「はーい」
「流沾!」
領主城と城下へ出かける話しをした翌日、五日後に領主城へ行くことが決まった。
そんな中、私たちが何をしているかと言うと、呼びにくいと言う理由で一旦不燃樹と名付けられた、要するにパクパクの木を運動場で生やしていた。
昨日仕込んでおいた、植物に必要な栄養を含ませた水で濡らしたガーゼに種をくるみ根を張らせたものを地面に植える。パクパクは不思議なことに種の間は地面に直接根を張らない。だから、直に地面に植えて水やりをしてもほとんどの場合、木は生えないのだ。
――パクパクパクパク……!
大量の水を吸い上げ、独特な音を立てながら瞬く間に木が生える。
「一瞬で木が生えた……」
大きくなった木をザビが口を開けて見上げている。
「シロ、魔法陣はこれで合っているか?」
「大丈夫」
木が生えたところで、私がハークハイトに教えた水魔法の魔法陣をハークハイトが木に付与して行く。
「次、点火するぞー。ザビ、ボケっとしてないでシロのこと見とけよ! 万火!」
そして、ユーリが水魔法を付与された不燃樹に火魔法を放つけれど、燃え上がる火が木を飲み込みやがて火が消えても、木は燃えずに残っていた。
「本当に燃えないのだな」
「ハークハイト、私の言ったこと疑ってたの?」
「紙や木が燃えないなど、そう簡単に信じられるか」
「パクパクは生息してる絶対数も少ないから、知ってる人も少ないのかな?」
繁殖力や成長過程での周りへの影響を考えると、この木がそこら辺でぽんぽん生えてしまっては環境に影響がありすぎる。
「自然の中じゃそうもいかないけど、こうやってパクパクの木は人が手を加えると他の木みたいに何年とかかからずに木を成長させることができるの」
「上手くやれば量産も可能と言う訳か」
「結構便利だよね」
「便利も何も、これはかなりの発見だ。建築はもちろんだが、国家の機密事項など、かなりの重要機関で重宝されるものが生まれる」
「私は薬包紙を作ってほしいんだけど……」
試作品を作って献上書を上げて……と私を無視して何やらハークハイトがぶつぶつ言いだしたので、私は建築や製紙には必要のない葉を集めていく。
「何してんだ?」
「ザビ、上の葉っぱ取ってくれる? 手が届かなくて」
「いいぞ」
「ピコ用の日除けをこれで作ろうと思って。夏になったら裏庭は暑いだろうから」
「あそこはよく陽が当たるあからな」
涼しくはならないけど、通常の葉よりは枯れにくいので、何日か太陽に晒しても長持ちする日除けにはなるだろう。
「そういや、トグリル家はどうだったんだ?」
「モリスの病気も治りそうだし、モリスとグストフと鷹のルークとも仲良くなれたし、楽しかったよ」
「鷹かー。俺も見たかったなぁ」
「元気になったら騎士団に遊びに来てって言ってあるから、頼めばルークも連れて来てくれるかも。モリスは魔獣が大好きなんだって」
「ラインハルトみたいだな」
「あの二人きっと気が合うよ。性格も、どっちも穏やかで優しいし」
「あいつ、魔獣について語り合える仲間が欲しいって言ってたし、うってつけだな」
「そう言えば、ザビって、ラインハルトのことはさんつけないね? ラインハルトは貴族だからつける必要あるよね?」
「お、社会的立場についてちょっと意識するようになってきたな」
「色々言われて意識したら、確かに魔獣とは違う上下関係が人間にもあるんだなって」
「人間社会で生きていく上では必要なことだから、ちょっと面倒だろうけど一応勉強しとけ。で、話は戻るけど、俺とラインハルトが対等なのは、俺らが同じ孤児院の育ちだからだよ」
「そうなの? 初耳」
「つっても、あいつは魔力があるからって子供の頃、下位貴族に養子にもらわれて、今じゃ立派な貴族だけどな。それでも、同じ所で過ごした記憶とか、魔力なしの俺の方が喧嘩が強いとか、あいつだけ平民から貴族になった後ろめたさだとか色々面倒だから公式の場以外では普通に友達の関係でやってるんだよ。騎士団で再会したのは本当に偶然だけどな」
「そうだったんだ」
「わざわざ他人に言うようなことじゃないから、騎士団でも知ってる人間はほんの一部なんだ。内緒な」
「うん。平民から貴族になる場合もあるんだね」
「かなり稀だけどな。逆に、貴族の家庭に生まれたのに、あまりにも魔力が少ないとか、魔力が全くないって理由で孤児院に捨てられて平民として育つ奴もいる」
「そっか……」
魔力量で身分が決まるとハークハイトが言っていたけど、平民か貴族かさえ、魔力量で家族と違ってしまう可能性もあるなんて残酷な話だ。
「私が森の外で暮らすってなったら、貴族になるの?」
「そりゃそうだ。だけど、シロの魔力量だと手に負える貴族が限られるから、ファーガス団長かユーリさんのとこか、かもしかしたら主の養子になって今のままかもな」
「シロは、ハークハイトの嫁でいいんじゃないか?」
ザビと話をしていると、いつのまにかユーリが横にいて、にやにやと笑っていた。
「いやいや、ユーリさん。シロが嫁に行こうと思ったら後十年はかかりますよ」
「ハークハイトが後十年で結婚できるかよ」
「確かに。十年なんてわけないっすね」
「お前たち、黙らないと木と一緒に切り倒すぞ」
「おぉ怖っ! まさか、聞こえてたとは……わざとだ!」
「ユーリ、お前とて既に適齢期だろう。私のことをとやかく言える立場か」
「部下がお先にって訳にはいかないだろ。俺を嫁に行かせたきゃ、お前がさっさと結婚しろ」
「勝手に先にすればいいだろう……」
「お前のせいで、俺もザビも婚期が遅れるのは確実だな」
「マジっすか。主、どうしてくれるんですか」
「黙れ」
正直、この三人の隣に誰かがいるところが全く想像できない。
ルキシウスの言ってたようにハークハイトはモテるだろうし、ユーリやザビも見た目は整っていると思う。強くて、見た目も良ければ、自然界じゃ引く手数多のはずだ。それなのに、伴侶ができないと言うのは、ちょっと心配になる。それとも人間の世界はそれだけじゃダメなのだろうか?
「三人とも何か欠損でもあるの?」
「君はまた何を言い出すんだ……」
「だって、あんまり欠点ていう欠点見つからないのに、番が見つからないなんて変だよ」
「君のサンプルはほぼ魔獣だろう。人間には立場や仕事、時間、その他の様々な要因があって魔獣の様にはいかない、覚えておきなさい」
ハークハイトだけで言えば、基地でも家でも仕事して仕事して仕事するの毎日でそんな時間もないか。
「くだらない話は終わりだ。木を切るから、君は下がっていなさい」
「はーい」
その後も、不燃樹を生やしては切り、生やしては切りを繰り返して紙を作るのに十分な木を作った。
「紙を作るのはどうするの? 基地じゃできないよね?」
「試作品を作って領主に報告を上げるまでは、まだ表には出せない情報だ。我々が頼める商会は限られている」
「じゃぁ、レパルの所だね」
「幸い、手広くやっている事業の中に製紙事業もあるから、レパレント商会が適任だろうな」
「レパルはすごいね」
「君といると変な縁が増えていく」
「ダメなの?」
「いや、そうではない。君が来る前と後では随分身の回りの状況が変わったと実感しただけだ」
「それって結局私への苦情じゃない?」
「そうとも言う」
「ほらー」
「だが今まで見えなかった景色が見られるようになったのも事実だ」
「そっか。そういう意味なら、私もそうかも」
森を出てから、わからないことだらけの生活も徐々に慣れて、今じゃここにいることが当たり前になりつつある。不安もあるけど、新しい出会いがあって、森ではできない様な経験もできる。いつか森へ帰る時が来ても、ここでの生活は私にとってすごく大きな、貴重な時間だったとことあるごとに思い出すと思う。
迷惑かけていることが多いのは重々承知しているけど、ハークハイトたちにとっても、私と言う存在が少しでも良い変化をもたらしていればいいなと思う。
「ところで、この木を切った後の荒れ果てた大地はどうやって直すのだ?」
「大丈夫、ピコに頼めば元に戻るよ」
人間には使えない、魔獣や魔動植物の中でも一部の種類にしか使えない、土を操ることができる魔法を彼らは持っている。
「シロ、ピコ連れて来たぞ」
「ザビ、ありがとう。ピコ、でこぼこになっちゃったここを元の更地に戻してほしいんだけどいいかな?」
「ピー!」
任せて、と手をあげるピコは、とことこと荒れ地の真中へと歩いて行く。
ピコが魔法陣を発動させると、ぼこぼことまるで土が沸騰したように大地が波打ち、最後には絨毯をばさりと広げたように土の表面が整っていく。
「ピー」
終わったと言う合図に、運動場の真中にいるピコをヤヤが迎えに行く。
「シロ」
「何?」
「なんだこれは」
「だから、元に戻ったでしょ?」
「なぜ芝がある」
「サービス?」
「全く」
「いひゃい……」
茶色かったはずの運動場が芝の大地へと変貌したのを見て、ハークハイトが私の頬をむにりとつまむ。
「まぁ、いいんじゃねーの? 実際土均すより、芝生にする方が金かかるんだし。芝の運動場で困るやつもいないだろ」
「ユーリは少しシロに甘すぎないか?」
「お前が厳しすぎるんだよ」
その後、一面の茶色が一日にして緑の揺れる運動場へと変化したことを、ハークハイトに聞いたものはいなかったらしい。
「なんつーか、基地に配属されてる騎士たちは日常茶飯事で慣れつつあるよな。逞しくて何よりだ」
後日ユーリがそんなことを言って笑っていた。
芝生は生えたものの、運動場はこれまでと変わりなく使えることや、誰もその件について追及してこなかったので、私も無事に無罪放免となった。
8月ですね。
モリスの話を書いておいて、作者自身は暑すぎて主食はほぼアイスです。
熱中症、栄養失調には十分気を付けましょう。




