48.セオンからの手紙
「それからはなんでか食べられるようになったの」
「マオ殿の言葉が薬になったんだね」
「うん」
「僕も強く生きるために頑張らないと」
「あんまり気負わずにね。最初はチーズとか牛乳とかから始めたらいいかも」
「チーズか。チーズなら食べられるかもしれない」
「後は、パンケーキとか? 卵も原型ない所から始めるのが良いと思う」
「そうだね。それにしても、トグリル家でパンケーキか。ふふっ……あはははは! それは思いつかなかった! グストフに頼んでみよう」
ずっと原因がわからなかった病気が治るとわかって、心なしかモリスの顔色がさっきより良くなったように感じた。
「それにしても、魔狼か。いいな」
「元気になったら騎士団に遊びにおいでよ。カオたちもいるし、馬もネコも鳥もリスもいるよ!」
「すごいな。魔獣と仲良くしたかった僕の夢が叶いそうだ」
騎士団にいる魔獣たちの話をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。紅茶をお淹れしましたので、お飲みになりませんか?」
「ありがとう、グストフ。父たちもいないし、リビングでいただくよ。シロ、行こうか」
「歩ける?」
「大丈夫。君と話したからか、なんだか調子がいいんだ」
「それは良かった」
二人でリビングへ行くと、ミルクティーが用意されていた。
用意された席に座ると、紅茶の香りがふわりと鼻をくすぐり、とてもいい匂いがした。
「モリス様、ストレートもございますのでご無理のない範囲で……」
「大丈夫だよ、グストフ。これくらいなら飲める気がするんだ。本当に、君には世話になってばかりで何の恩返しもできていないな」
「モリス様……」
「誰にも言えなくて一人苦しんでた時、グストフが気付いてくれてどれだけ救われたか。本当に感謝してるんだ、ありがとう」
「もったいないお言葉です……」
病気は、その人だけでなくその人を大切に想う人の心をも蝕んでいく。二人に希望ができて、明日を生きる力になったなら本当に良かった。
それから、モリスとグストフに、鷹についてや、貴族院で勉強する内容、モリスの小さい頃の話など色々と聞かせてもらった。話は尽きることを知らず、ハークハイトたちが鷹狩りを終えて帰ってくるまで続いた。
ハークハイトたちが帰ってくると、イールから夕飯に誘われたけれど、夕飯までまだ時間があることや、騎士団での仕事などを理由になんとかハークハイトが断った。
「イール、モリスに関してはいくつか薬を処方しておいた。また二週間後に様子を見に来る。万が一、容体が悪化するようなことがあればすぐに連絡をくれ」
「かしこまりました、ハークハイト様」
「ではまた来る」
私たちは、馬車に乗り込み帰路へと着いた。
「モリスはグストフがいれば大丈夫だと思う。モリスはお父さんより、グストフに信頼を置いてる気がする」
「あの親子は色々難しいだろうな。それにしても、君はよくモリスの病気がわかったな。ガンフでも知らなかったのだから、この病気は本や論文には出てない病気のはずだ。君の知識はほとんど本からのものだろう?」
「森で怪我をしてお肉を食べられなくなった雑食種の魔獣がずっと草ばかりを食べてたら同じような症状になってるのを何回か見たことがあるの。それでそうかなって。後は、まぁ……モリスとは逆だけど、マオが昔、研究に没頭しすぎて食べやすい干し肉とか塩漬けとかばっかり食べて体壊したことがあって。その辺から、人間はお肉だけでも野菜だけでもダメって学んだの」
とは言え、生物の栄養面についてはジジ様がすごく詳しかったから色々教えてもらったという経緯もある。
「彼は何をそんなに研究していたんだ?」
「マオが研究するのは、常に新薬の研究のためだよ。森にはマオと私しか人間はいなかったけど、魔獣ならたくさんいたから、魔獣の怪我や病気を調べて、薬を作る。その研究がいつか人間の役にも立つって。それと、何かの証拠を探してた」
「証拠?」
「あんまりそのことについてはわからないけど……確か、毒が薬になるなら、薬も毒になって、薬と薬を掛け合わせることで毒になって、毒と毒で薬に……あぁ!」
「なんだ、いきなり大声を出して」
「毒をもって毒を制す! そうだ、なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう、私ってば」
「何の話だ?」
「ヤッカニウムの毒だよ! 色々手を尽くして行き詰ってたけど、毒を消す同じだけの毒を探してみればよかったんだ」
騎士団の裏庭には、毒草の類が全くない。だからすっかり、失念していた。帰ったらさっそく試してみよう。
「何か糸口が見えたみたいだな」
「うん!」
「だが、毒物を使う時は他の人間の薬室への出入りは禁止する。万が一何かあれば大問題だ。君だけで行い、終わったら全てを速やかに片付けなさい」
「わかった」
昔と比べて、やっちゃだめと言われなくなっただけ少しは信用してもらえて来ている気がした。
「そう言えば、モリスが元気になったら騎士団にいる魔獣たちに会いに来たいって」
ハークハイトたちがいなかった間にモリスやグストフと喋ったことを話し、私たちは騎士団基地に戻って来た。
「お帰りなさいませ、主」
「今戻った。変わりはないか?」
「特にありません」
正門で待っていたザビが、留守中の報告を済ませる。
「ただいま、ザビ」
「おかえり、シロ。シロに手紙が届いてたから薬室に置いておいたぞ」
「きっとベルリナとカスクからだ。ありがとう、ザビ」
私は、夕飯まで薬室にいるとハークハイトに告げ、薬室へとむかった。
荷物を置いて、手紙を開けるとやはりベルリナが書いたカスクからの手紙だった。
ユンがすっかり回復したことや、スーロの体調や近況報告、それからカスクが薬師を目指すために字の勉強を始めたことや、スーロから薬として使える植物や魔獣の素材などについて教えてもらっていることなどが書かれていた。
ベルリナに頼らず、カスク本人の字で手紙が届くようになるのが楽しみだ。
そして、カスクからの手紙とは別に、もう一枚別の紙が入っていた。
「レパルから?」
レパルからの手紙には、メテルキアで二十年前から何度か繰り返し起こっている鳥の感染症が最近またメテルキアで確認されたこと、そして、あくまでも噂の域を出ないが今回は鳥から人への感染があったと言われていることが書かれていた。
フェリジヤでは未だ鳥の感染症が確認された報告はないが、メテルキアで徐々に感染場所が広がっているので、フェリジヤに来るのも時間の問題なのではないかということや、万が一鳥から人へ感染した時の対処法などは貴族の薬師でもわかってはおらず、そうなれば領地中がパニックになる可能性があるという補足事項も書かれていた。
「魔獣の感染症か……」
魔獣は人と違って、体の不調を外に出さない。そんなことをすれば、天敵に命を狙われる可能性が増すからだ。上位種を除けば人間と違って、それらを他へと伝達するすべもない。
結果、人間が気付く頃には魔獣の感染症は既に結構な範囲で広がっている可能性があるのだ。そして、人に移り人から人へ移るとなっても、それは人間の誰かが発症するまでわからず、誰かが発症する頃には、他の誰かも感染している。何もかもが後手後手になってしまうのだ。
二十年前から繰り返し起こっているなら、効果的な予防策や、発症後の特効薬などはない可能性が高い。
万が一、平民街で広がった時、その人たちは誰が治療をすると言うのだろう。放っておけば、貴族街に感染する可能性だってあるのに、それでも貴族の薬師は平民の患者を診ないのかな?
「最悪の事態にならなきゃいいけど……」
せめて、メテルキアの感染症が発生してる場所へ行って調べられたらいいけど、領地を越えるのは無理だろう。
それから手紙は、城下に来ることがあればぜひレパレント商会にお越しくださいと締めくくられていた。
薬の研究用の素材が欲しいので、領主上の薬草園に行く時に、一緒にレパレント商会にも行けないか後でハークハイトにも聞いてみよう。
「返事するのに、封筒がないや。ハークハイト持ってるかな?」
私はベルリナから届いた手紙を持って薬室を出た。
***
「それで、レパレント商会にも行ってみたいなって」
執務室へと行き、手紙の話をハークハイトにすると、そうだなと納得してくれた。
「私も彼らに礼をしに行かねばならないし、城へ行くついでに寄るとしよう」
「あと、手紙送るのに封筒持ってる?」
「ここに平民へ出せる便箋の類はない。手紙用の封筒なら、レパレント商会に行った時に一緒に買いなさい。カスクたちの分も買ってプレゼントすれば良い。平民にとって便箋はそう安いものではないからな」
「私お金ないよ?」
「君が買う分は私が管理して支払いをするから問題ない」
要するに、余計なものは買うなということか……。最近、ハークハイトの考えがだんだん読めるようになってきた気がする。
「城と日程を決めたら伝える」
多分来週になるだろうとハークハイトの言葉で、領主城と城下へ行く話は終わった。




