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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
2章

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50.毒×毒

 領主城と城下へ買い物に行くまでの数日、私は、ヤッカニウムの解毒薬の開発・研究に明け暮れていた。

 解毒薬の研究に明け暮れるために、昨日までフル稼働で城下の騎士団に卸す分と基地の薬棚の薬を前倒しで作ったので、買い物へ行くまでと、買い物から戻ってからもしばらくは作らなくて済むだろう。


「今ある種類で全部掛け合わせて……」


 薬室が毒物だらけになるこの日は、薬室、処置室共に出入り禁止で出入口を施錠をしている。軽傷用の消毒液など簡単なものは、処置室の前にご自由にお取くださいと貼り紙をして、重症、その他急用の場合は外の窓から呼んで欲しい旨をついでに書いておいた。


「そうだ、幻幽花(げんゆうか)もあるんだ。バタバタしてすっかり忘れてた……」


 目まぐるしい毎日に、やらなきゃいけないことで精一杯で、やりたいことに意識が追いつかない。


「aa、ab、ac、ad、ae、af……」


 それぞれの組み合わせにメモを書いて貼って行く。ここから先はひたすら地道に、掛け合わせを変えていく、気が遠くなるような作業だ。


「マオがいてくれたらな……」


 こういう地道な作業をする時だけは、手伝ってくれる人が欲しいと思う。

 ザビが手伝うか? と聞いてくれたものの、やっぱり毒物を扱う以上知識がない人にお願いするのは気が引けて断ってしまった。万が一が起きたらお互いに命に係わる場合もある。かと言って、ハークハイトは忙しいから頼めないし、もう一人薬師を雇うのは絶望的に無理そうだし、結局一人でこつこつやるしかない。


「マウリルは多少効果が認められるけど、打ち消しに時間がかかりすぎるんだよね……」


 ヤッカニウムの研究をしていてわかったことは、ヤッカニウムには二つの毒が含まれること。まず最初に一つ目の成分により体内の魔素もしくは魔力が凝固すること。そして、その後神経毒による身体の麻痺が起こること。

 体内での魔力が凝固すれば、魔力回路が塞がってそのまま死に至る。神経毒の方も、心肺機能を止めてしまう。どちらに転んでも死が訪れる。回避する方法は、まず凝固した魔力を溶かすこと。これは既に溶解薬があるのでそれを服用すればいい。そして次に、神経毒を中和すること。何もしなければ成人男性で三~四分、ハクの様な大型魔獣で七~八分、溶解薬をすぐに服用しても成人男性で五分、大型魔獣で十分程度の猶予しかない。その間に手を打てないと薬としては意味をなさない。

 私は、ずらりと机に並んだ、効果のなかった毒草花たちを眺め、肩を落とした。


「やっぱり、猛毒は猛毒をもって制すが正しいのかな……」


 ここから先はとんでもなく危険な実験になることは明白なので、できれば避けたかったけれどやるしかない。猛毒を猛毒で打ち消せれば良いけど、猛毒と猛毒で超猛毒が出来上がるなんてこともあり得る。その場合、気が付かないうちに毒を吸い込みでもしたら私の死が確定してしまう。

 私は、細心の注意を払って準備を進めて行く。さすがに猛毒の類はいっぺんにやらず、一つずつ進めていくしかない。


「幻幽花はさすがの猛毒って感じだなぁ……」


 ヤッカニウムから抽出した毒で作った溶液は、濃い水色をしている。それに対して、幻幽花の毒で作った溶液は濃い紅色をしている。明らかに混ぜるな危険と言った感じの二つを混ぜるのはかなり勇気がいる。

 集中して、慎重に、そっと、ゆっくり、シャーレに垂らしたヤッカニウムの溶液に幻幽花の溶液を垂らそうとしたその時、


「シロ!!」

「ひゃぁ!」


 突然背後からハークハイトの怒った声が聞こえ、びっくりした私の親指がスポイトを握りしめた。


「わわわっ……!」

「シロ! くだらん貼り紙をしていったい何をしている!」

「ちょ、ちょっと待って! 危ないから、入ってきちゃダメ!」


 ハークハイトが窓から入ってくるなんてないだろうと思いつつも、怒った語気は今すぐにでも窓から入って私を捕獲しようと言う勢いだ。いつもなら仲裁に入ってくれるユーリやザビも珍しくいない。私はすぐさま道具を置いて窓へと小走りする。


「ハークハイト、びっくりさせないでよ……」

「なんだ、表の貼り紙は?」

「だから、ヤッカニウムの実験してるから安全確保のために薬室と処置室を封鎖してるの」

「そんな理由で薬品を廊下に並べていたのか?」

「危ないものは置いてないよ。消毒と保護剤と痛み止めくらいだよ」

「そう言うことではない。騎士団の備品は全て厳密に管理されている。勝手に持って行けと書いてあっても、管理人がちゃんと管理できているのかを確認する決まりがある。君から手渡しされたのならば問題はないが、誰もいない場合、持ち出すならば上に報告することになっている」

「そうなの?」

「全く……。先ほどから、訓練中に怪我をした人間が処置室を訪れてはこの貼り紙を見て困惑し、私の所に本当に使ってもいいのかと聞きに来る始末だ」

「外の窓から呼んでって書いておいたのに」

「玄関を回ってここへ来るより、そのまま階を上がって執務室へ来た方が数段早いからな」

「……それは盲点」


 普段執務室に、騎士が出入りするのをあまり見ないせいかそんな考えは微塵も浮かばなかった。確かに、外へと回って私に聞くより、騎士団基地全体を管理しているハークハイトに聞いた方が早いし確実だ。

 

「それで、私の手を煩わせる程の成果はあったのか?」

「……失敗の数も成果の内でしょ?」

「要するに、収穫なしと言うことだな」


 薬の研究と言うのは、たった一つの成果を見つけるために、数多の失敗を繰り返すものなのだ。収穫なしだなんて一言で片付けられるのは、ちょっと悲しい。


「毒を毒で制するとか言ってなったか?」

「だから今、猛毒を猛毒で制そうとしてたの」


 私は実物をハークハイトに見せるため、実験机へと引き換えし、机の上に置いたシャーレを手に取った。


「あれ? ……あれ!?」

「どうした?」

「消えてる……」

「消えてる……? 毒薬を失くしたのか!?」

「違う、ヤッカニウム! ヤッカニウムの毒が中和されてる!!」


 シャーレの中は、水色でも紅色でもない透明な液体へと変化していた。

 念のため、人体に対して、即座に害の有る物質に変化したりしてないかを確認したけれど、問題なかった。


「ハークハイト! これ!」

「まさか本当に発見したのか」


 透明になった液体と有害物の有無を確認した試薬を見せると、ハークハイトも驚いていた。

 とは言え、もう少し色々と細かい部分の確認をして、薬として人体で使って大丈夫かどうかまで研究しなくてはいけない。実用に至るまでにはもう少し時間がかかる。


「やっと見つかった……」


 私は、胸にあるハクの魔石を握った。


「ドルトディートとの次の対決までには絶対間に合わせる。本当はもうハークハイトたちがドルトディートに関わらずに済めばいいのにって思うけど……」

「騎士である以上、それは難しいだろうな」

「ハークハイトは怖くないの? 死んじゃうかも知れないんだよ?」

「それが騎士と言うものだ」


 いつどんな敵が現れても良いように、騎士は毎日鍛錬を怠らない。処置室にいれば、みんなが毎日どれだけの訓練をしているかなんてことは嫌でもわかる。ハークハイトやユーリ、ザビだってそれは同じで、行かないでなんてことは言えない。


「そんな顔をするな」

「ごめんなさい」

「謝ることではない」


 わかっていても折り合いがつけられないことはある。


「恐れは人を強くし、また絶望させる」

「え?」

「母から教わったメテルキアの言葉だ。恐れは人を強くし、また絶望させる。恐怖を心に飼い慣らせ。自らを弱者と知り、自らを鍛え、自らの叡智を磨き、今日と言う日の全てを己の血肉とせよ」

「どういう意味?」

「恐怖から逃げるのではなく、恐怖を心に飼うことでどうすれば恐怖の原因に打ち勝てるのか、常に自己鍛錬の努力を止めずに進めということだ」

「恐怖と一緒に戦うってこと?」

「そうだ。太古の昔、メテルキアは他の地域から追い出され、行き場をなくした弱小民族が辿り着いた地だと言われている。今でこそそんなことはないが、その昔、メテルキアには魔力の高い人間が圧倒的に少なかった。そこで彼らは、鍛錬と共に知恵を磨いた。メテルキアが他領に比べ薬学が発展したのはそういう理由だ。他の民族に侵略されるかも知れない、勝てないかも知れない、そんな恐怖が彼らの中にはあったのだろうな」

「今でもメテルキアにはその子孫が存在する?」

「私もそうだが、この国の黒髪黒目の人間は、ほとんどがその子孫たちだと言われている。圧倒的弱者だった彼らは、そこから学び、自分たちの居場所を勝ち取った。そして今、私たちもドルトディートという強敵にまた挑もうとしている。私はドルトディートについてさらに情報を集め、日々鍛錬をしている。ユーリやザビもそうだ」

「うん」

「そして君も、解毒薬となりえるものをこうして見つけた。我々は少しずつ進んでいる。決して止まってなどいない。この次、ドルトディートと対峙した時、その積み重ねがきっと我々を導いてくれる。あのような賊にこの命をくれてやる気は毛頭ない」

「私も一緒に戦えてる?」

「君の薬が何よりの希望になる」


 ぽふりと頭に置かれた手の温もりが、嘘じゃないと教えてくれる。


「シロ、恐怖や臆病さは命を守ってくれる大切な感情だ。捨てる必要はない。だが、その感情に支配されないように、負けない努力はしなくてはいけない」

「うん」

「次にドルトディートと会うまでにはまだ猶予がある。あまり根を詰めないようにしなさい」


 私には物理的な力はないし、正直言って人間の子どもなんて、人・魔獣を含めて最弱だ。

 だけど、私には私なりの戦い方がある。生きるための戦い方なら、マオがちゃんと教えてくれた。私は私のできることを精一杯すれば良い。


「そう言えば、珍しくハークハイト一人だね。ユーリとザビは?」

「ザビウスは見回りに外へ出ている。ユーリは執務室に薬をもらっていいか聞きに来る騎士のためにおいてきた」

「あぁ……」

「全く。書類上で既にわかってはいたが、君が処置室付きになってからと言うもの、処置室への騎士の出入りがやたら増えたと今日改めて実感した」

「今まで薬師がいなかったから来なかっただけでしょ?」

「それにしてもだ。必要経費とは言え、薬はただではない」

「使っちゃダメとか言うの?」

「そんなわけないだろう。だが、実地訓練や遠征の折には薬の素材を採集してくることを義務付けるとしよう」

「それなら、珍しいのも取ってきて欲しい!」


 こうして、ハークハイトの妙な思い付きで謎の義務が騎士たちに課されることとなった。

 何も持ち帰ることができなかったり、薬には使えない様な雑草の類を持って帰ってくると基地での訓練が二倍、三倍になるので、騎士たちが必死になって薬草について勉強をして、薬室は騎士たちの手土産で大いに潤った。

 そして、薬草についての知識を身に付けた騎士たちは簡単な傷薬や消毒薬程度なら自分自身でも作れるようになり、処置室の薬品の減りも軽減された。

 それから、城下と基地を含め騎士団の薬を作る素材はルキシウスから送られてくる上に、プラスαで使用頻度の高い処置室に置いてある薬はほぼ自給自足で賄える状態にまでなった。逆にプラスαの薬を安値で城下の騎士団に流すことで財源を確保したハークハイトは、私が泣いてぼこぼこにしてしまった正門の石畳を直し、突貫で作った魔狼たちの小屋をきちんとしたものに作り替えたのだった。

毒を毒で打ち消すのはあくまでもフィクションです。

実際にはそんな簡単な話じゃありません。絶対にマネしないでください。

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