42.神獣
会議も終わり、せっかくなのでファーガス団長にピコを紹介しようと思ったけれど、忙しい様でまた今度にすると言って帰ってしまった。
残った私たちは、もう一度席についていた。と言うより、私の場合座らされたが正しい。
「シロ」
「はひっ!」
ここから説教タイムに突入するのかと思うと、名前を呼ばれただけで緊張が走る。
私の中でハークハイトはもはや雷を操れる超人なので怒らせると魔獣よりよっぽど怖い。
「先程は説教だなんだと言ったが、まず礼を言う」
「ほえ?」
まさかの言葉に素っ頓狂な声が出る。
「あの時君が走り出さなければ、奴らの策に嵌りユーリを失うところだった」
「でも、そのせいでハークハイトは……」
「確かにあの瞬間、私は死を覚悟した。だが、それも君に救われた。あの六花の涙は君が体調を崩してまで作ったもの、今回の有事の際に備えてくれたのだろ?」
「そうだけど……」
それも結局副作用でハークハイトに迷惑をかけていることに変わりはない。
役に立ちたい、みんなを助けたい、そんな気持ちが空回っているようでもどかしい。
「そんな顔するなって、シロ」
「ユーリ」
「ハークハイトも俺も、シロに命を救われた。西の森までシロが一緒に来てくれて本当に良かったって俺は思うぞ」
「……うん」
ユーリの言葉にコクリと頷くと、よしよしとユーリが頭を撫でてくれた。
「ところでシロ、この魔力の変質についてスーロは君の魔力に私の魔力が上書きされていると言っていた」
「私の魔力?」
「君のその髪、その瞳、それが魔力に由来するものだとすれば、私の髪と瞳の色が変わったことにも納得が行く」
「魔力が髪と目と関係があるの?」
「問題はそこだ。本来なら、魔力の性質と容姿に因果関係はない。だが、今回は別だ」
「どういうこと?」
「この世で、白き毛並みに青き瞳と言えば神獣を指し、その容姿に匹敵する人間がいるなど聞いたことはない」
「神獣って、ハクや咒鹿のことだよね?」
「そうだ。神獣は、太古の昔に神が世界に遣わした世界の秩序を守り人に裁きを下す存在だ。四体いる神獣は、怕狼、咒鹿、猿忌、朧鴉と呼ばれ、その姿はいずれも白き毛並みに青き瞳をしている。君のその容姿が神獣と同じ魔力の性質によるものだとしたら、君は、神獣の血を引く者ということになる」
「え?」
「あくまで仮説だ。だが、君の出生に何かそう言う類の特別な事情があれば、マオが君を隠すように森で暮らしていたことにも頷ける」
私は、自分の出生について何も知らない。
私の両親のことも、森に行く前にいたあの場所についても。マオもそれについて語ろうとはしなかった。
けれど、一度だけマオがジジ様に私のことで何か相談しているのを偶然聞いてしまったことがある。
その時ジジ様は、私の存在を
「領域外……」
そう話していた。
「今なんと?」
「あ、ううん。出生については私も何も知らないの。でもさ、いくらなんでも魔獣から人間は生まれないんじゃない?」
「やはり、世界の理を捻じ曲げでもしない限り無理か」
「ハクたちの子どもは普通の魔獣だってハク言ってたよ。上位種になる子が多いけど、ハクたちの同族は生まれないって」
「そうだな……」
魔力の性質と容姿の因果関係だけ説明できても、他の諸問題が全く解決できない。
「それよりハークハイト、ピコのところ行ってみない? 薬を作ったのはピコだし、何か知ってるかもよ」
「そうだな。まずは、この魔力の解決が先だな」
私たちは、執務室を出て裏庭へ向かうことにした。
ハークハイトは自力で歩くことがまだ難しいので、特別にヤヤに屋内へ来てもらった。
「この十日、ほとんどヤヤがハークハイトの世話してたから慣れたもんだな。実際、ヤヤがいなくて俺だけだったら十日じゃ帰ってこれなかっただろうし」
ハークハイトを背に乗せて運ぶヤヤを見て、ユーリがしみじみと言う。
「ヤヤ、本当にありがとう」
「ウォン」
頭を撫でると、ぶんぶんと尻尾が揺れた。
「今回役に立ってないの俺だけな気がして滅茶苦茶いたたまれないんですけど……」
執務室でもずっと黙っていたザビが、はぁ、と盛大なため息をついた。
「何言ってんだよ。お前がいなきゃシロは逃げられなかったし、お前がシロについてるからシロは大丈夫だろうって判断できた」
「ユーリさん……!」
「ま、カオがいればほとんど心配いらなかったしな」
「俺、おまけじゃないっすか!」
「冗談だよ、冗談」
ハークハイトとザビは、主従って関係がぴったりな感じだけど、ユーリとザビはまるで兄弟の様だ。
そして多分二人がじゃれあっていると、ハークハイトの注意が飛んでくる。
「お前たち、馬鹿なことを言ってないでとっとと歩け」
ほらね。この日常にもすっかり慣れた気がする。
「ピコー」
「ピッ!」
裏庭について、ピコを呼ぶとすぐに顔を出してくれた。
「ピコ、ずっとこっち来なくてごめんね」
そう言うと、ふるふるとピコは頭を横に振った。
「あのね、ピコにもらった六花の涙、やっぱり必要になってハークハイトが飲んだの。そしたら魔力が溢れちゃって止まらないんだって。何か元に戻す方法知らない?」
「ピ?」
ハークハイトを見て、ピコが首を傾げる。
「今は金環で魔力を抑えてるの。でも、それだとうまく動けないんだって」
「ピ、ピピ」
ピコは、ヤヤの頭の上に移動するとハークハイトに金環を取るように指示する。
「主、俺は念のため人が来ないか上から見てます」
「頼む」
すぐさま木の上へ消えていったザビを見送ると、ハークハイトは金環を外した。
さっきはその変化に気を取られていたけど、青い瞳に長いハークハイトの髪が白く揺れる様はとても綺麗に見える。
元々美形なだけに、気高さ五割増しだ。
「ピ、ピピ……」
そんなことを思っていた私とは裏腹に、ピコの方を見ると、ピコは一瞬ぎょっとしてからハークハイトと私を交互に見ながらわなわなと震えていた。
「ピコ?」
震えるピコは、おもむろに正座をすると今度は泣き始めた。
「どうしたの?」
「ピーピー」
もしかしたら、ピコも六花の涙の副作用について知らなかった、もしくはこんな状況は想定外だったのだろうか?
「ピコ、謝る必要はない。君とシロのおかげで私は今こうしてここへ帰ってこられたのだ。本当に感謝している」
「ピ……」
「容姿についても、戻せないというのならそれでもいい。だが、魔力を溢れさせたままと言うのは生活に支障をきたす」
今も、ハークハイトの魔力で土からにょきにょきと草が顔を出してきている。
「かと言って金環を常時付けたままでは、いざと言う時にすぐ魔力が使えない。どうにかならないだろうか」
「ピ!」
そういうことかと、ぽんすくと手を叩いたピコは立ち上がりハークハイトの手に自分の手を重ねた。
六花の涙を作った時の様に、いくつもの魔法陣が出現する。
ひとつ、またひとつと魔法陣に魔力が満ちていく。
あの時と違うのは、魔法陣に魔力が満ちるごとにボトボトと石のようなものが地面に落ちること。
「石?」
コロコロと転がって来たそれをユーリが拾い上げる。
「これ、魔力結晶だよ……!」
夜の空を凝縮したような深紫の結晶は、高密度・高純度の本物の魔力結晶だ。
自然の中でも魔力結晶が作り出される条件はなかなかなく、生きてるうちにそれを目にすることはほぼ不可能な代物だ。
大規模な魔法を使う時や、継続魔法使用時などに己の魔力だけでは足りない分を補ったり己の魔力の代わりに使用したりできる。
そろそろ魔力結晶の数が十を超えようかと言うところでピコの魔法陣が消えた。
「これは……」
手をグーパーとさせながらそう呟いたハークハイトの見た目は相変わらず私と同じままだけれど、地面の草が成長を止めていた。
「ハークハイト、大丈夫か?」
「あぁ。どうやら、体内で溢れている魔力を取り出してくれたらしい」
魔力結晶を作り終えたピコは、ハークハイトの持っている金環を指さした。
「これが要るのか?」
「ピ!」
ハークハイトの手から金環を受け取り、ヤヤから降りると、今度はハークハイトの足元に生えた草のツタをプチリと取った。
「ピー!」
それから、空に向かって大きな声を出すと、小屋にいたはずのカオが裏庭へと走って来た。
「カオ、ピコに呼ばれたの?」
いつのまにそんなことをできるようになっていたのか。
魔動植物は世界を保つために面白い役割をしているといつかジジ様が教えてくれたけど、魔法陣を操ったりカオたち魔狼とこんな関係を築けるとは知らなかった。
カオがピコの元まで行くと、ピコはカオの体毛を一本抜き、ツタとカオの毛と金環を合わせた。
それから、また魔法陣を発動させると、ツタとカオの毛が融合し、ぐにゃりと形を変えた金環に巻き付き、カフスの様な物が出来上がった。
「ピ、ピッ!」
「これで髪を束ねろということか?」
「ピ!」
出来上った物を渡されたハークハイトが、ピコの指示通りそれで髪を束ねると髪と目の色が元の黒いものへと戻った。
「わー! ハークハイト、色が戻ったよ」
「どういう術式なのかもう少し見たかった気もするが、これでしばらくは大丈夫そうだな。礼を言う、ピコ」
「ピー」
無事にハークハイトの溢れ出す魔力と変わってしまう容姿の色について解決したところで、私はピコが作った魔力結晶をひとつ手に取る。
「ハークハイト、これ一個ちょーだい!」
「……」
「な、何?」
何かを吟味するような、いや、どうしてくれようかと言う黒に戻ったハークハイトの目が光る。
「それで何をするつもりだ?」
「何もしないよ。貴重なものだから欲しいなって」
「シロは結構収集癖あるよな、ハークハイトと似て」
「ユーリ、余計なことは言わなくていい。魔力結晶を用いて薬を作ったりするわけじゃないのだな」
「しないよ。私は魔力を必要とする生活はしないもん。薬作りも一緒」
ビニールハウスや温室を作れるのなら、温度維持のために一個と言わずもう少しもらえないか交渉し、更なる薬草作りのために使うことは吝かではないけれど、そんな設備は基地にはないし設備の作り方はマオが持っていた本には載ってなかったからさすがに知らない。
「ならば良い。六花の涙への礼だ」
「やったー!」
「だが、みだりに使ったり他人に見せたりしないこと」
「うん」
こうして手に入れた魔力結晶を私はいつものバッグにしまい、時折思い出してはそれを月にあてて楽しんだ。
ハークハイトはそれからも時折魔力が溢れてはピコの元へ行き魔力を魔力結晶へ変えていた。
しばらくはこれでどうにかなると言ったハークハイトは、騎士団での仕事もこれまで通りできるようになったけれど、ファーガス団長に渡した仕事を引き取ることはなかったらしい。
最終話アップ直前で、髪留めの名前が分からなくて夜中に必死で調べてました…!
輪っかになってるやつ、へアーカフ(カフス)とかヘアリングって言うんですね。(おしゃれ無縁人間すぎて知りませんでした)
ともあれ、これにて1章本編完結です!拍手!!
モチベーション保てたのは、本当にみなさんのおかげです!
この後、不在伴奏と閑話を挟み第2章突入予定です。
不在伴奏はサイドストーリですが、本編に深く関わる内容なので本編同様お読みください。




