不在伴奏.長い長い十日間(一日目-前編)
※ユーリ視点
「疲れたー!」
なんとか騎士団基地に戻ってきて、色々所用を済ませた俺はその夜自分のベッドに倒れ込んだ。
ドルトディートの放った矢に当たりハークハイトが倒れた後、それもう大変だった。正直当初の目的だったドルトディートなんてどうでもよくなるほどには、その後も色々あった。
「あれの作ったものを容易に口にしてはならないと東の村で学んだと言うのに、私が馬鹿だった」
そんなハークハイトの言葉を否定できない、いや率先して頷いてしまいそうになるくらいには大変な事態だった。
あの時、シロが俺を庇ったのは誤算だった。だが誤算はその後も続いた。
***
「ユーリッ!!」
気付いた時にはもうシロがすぐそこまで来ていて俺を押し倒し、ハークハイトの肩には矢が刺さっていた。
「まさか一番最初にお前が死んでくれるとはな」
「させるか!」
ロシュの剣を何とか受け止めたものの、この間合いでは万が一にも俺ではロシュに勝てないことは明白で、どうやって、どうしたらここからハークハイトを連れて逃げられるか、それだけを考えて必死に頭を働かせていた。
「行けっ!!」
ザビと魔狼たちがいれば、シロはきっと逃げ切れるだろう。
「ハークハイト! 返事をしろ、ハークハイト!」
シロたちが遠ざかっていくのを見届けた後、さっきから後ろにいるはずのハークハイトに声をかけても返事がない。
「あの毒で死なねー奴はいない。直にあの世だ」
「黙れ」
勝利を確信しているロシュのにやけ面に怒りが込み上げた。
「茶番は終わりだ。お前も死ね」
「くそっ!」
振り上げられた大剣に、最後の悪足掻きに何ができるだろうかと汗が滴ったその時、
「ガルルッ!」
シロと共に逃げたはずのヤヤが、ロシュの喉元を捉えようとしていた。
「くそっ!」
だが、身を引き大剣ですぐに自身を庇ったロシュは、怪我一つしなかった。けれど、ロシュが大幅に後ろに下がったことで体勢を立て直す猶予ができた。
俺はロシュが今以上に間を詰めないように、小型の弓矢を構える。ハークハイトほどの精度や威力はなくとも、この距離なら十分だ。
「ヤヤ、何しに戻って来た!」
「ガゥ」
怒鳴る俺には目もくれず、ヤヤはハークハイトの元へ駆け寄って行った。
ドルトディートから目を離すわけにもいかず、後ろの様子がわからない。
「ヤ、ヤ……?」
けれど、さっきまで返答のなかったハークハイトがわずかに反応した。
「クークー」
「くす、り……」
シロが作った薬を持って来たのかと察しがついた。
けれど、誤算……いや、人生で最も長い十日間の始まりはそこからだった。
……ドンッ!
ヤヤがハークハイトに薬を渡したであろうその直後、突如空気が震えた。
「ハークハイト?」
ゆらゆらと何か底から湧き出るような感じたことのない気配を感じ、無意識に後ろを振り返ると、そこには髪を白く染め、瞳を青く光らせたハークハイトが立っていた。
「お前、それ……!」
まるでシロと同じ……いや、雰囲気だけ見たら神獣そのものだ。
カッ!
立ち上がったハークハイトは、視線の先に何かを捉えると、もう一度空気が震えた。
その一瞬で、俺たちを取り囲んでいたはずの残ったドルトディートの下っ端が倒れ、ビットは木から落ち、ロシュが地面に膝をついていた。
「なんだ、ありゃ……聞いてねぇぞ。起きろ、ビット!」
「ぎりぎり起きてますよ、ボス」
まるで咒鹿の時のような砕覇を放つハークハイトに、ロシュたちにも焦りが見える。
だが、ハークハイトがその手を緩めることはなく、立ち上がろうとするロシュたちに矢を向ける。
「これで終わりだ」
そう言って放たれた矢が、ロシュとディケを捉えようとした時、二人を覆う様に風の盾が顕現した。
「ボス、ビット!」
ハークハイトの矢は風の盾を貫通したが、盾が壊れた衝撃でわずかにロシュたちから軌道が逸れた。
「今は逃げよう!」
「くそっ!」
助けに入ったディケの言葉に、悔しさをにじませながらもロシュはすぐに立ち上がった。
「逃がすか!」
勇ましい言葉とは裏腹に、走り出したハークハイトは俺の横を通り過ぎようかと言うタイミングでカクンと膝を折った。
「ハークハイト!」
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か!?」
「魔力が、溢れて……くっ……ッ……」
ハークハイトは抑制剤を取り出してすぐに飲んだけれど、魔力が収まる様子はない。
けれど、様子がおかしいのはハークハイトだけではなかった。
「お、おいっ! ハークハイト、これなんだ!」
「なっ……!」
ハークハイトの周りから見る見る間に草花が生えてきているではないか。
「どうなってんだ、これ!?」
「私が聞きたいところだが、原因に心当たりがある」
「心当たり?」
「私が飲んだのはおそらくシロが自身の魔力を用いて作った薬だ」
「シロが魔力を?」
「あれの作ったものを容易に口にしてはならないと東の村で学んだと言うのに、私が馬鹿だった……」
「そう言えば、お前怪我は?」
「そんなものとっくに直っている」
「いやいや、完全に矢が肩を貫通してただろ!」
「あの程度の怪我や毒などたちどころに治してしまう、それほどの秘薬をシロは寄こしたのだろうな」
「秘薬って……」
「とにかく、このままここにいてはまずい。この草に取り込まれる前に移動するぞ」
けれど思う様に立ち上がれないハークハイトの前に、ヤヤが乗れと言わんばかりに伏せた。
「ヤヤ、頼む」
ハークハイトを乗せたヤヤは、何か目的の場所を目指すように歩き始めた。
しばらく行くと、そこにはスレイプとミーヤがいた。
「お前ら、無事でよかった」
すぐに木に括っていた馬たちを繋いでいた縄を解き、また移動を始めたヤヤの後ろを俺はついて行った。
ヤヤはほとんど迷う気配もなく時折立ち止まっては、何かを待ち、そしてまた歩き出してを繰り返し、随分と森の奥深いところまで入ってきてしまった。
「ヤヤ、本当に大丈夫なのか? 基地に戻った方がいいんじゃないか?」
「いや、今基地に戻るのはまずい。魔力が溢れているこの状況で、いつ制御が聞かなくなるかもわからない。それに、この草花をどうにかしなければ帰っても居場所がなくなる。薬の効果が切れるのを待った方がいいだろう」
「そうだな……」
木々に囲まれた緑一色の湿地帯で、ヤヤは足を止めるとハークハイトを降ろした。
相変わらずハークハイトの周りに草やら花やらが芽を出し始める。
「ハークハイト、顔色悪いな」
「無尽蔵に作り出される魔力に、身体が悲鳴をあげている……。意識を保っていられるのも、あと少しだろうな」
シロのおかげで、何とか一命を取り留めたハークハイトを俺は何としても基地に連れて戻らなければならない。
ハークハイトの護衛として逆に命を守られるような、あんなミスはもう許されない。
この先どうしたものかと考えを巡らせていると、
カカカカカ……!
突然貝を叩くような音が聞こえた。
すぐさま剣に手を置き振り向くと、ハークハイトの足元に小さな鳥の骨がまるで生きているかのように動いていた。
「骨?」
――新しいお隣さんだ。
――新しいお隣さんの王様だね。
――前の鳥の王は?
――鳥の王は死んだよ。
――次のユチ?
――どうだろう?
鳥の骨に気を取られたのも束の間、どこからともなく子どもの様な声が色々なところから聞こえてくる。
「なんだ、なんだ!?」
気付けば、俺の周りやハークハイトの身体の上、至る所に小人のような姿をした精霊が蝶の様な羽をひらひらとさせ飛び回っていた。
あの鳥の骨はどうやら精霊たちが動かしていたようだ。
『あらあら器が壊れそうだ』
『可哀そうだね』
『助けてあげよう』
『愛しい僕らの幼き隣人さん』
何が起こっているのか理解する暇も、彼らの行動を止める暇もなく、精霊たちはお互いに手を取り合い、ハークハイトを囲むと見たこともない緻密で複雑な魔法陣をいくつも浮かびあがらせた。
『世界を守る僕らの仲間に祝福を』
『母なる命の祝福を』
『さぁ、長い旅路の始まりだ』
『綺麗な花を咲かせよう』
魔力が魔法陣を満たすと、カチリと音がして突風が吹いた。
その突風と共に、さっきまで緑一色だった景色は花の絨毯へと変貌していた。
『さよなら白と黒を持つ僕らのロビン』
そうしてまた精霊たちはどこかへと姿を消してしまった。
「ハークハイト! 無事か!?」
「どうやらまた命拾いしたようだ」
「どういう意味だ?」
「身体の調子が戻った。いや、感覚的には身体が魔力に適合したと言うべきか……」
相変わらず白い髪に青い瞳をして、魔力を垂れ流している状況は変わっていないけれど、ハークハイトの顔色はさっきよりだいぶ良くなっていた。
「あれはいったい何だったんだ?」
「さぁな。シロの言うピコの様な我々が精霊と思っていた中の魔動植物とは違い、本物なのかもしれん」
「まじかよ……」
精霊なんてものは、生きている内に一度会えるかどうかの存在で、それも単体が多く、複数で現れるなんて話は滅多に聞かない。
シロと出会ってからいったい、いくつの初めてを経験するのか。
けれど、この日の出来事が後に大きな奇跡をもたらすことになるとは、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。




