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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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40.シロの涙

 騎士団基地へ帰ってきて十日、私は朝一番にファーガス団長から届く薬の素材をせっせと薬室へ運んでいた。

 

「限界……。これは後にしよう」


 子どもの私が一人で運ぶには無理がある量だけれど、基地内もバタバタとしていて、とても手伝ってくれと声をかけられる様子ではない。

 ザビもイアンとサラを連れて朝から外に出かけ、お昼を過ぎてもまだ戻ってこない。

 仕方がないので、すぐに使わない素材はそのまま置いておいて必要になってから取りに来ることにした。


「傷薬作って、次は……」


 ここ数日忙しくしていて気付いたことは、待っている間ハークハイトたちのことを考えては四六時中涙をこらえていたけれど、薬作りに没頭している方が少しだけ気が紛れるということ。

 ハークハイトたちがいないと、薬を作る以外やることがないため、ハークハイトが必要に応じて作っていたと言う薬類にまで手を出して、気を紛らわせてはふと我に返りまた涙をこらえてを繰り返していた。

 

「……っ」


 また涙が出そうになるのを、上を向いて必死にこらえる。


「……はぁ」

「シロ」

「ザビ、お帰り」


 溢れ出すのをやめてくれた涙にため息をつくと、ザビが戻ってきた。


「シロ、泣きたきゃ泣いても良いんだぞ?」


 心配そうに私の頭を撫でるザビ。さっきのを見られてしまったのだろう。


「ううん、ダメなの」

「ダメ?」

「泣いちゃダメなの」


 私には人前で泣いてはいけない理由がある。


「なんで? 悲しかったら普通泣くだろ?」

「そうだけど……人の前で泣いちゃダメなの」

「なんか理由があるのか?」

「マオとの約束だから」

「じゃぁ、一人の時に泣くのか?」

「それもダメ。泣いたってすぐわかっちゃう」


 森では好きなだけ泣いても良かった。

 誰もいないし、誰にも迷惑かけない。

 ずっと続く森の生活の中で、どうしてマオは人前で泣いちゃいけないなんて言うのだろうとあの時は不思議に思ったけど、あの時からマオは私が人の世界で暮らす可能性を考えていたのかもしれない。


「なんか理由があるってのはわかったけど、どうしても耐えられない時は言えよ」

「うん」


 その時はどこか深い山か森の中にでも連れて行ってもらおう。


「ところで、外に置いてあった荷物はこれから運ぶ分か?」

「そうなの、私一人じゃ運びきれなくて」

「了解」

「私も行く」


 外に置いた荷物を三往復程して薬室に運び込んだ。


「やっぱザビがいると早いね」

「どう考えても子どもが運ぶ量じゃねーよな」

「最後二箱残ってるから、ザビ、半分こして運んでくれる?」

「あいよ」


 事態が動き出したのは、それからだった。

 正門横へ荷物を取りに行くと、カオ以外の若狼組が一斉に正門を飛び越え外へ駆け出して行った。


「みんなどこ行くの!?」

「やべーな。シロ、俺は魔狼たち見てくるからカオ見とけ!」


 これまで魔狼たちが一度も勝手に外に出たことがなかっただけに驚いたけれど、なぜかカオは外を向いて静かに座っていた。


「カオ?」

「ウォーーーン!」


 ――ウォーーーン!


「応えた!?」


 突然のカオの遠吠えに、すぐ近くから返事をする声があった。


「ヤヤ……?」


 すると、はぁはぁと魔狼たちが走って戻ってくる音が聞こえたかと思うと、よく知った大きな魔狼が正門を軽く飛び越え入ってきた。


「ヤヤ!」


 抱きつくと同時に、ヤヤの体当たりでゴロゴロと仲良く地面を転がった。


「ヤヤ、ヤヤ……!」


 何度最悪の事態を考えただろう。

 今目の前にある、このもふもふは確かに温かい。


「よかった……」

「シロ!」


 一通りヤヤを撫でまわし、無事を確認するとすぐにザビが戻ってきて正門の柵をガラガラと開けた。

 すると、ゆっくりとからから音を鳴らしいくつかの馬車が正門前に着いた。


「レパルの馬車にレパルとベルリナ……?」


 初めてレパルに会った日に騎士団基地の前に止まっていたのと同じ馬車が先頭にあり、御者の隣にレパルとベルリナが座っていた。

 馬車とは別に手綱を引かれるスレイプとミーヤの姿もあった。

 

「シロ、帰って来たんだ!」


 興奮気味に私の隣へ来たザビは、馬車の扉が開くのをうずうずしながら待っている。


 ――キィ……。


 馬車の扉が開けられ、コツン、コツン、と馬車を降りて来たその人は、この十日ずっと待ちわびた人だった。


「ハークハイト……」


 ユーリに肩を借りながらも、基地へと入って来て私の前で崩れるように片膝を折った。


「今戻った」

「……っ!」


 言葉を発したら、目の前をぼやけさせている涙が今すぐにでも落ちてしまいそうで、私はぎゅっとスカートを掴んだ。


「ザビ、今、どうしても耐えられないや」

「みんな帰って来たんだ。目一杯甘えてこい」


 そう言って、ザビがぽんと背中を叩くから、これまで抑えてきたものが、次々と大粒の涙に変わっていく。


「ハーク、ハイト……くっ、うぅ……わぁぁぁ!」


 ぽたりぽたりと落ちる涙を気にすることもなく、ただ声を上げて泣いた。

 あの絶望的状況から、ハークハイトは生きて帰ってきてくれた。


「シロ、君その涙……!」


 驚くハークハイトの声も無視して、私はハークハイトに抱き着いた。


「生ぎでるぅ……」

「勝手に殺すな」

「うぅ……ッ……」


 ぽんと後頭部を下手くそに撫でる温もりがハークハイト本人だということを実感させる。

 全ての後悔と不安と心配が安心した涙に変わり、止まることを許さない。


「全て君のおかげだ」

「うぅ……ぐすっ……本当に生きてる?」


 ひとしきり泣いて、やっぱり脈も確かめなければ気が済まず、ハークハイトの手を取ると、ジャラジャラと腕につけられたいくつもの金環が音を鳴らした。


「なんでこんなに金環つけてるの?」

「いや、まったくもう、本当に君のおかげだったんだ。命が助かったのも、十日も帰れなくなったのも」

「……へ?」


 さっきまで感動の再会をしていたはずが、それはもう怒っていると言わんばかりのハークハイトの雰囲気に私は首を傾げた。


「この金環を見て驚くということは、君もこの副作用については知らないようだな……」

「副作用……?」

「いや、その前にシロ、こっち説明してくれ。俺ら出られるのか?」


 ハークハイトを支えていたユーリが物凄い苦笑いですぐ隣を指す。

 そこには、というより、私たちの周りにはぐるりと太陽の日差しさえさえぎるほど草が生い茂って……いや、覆い茂っていた。

 

「だ、大丈夫。放っておけば二、三日で枯れるはずだから……」

「石畳からにょきにょきと草を生えさせておいて何が大丈夫なのだ。どうするんだこの状態」


 帰ってきて早々に新たな問題を目の前で作り出した私をどうしてくれようと言う雰囲気のハークハイトから逃げ出そうにも、草たちに三六十度包囲されている今、逃げ場はない。

 とその時、ガサガサと草を分けて何かが近づいてくる音がした。


「ガウ」


 ぽん! と草の間から顔を出したのはヤヤだった。


「主、生きてますか?」


 その後、ザビも草を分けて中へと入って来た。


「シロが泣けない理由ってこういうことか……」


 あちこちに綺麗な花が咲いてるぞ、とザビは笑ってくれた。


「私の涙は大地に命を芽吹かせるの。金環を付けてない状態で泣くと木も生えるし、結構大変なことになっちゃうの」

「正確には、涙に含まれる君の魔力だろうな……」


 そういうことかとつぶやいたハークハイトは、はぁとため息をついた。

 

「ついでだ、ザビウス。中に入れ」

「はい」


 ザビが中に入ると、しっかりと周りが草で覆われていることを確認し、ハークハイトは少し声の音量を下げた。


「状況は後で説明するが、二人ともとりあえず驚かずに見ていろ」


 両手首につけた金環をジャラジャラと外すと、ハークハイトから抑えきれない魔力が溢れ出すと同時に真っ黒なハークハイトの髪が真っ白に染まり瞳の色も黒から青へと変化した。


「主、その髪と目……!」

「私と同じだ!」

「ヤヤが持って来た薬を飲んだ直後、こうなった」

「薬の副作用ってこと?」

「十中八九な。この姿がどれだけの期間続くかわからんが、状況が落ち着くまでこの件は秘匿とする。誰にも言うな」


 そうして、またじゃらじゃらと金環を腕に戻すと、髪も黒く戻った。


「積る話もあるが、それは後だ。早急に騎士団での仕事を片付けたいところだが正直、これだけの金環を付けていてはまともに動けない」

「どうするの?」

「早急にファーガス団長を呼ぶ必要がある。面倒な奴にも知られることになる可能性があるが……仕方あるまい」


 そう言ったハークハイトは何か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「まぁ、良い。とりあえず、外へ出るぞ」

「まさかシロが泣いてた直後に、それを利用して秘密会議してるなんて誰も思ってないだろうな」


 立ち上がることすらしんどそうなハークハイトに肩を貸しながらユーリは笑っていた。

 ガサガサと草を分けて外へ出ると、基地にいるであろうほとんどの騎士が集まっていて、ハークハイトを見た瞬間ばっと姿勢を正した。


「皆(みな)、心配をかけた。今戻った! それと、この草だが、他言しないように頼む……」

「はっ!」


 ハークハイトが戻ったことに心底安心した騎士たちの表情は、私たちが出発する前のものに戻っていた。

 石畳の入り口が突如草花に蔓延られる事態になっていてもそれを気にしている人はいないように見えた。

 十日ぶりに戻った基地の笑顔や空気に、私も自然と笑みがこぼれていた。

 そして、二人と一匹の後ろ姿に、まだちゃんとあの言葉を言っていないことを思い出し、ヤヤ、と声をかけハークハイトとユーリの服を引っ張った。


「なんだ?」

「どした?」

「ハークハイト、ユーリ、ヤヤ、おかえり!」

「「ただいま」」

「ガゥ!」

 

 いつか、ジジ様の森へ帰ることになるその日までもう少し、もう少しだけこの場所でこの景色を見ていたいと思った。

 けれどこの時、盛大に泣いたせいで私の金環にピキリとひびが入っていたことなど誰も知る由もなかった。

すみません、6月中に1章本編完結予定でしたが、不在伴奏との兼ね合いで後2話だけ、後日談的な本編にお付き合いください…!

その後、10日間のハークハイトサイドのお話(不在伴奏)になります。

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