39.ハークハイトのいない日々
騎士団基地に戻ってきてから、私はずっと正門前にいた。
「シロ、そろそろ飯食え」
心配そうに私の顔を覗き込むザビに、私はふるふると首を振った。
あれから四日、まだハークハイトたちは帰ってこない。
ドルトディートから逃げる道中、日が暮れても真夜中になっても走り続けているカオの上で、後悔だけが膨らんでいた。
あの時、私がユーリに駆け寄りさえしなければハークハイトは自分とユーリを盾で庇えたんじゃないかと。
そもそも私が西の森へ行くと言わなければ、こんなことにはならなかったんじゃないかと。
ひとつ後悔をする度に零れそうになる涙を、地面に落とすまいと必死に拭った。
――誰か! すぐに伝令を! ファーガス団長に繋いでくれ!!
基地に戻ってすぐ、ザビは騎士団の人間に状況を伝え、それからファーガス団長指示のもと救援隊が西の森へと向かった。
けれど、私たちが帰ってくるのに一日、救援隊が西の森へ向かうのに二日、状況は絶望的だ。
ハークハイトたちが見つかったという連絡も入らない。
何度かご飯やお風呂だとザビやレーナたちが呼びにきたけれど、到底そんな気分にはなれず私はただ正門前で座っていた。
「シロ、そろそろ何か食べないと倒れるぞ。それに、全然寝てないだろ。顔色も悪い」
どうして……。
「カオ、シロになんか言ってやれよ」
なんで……。
「クークー」
「やめてよ」
心配そうに顔を近づけるカオを、私は振り払い立ち上がった。
数歩引いたカオを見れば、その首にはハークハイトが作ってくれたお守りが揺れていた。
「なんで……なんで?」
この四日考えていたことが堰を切ったように溢れ出す。
「なんでハークハイトをおいて行ったの? カオはなんでヤヤを止めなかったの?」
私を守るためだったことくらいわかってる。
「シロ……」
手を伸ばそうとするザビに、もう私の感情は止まらない。
「お前のせいだって言えばいいじゃん。私が、森に行きたいなんて言ったから! 私がハークハイトに薬を渡そうとなんてしたから! だからっ……!」
ハークハイトもヤヤも、ユーリもきっと巻き添えになって……。
私は、ハクの時から何も学習していない。
「私のせいでみんなが!!」
「ガウゥ!」
「きゃっ」
みんなが死んでしまった……。
そう言おうとした私に、カオが思いっきり体当たりをして馬乗りになった。
「お、おい、カオ!」
「ガルルルゥ……」
カオが怒ってる。
今まで私に怒ったことなんてないくせに。
「私のせいって言って良いんだよ」
そう言うと、今度はドスンと身体を伏せ思いっきり体重を乗せてきた。
「重いよ、カオ。……ごめん」
何に対して謝ったのか自分でもわからない。
けれど、涙がこぼれそうになるとカオがぺろりと目元を舐めてくれた。
最愛のヤヤがいなくなって悲しいのはきっと私よりカオなのに、冷静に考える余裕がなくてカオに八つ当たりして、私は何をやっているんだろう。
「シロ、主たちならきっと大丈夫だって。ヤヤが持って行った薬は、あの毒に効く薬なんだろ?」
「うん……」
「なら信じて待とうぜ。勝手に殺したなんて知ったら、帰って来てから主に怒られるぞ?」
「そうだね」
カオに乗っかられたままの私を上からザビが覗き込む。
「なら、まずはちゃんと食え。帰って来た時シロが倒れてちゃ意味ないだろ」
「うん」
「ほら」
ザビの差し出した手に、手を伸ばすと、ずるずるとカオの下から引っ張り出してくれた。
「ザビもごめん、八つ当たりして」
「気にすんな」
誰よりも側にいるハークハイトやユーリをおいてきてザビだって心配してないわけないんだ。
「スレイプたちもおいてきちゃったね」
「主が迎えに行ってるさ」
「ヤヤもいるもんね」
「おう」
この四日、良くないことばかりが頭をよぎり不安だった。
考えを巡らせればきりがないけど、今はハークハイトたちの無事を信じて待とう。
私は、ザビが用意してくれたおにぎりをかじった。
それからも、正門前で過ごす日々は続いた。
多少はご飯も喉を通るようになり、少しは眠れるようにもなった。
それでも、不安を拭い切ることはできなくて裏庭の管理すら全てピコに任せ、私はほぼ二四時間を正門前で過ごしていた。
一週間が経っても、ハークハイトたちの消息すら掴めないと連絡があり、ファーガス団長が何回か騎士団基地に顔を出した。
いつものようにふざけることはなく、大丈夫か? と私に声をかけて足早に執務室へと行ってしまう彼の行動が、事態の深刻さを物語っていた。
「シロ! いいかげんお風呂に入りなさい!」
「そうですよ。そろそろシロさんの周りに虫が湧きそうです……」
「いいの。ここでハークハイトを待ってるの」
裏庭の管理やら処置室の薬の在庫の管理やら、やるべきことを全て放り出し、ただぼーっとハークハイトを待ち続ける私を見かねて、レーナとミラが来た。
「シロ、俺が見ててやるし、主が帰って来るって連絡来たらすぐ知らせてやるから、風呂くらい入ってこい」
「嫌」
「嫌でも行くの! シロにはハークハイト様がいない分、薬作ってもらわないと困るのよ」
ゆらゆらと首を振る私を力ずくで抱えあげたレーナはずんずんと騎士寮の方へ歩いて行く。
レーナの所業に苦笑いを浮かべつつも、ミラも横を歩く。
「離してー!」
「ろくすっぽ食べない、寝てない、動いてない今のシロが私の腕から抜け出せるわけないでしょ!」
「だって……」
「シロさん、状況はみんな同じです。ハークハイト様がいない今こそ、我々がしっかりしなければならないのです」
「そうよ! それに、シロが一週間何もしていない間に処置室の薬棚は空っぽよ! 在庫管理はハークハイト様に頼まれたシロの仕事でしょ?」
「私、セオンへ行く前に一か月分は予備で作って行ったよ?」
「シロさんたちがセオンへ行ってる間に魔獣の氾濫で騎士たちに怪我人が出て少し使ってしまったのと、ファーガス団長が半分以上城下の方へ持って行ってしまって……」
ハークハイトの仕事を代わりにやりに来ているのかと思えば、処置室から私の作った薬を持って行ってたらしい。
「お願いよ、シロ。ハークハイト様が帰ってくるのを待ちたい気持ちはわかるけど、基地内にいれば情報は入るから、まずは薬を作って。今、領地で何かあった時、薬事で頼れるのはあなただけなんだから」
「……わかった」
本当は正門で待っていたいところだけど、今はやるべきことをやろう。
でないと、ハークハイトにもユーリにもヤヤにも怒られてしまう気がした。
私は、レーナにお風呂へ放り込まれるとざぶざぶと身体を洗われ、風魔法で乾かされた。
「お風呂入らなくても、水魔法で洗えば良かったね」
「シロ、仮にもレディーがそんなこと言わないの。だいたいあれは純粋な水でしょ、髪や身体を洗うのに石鹸くらい使いなさい」
別に水だけでも問題ないと思いつつ、これ以上言うとさらにレディーとは論で追い詰められそうだったので言わずに胸にしまった。
それにしても騎士寮の石鹸はハークハイトの家にある石鹸と比べると質が悪くてちょっと髪がギシギシする。
「早く家に帰りたい……」
「シロ、何か言った?」
「ううん」
「よし、じゃぁ処置室行くわよ!」
それから、私は時間が許す限り薬棚の足りない在庫を作り続けた。
幸いにも、裏庭をピコが管理し、ウィルとカインが水やりをしていてくれたおかげで材料がなくなることはなかった。
翌日、またも処置室に薬を取りに来たファーガス団長に事情を聞くと、城下の騎士も騎士としての仕事に精一杯で薬を作る余裕がないのだとか。
けれど、それだけの量を裏庭の植物たちだけでこの先賄い続けることは難しいと話すと、翌日から大量の薬草や鹿の角や虫の干物などの薬の材料が届くようになった。
「これじゃぁ私、全然外でハークハイトたち待てない!」
「騎士団も人手不足だからな。主が千人分は働くから何とかなってたようなもんで、ファーガス団長も困ってんだよ」
「薬を作る専用の人いないの?」
「騎士は最低限の薬ぐらいは自分で調合できるからな。前任の薬師が辞めた後、経費がもったいないって雇うのやめちまったんだよ」
「病気も怪我もするんだから絶対必要だと思うけど……」
「そこはほら、主がいたから」
そうやって全部ハークハイト任せだったというわけか。
届いた材料をせっせと薬室に運ぶザビが、しょーがねーよと私を宥める。
朝から晩までほぼフル稼働で薬を作り続け、あっという間に一日が過ぎるようになり、西の森でハークハイトたちと別れてから十日が過ぎようとしていた。




