38.雷の矢
「ラプスル山脈では一泡吹かされたからなぁ。この手で始末しないと気が済まねぇと思ってたんだ」
初めて会ったあの時とは違う。
ロシュは私を本気で殺そうとしている。
「だが、魔狼を使役できるその能力は惜しい。俺らの仲間になるってんなら、お前も、そこの騎士団の命も救ってやらなくもないぞ」
「シロ、聞くな。くだらない盗賊の戯言だ」
ハークハイトの言葉に、頷くよりも先に一筋の汗が流れる。
既に全方位的に囲まれているこの状況で逃げ出すことはかなり厳しい。
あの薄ら笑いが本当のことを言っているとは到底思えない。私がドルトディート側に行ったところで約束は果たされずハークハイトたちは殺されてしまうだろう。
「どうする? 嬢ちゃん」
「その前に聞きたいことがあるの」
全員でここを切り抜けるためにどうするべきが、必死に考えても答えはでない。
それなら、聞きたいことをとりあえず聞こう。
「あなたは薬事に詳しいの?」
「なんでそんなことを聞く?」
ちっと舌打ちをしつつもロシュは私の話に面倒くさそうになぜだと返す。
「あなたの両親がメテルキアの薬草園の研究員だったって聞いたの。だから、あなたも」
そこまで口にすると、ヒュンと飛んできた矢が耳の近くをかすめ地面に刺さった。
「交渉は決裂だ」
「待って、ロシュ!」
「お前ら、やれ」
手を振りロシュが合図をすると頭上から矢の雨が降り注いだ。
咄嗟に私を咥えたヤヤが死角となる木の影へと隠れる。
ハークハイトとユーリが武器を使い矢を払ってくれているため、ザビも他の魔狼たちも無事だ。
「カオ! 合図を!」
「ウォーン」
ハークハイトの合図で私のいる方向をちらりと確認すると、カオが遠吠えをしヤヤ以外の魔狼たちが一斉に矢の雨を避けながら散り散りになった。
「ザビウス、背後を守れ」
「はっ!」
ばらばらになった魔狼に警戒したのか矢の攻撃が弱まったところで、ハークハイトが次の指示を飛ばす。
ユーリが盾を構えザビは反撃に出られる態勢でハークハイトの背後を守る形になると、ハークハイトがいつかの模擬戦で見せてくれた矢を構える。
ヒュンと放たれた矢はいくつもの矢へと姿を変え、木の上にいるドルトディートを捉える。
「うわぁっ!!」
ハークハイトの攻撃で木の上に意識を集中させて見ていると今度は地上から声が聞こえた。
そこには、ハークハイトからの攻撃に気を取られていたドルトディートのメンバーがカオたち魔狼に襲われていた。
「すごい連携……」
西の森に向けて模擬戦を重ねていたことは知ってたけど、まさかここまでとは思わなかった。
次々とドルトディートを倒していくハークハイトたちにあっけにとられていると、ヤヤが上を向いて唸った。
「また会ったな」
見上げるとそこには、あの日と同じようにビットの姿があった。
「ビット……」
「名前を憶えていてくれたとは嬉しいね」
「私を捕まえに来たの?」
「それもいいけどな、ここから降りればそこの魔狼にバクっとやられちまう。この前と違って今はディケが使えない」
「使えない……?」
「どのみち騎士団は助からない。そうなれば、お前をどうこうするなんて造作もないんだよ」
「今押されてるのはドルトディートの方に見えるけど」
「今は、な。ここは俺たちにとっちゃ、言わばホームだ。最初からお前らに勝ち目なんかないんだよ。じゃぁな」
そう言って、ビットはどこかへ姿を消した。
どうして捕まえるわけでもないのに私のところへ来たのだろう……。
そんな疑問が頭に浮かびながらも、再びハークハイトたちの方へ視線を戻せば、やっぱり分があるのはハークハイトたちの様に見えた。
ハークハイトの矢と魔狼たちの追撃は数の反撃を許さず、まばらにしか矢を射ることができなければそれが当たることはない。
「矢……?」
私は、おもむろに近くに刺さっていた矢に手を伸ばしそれを引っこ抜いた。
「毒矢じゃない」
矢の先端には何かが塗られている様な形跡もなければ、ヤッカニウム特有のあの匂いもしない。
木の上にいた射手はほとんどハークハイトに落とされて、地上組も弓から剣に武器を変える。
「そろそろ本気を出すとするか。行け、野郎ども!」
ロシュがあの大きな大剣を構え、走り出すと、一気に他のメンバーもユーリとザビに襲い掛かった。
ザビとユーリは大勢を相手にカオたちも手伝ってまだ余裕がありそうなものの、ロシュとハークハイトは、物理的な力の差でハークハイトが少し押されているように見えた。
「もうちょっと……」
ハークハイトがロシュの相手をしている間にも、ザビとユーリはどんどん相手の数を減らしていく。
ザビはいつの間にかイアンに乗って戦場を縦横無尽に駆けている。
あと十人余りでロシュ以外のドルトディートを全滅させられるところまで来たその時、木の上できらりと光るものを見た。
「あれは……」
そこには、弓をユーリに向かって構えるビットの姿があった。
「ユーリ! 上!!」
――いらえ 天翔ける風の力よ。
ユーリがビットに気を取られると同時に、どこからか風魔法の詠唱が聞こえる。
――我が雷の力となれ。
ビットから放たれた矢を剣で切り落とすユーリに、静かに誰にも気づかれることなく遠方から放たれた矢がユーリを貫こうとしていた。
「ユーリッ!!」
考える前に、状況を理解する前に、全身が警告を鳴らしていた。
「出るな! シロ!!」
振り向いたハークハイトの声も聞こえず、気付いた時にはもう走り出していて、迫りくる矢がハークハイトの魔力でできた矢と同じように分裂したことにすら気付かずに私はユーリを庇う様に飛びつきそのまま押し倒した。
――ドサッ……。
「……っ」
襲い来るであろう痛みを予想し、ぐっと全身に力が入る。
けれど、いつまでも襲ってこない痛みに目を開けると、そこには私たちを庇う様に武器を盾に変形させたハークハイトがいた。
「ハークハイト……?」
「ぐはっ、ッ……」
私とユーリを狙った二本の矢はハークハイトの作った分厚い盾を貫くように突き刺さっていた。
けれど、もう一本の矢はハークハイトの肩に刺さっていた。
ピシャっとハークハイトの口から出た血が私の頬にかかる。
微かに香る花を刺すツーンとする香り。
「ハークハイト!!」
ハクの時と同じ毒を塗った矢がハークハイトに刺さっていたのだ。
「なんで盾に入らなかったの!?」
「あの矢を止めるのに私の魔力ではこれが限界なのだ……はぁ……っ……!」
「待って、今……」
すぐにユーリの上からどいて薬を出そうとバッグに手を伸ばす。
けれど、バッグを開ける手が震えてうまく動かない。
「まさか一番最初にお前が死んでくれるとはな」
「させるか!」
ハークハイトの背後から、ゆっくりと振り上げたロシュの大剣をユーリがなんとか受け止める。
「カオ! ザビウス!」
その時、今にも崩れ落ちそうなハークハイトが、カオとザビの名前を呼ぶ。
私は、ドンっとハークハイトに押されると、そのままザビの腕に抱えあげられた。
そして、ガルルッ! っとどこからともなく飛び出した全速力のカオに、ザビは飛び乗った。
「行けっ!!」
その言葉が、どこへを意味しているのか一瞬わからなかった。
ただ、スローモーションの様に少しずつ遠のいていくハークハイトが、どさりと地面に崩れ落ちるのを見た瞬間逃げろという意味だと分かった。
ずっと見続けた嫌な夢がここにきて現実の景色と重なり始める。
「待って! カオ、ザビ!!」
必死にザビの腕を振りほどこうとするも、苦しいくらいがっちりと抱え込まれた腕はびくともしない。
「ハークハイトが、ハークハイトがっ!!」
あのままでは死んでしまう、ハクの様に。
「お願い……!」
後ろを走る他の魔狼たちも決して止まろうとはしない。
「そうだ」
私は震える手で、バッグの中からピコが作ってくれた六花の涙をしまった小さな巾着を取り出した。
「これ! これがあれば! ……ザビ!!」
「ダメだ!」
「ザビ! なんでっ……!!」
ただダメだと一言言うと、ザビは苦い顔をして無言のまま前を見ていた。
「私ひとりでも行く! 離して!」
もう一度、ザビの腕からの脱出を試みようともがいていると、突然私の目の前をよく知る灰色の毛が横切った。
「ヤヤ?」
気付いた時にはもう握っていた巾着はなくなっていて、ヤヤの姿まで遠くへと消えていく。
「カオ! ヤヤが!!」
すぐ横を走っていたヤヤがいなくなったことくらいカオは気付いているはずなのに、止まろうとはしない。
「ヤヤ、待って! お願い!!」
ヤヤまで行かないで。私をおいて行かないで……!
「戻って! カオ!!」
私の必死の叫びは、誰に聞き入れられることはなく空へと吸い込まれて行った。
そうして、休むことなく走り続けたカオたちが騎士団基地へ着いたのはそれから丸一日が経ってからのことだった。




