32.セオンの調査
翌日、相も変わらず美味しくない携帯食料で朝食を終えると、私たちはセオンの調査のため外へと出た。
出発三日目にして、基地の食堂のご飯が恋しくて、早く帰りたくなってきている。
「カオ、ヤヤ、皆おはよう」
外で一晩過ごしていた魔狼たちも、ふぁーっとあくびをしながら起床する。
「風強かったけど大丈夫だった?」
一晩中強風でガタガタと音がしていたので、魔狼たちの心配をしていたけれど様子を見るに大丈夫そうだ。
「流沾」
ユーリが水魔法で、地面に置いた水桶を満タンにすると、魔狼たちが水を飲む。
スーロの助言もあり、魔狼たちも含めてセオンにあるものはいっさい口にするなとハークハイトから言われている。
「ハークハイト、調査はどこからやるんだ?」
ユーリの質問に、ハークハイトは少し考えるように、顎に手を当てた。
「まずは目的の植物を探すところからか。シロ、何か考えはあるか?」
「すぐに打てる対策はやっぱり原因に近づかないことだから、まずは親木を探して、どれくらい影響範囲があるのかを確認しようと思うの。それから、セオンの人たちが寄生されない理由を、食べ物、遺伝や体質、環境なんかの点から一つずつ仮定して調べてみようと思う」
「全く君は……出かける際に荷物を見たときはどうしてくれようと思ったが、見た目に反してこう言う分野においては本当に頭が回るな。とりあえず、君の提案通りにしよう」
どうしてくれようって……。
というのも、出発前の私の大荷物を見て眉間に皺を寄せたハークハイトの手荷物検査が入った。
そして、住民の血液サンプル取得のためのキットと血液保存用の小型冷蔵庫が却下された。
住民の前に私が姿を出すのは絶対にダメな上に、いざという時に大荷物過ぎて逃げられないこと、代わりにハークハイトが採血をする時間はないこと(これはたぶん面倒なんだろうな……)、血液保存のための冷蔵庫に使う魔力は誰が提供するんだ? 私は絶対しないぞ、等々尽きることのない理由をくどくど並べられ私は半泣きになりながら、渋々、そうれはもう本当に仕方なくそれらを持っていくのを諦めた。
結局手元にあるのは、いつものバッグだけ。これでは満足な検査はできない。
「私とユーリは少し街の外を見てくる。君はザビウスとここにいなさい」
「わかった」
そう言ってハークハイトはユーリとともに出かけて行った。
「本格的に調べるのは帰ってからの宿題かな……」
とりあえず土壌や水質が検査できるように採取して、後は……と帰った後のために何を持って帰ろうかと考えていると、ベルリナが顔を出した。
「おはようございます」
「おはよう、ベルリナ」
「昨日は眠れましたか?」
「うん。みんなで一緒に寝たの初めてだから楽しかった」
「騎士様方に狭い部屋しか用意できず心配していたのですが、それは良かったです」
貸してもらった一室で、ハークハイトとユーリとザビとみんなで布団を敷いて寝た。
隣のハークハイトの布団に潜り込もうとしたら却下され、反対側にいるザビとお喋りしてたら、ハークハイトに早く寝ろと怒られたけど、それもなんだか楽しかった。
「ベルリナさん、この後の調査で回る順番についてなんすけど、ちょっといいっすか?」
ザビがベルリナとこの後のことについて話し始めたので、私は私の仕事をすることにした。
パクパクの調査に魔狼たちを連れて行くため、ハークハイトが魔狼たち用の魔法具を作ってくれた。
「みんな、ちょっと動かないでね」
足のそれぞれに輪っか状になっている魔法具を装着していく。
魔力を通すと魔法具の周囲に小さな風の盾が発生し、足元にパクパクが寄生するのを防いでくれるらしい。
ここ一週間ほど、夜な夜なハークハイトの部屋から何か金属を叩く音が聞こえると思ったら、これを作っていたらしい。
「みんなぴったり」
それぞれの名前が書いてあり、輪をはめていくと全員のサイズがぴったりだった。
いつの間に全員のサイズを把握していたのか……。
すご過ぎる。
「マオだったらぶかぶかでも我慢しろとか言うよね」
森でパクパクが増殖して被害が大きくなった時、同じように対処のためにマオとハクと出かけた時があった。
その時は金属がなかったから布だったけど、マオが大きなシーツを適当に切って魔法を付与して魔狼たちの足に巻き付けて終わりだった。
グルグル巻きの布が動きにくくて結局、ハク以外の魔狼たちはついてこなかった。
ハークハイトは少しマオに似たところがあると思ったけど、こう言うところは真逆だ。
「シロ、準備はできたか?」
魔狼たちに魔法具を付け終わり、マオとの差に感激しているとハークハイトとユーリが戻ってきた。
「カオたちの魔法具、全員ぴったりだったよ」
「そうか。それなら良かった」
「いつの間にみんなのサイズ把握してたの?」
「魔狼たちと手合わせする前後に、怪我がないかなどの身体の確認をしているからな」
「そうなの?」
「あぁ。だが、例えそうでなくとも、魔狼に触れられる機会などないから、彼らが許してくれる範囲で色々観察させてもらっている」
「ハークハイトのお母さんと一緒だね」
ハークハイトの部屋にあったあのノートにも魔獣の大きさとかが細かく書いてあった。
「あ、あぁ。そうだな」
不意を突かれた様な反応をしたハークハイトだったけれど、どこか納得した様に「そうだな」ともう一度呟いた。
「さて、そろそろ時間だ。出発するぞ」
「うん」
そう言うと、ハークハイトは魔狼たちに付けた魔法具に触れ、それぞれに魔力を通し小さな風の盾を発生させた。
そして私たちは、ベルリナの案内の元パクパクの親木があると思われる森へと向かった。
集落を抜け農作物を作るために切り拓かれた農地のすぐ横が森への入り口となっていた。
大きな畑には何人もの人がいて、子供も混じっていた。
魔狼や騎士団が珍しいのか、通り過ぎる私たちをじろじろと見ていた。
ちなみに、スレイプとミーヤは留守番なので馬に乗っていないというのも珍しさに拍車をかけているのかもしれない。
「私は普段、ここの畑で作業をしております。他にもあの種に寄生された者たちは、この付近で農作業をしたり、この先にある赤炎の森へ実りを取りに行く者ばかりです。時折水を汲みにその先の小川まで行きますが、街の者も小川までしか行かないため、親木なるものがあるとしたら川を渡ったその先かと」
「そうか。では、川向うへ渡れる場所まで案内してくれるか」
「かしこまりました」
案内のベルリナを先頭に、赤炎の森の中へと入っていくとすぐに果実の実った木々が現れた。
「ベルリナ、赤炎の森の赤炎ってどういう意味?」
不意に森の奇妙な名前が気になった。
「それはですね、この森は、夕方になると夕陽を背にするため街から見ると炎が立ち込めているかのように真っ赤に染まるのです。私も嫁いできて初めて目にした時は驚きました」
「そんなに赤いの?」
「雨が降っている時でなければ見られますから、今日の夕方ぜひご覧になってみてください」
私がいた森は、夕日が沈み始めると夕焼けの光が届かなくなったので空が赤いことはあっても森が赤く見えるなんてことはなかったな。
「赤い、森……」
いったいどんな感じなのだろうと、私はなんとなく森の奥を見つめた。
目の前に広がるのは、何ら変哲のない木々が並ぶ森で、草があって、花があって……。
なんだろう、この違和感。
「ねぇ、この森なんか変じゃない?」
「全員止まれ。シロ、変とはなんだ?」
私の言葉に、ハークハイトが一行を止め、警戒を強めた。
「わかんないけど……なんか変じゃない?」
「わかんないとはなんだ。それでは対応のしようがない」
「んーと……ま、魔獣! 魔獣がいないよ?」
「魔獣など、どこにでもほいほい現れるものではない」
「でも、なんかさ……」
「カオたちは特に警戒している様子もないし、魔獣の気配もない。先へ進むぞ」
「シロさん、この辺は昔から魔獣が出るのはとても珍しい土地のようですよ。そのため、この地の祖先はセオンの街を開拓したのです。私も、ここに住みまだ年月はそう経っていませんが、この森で魔獣の事件があったことはありません。この手の件さえなければ平和で穏やかに暮らしておりますよ」
「そう……なら、大丈夫かな」
確かに、魔狼たちを見ると、全員特に何かを気にしている気配はない。
けれど、魔獣がいない。大きなものから小さなものまで、なにひとつ。
それはどこか歪な気がした。どう考えても、この森は静かすぎる……。




