31.スーロの助言
現れたのは梟だった。
ツヤのあるモフモフとしたこげ茶色の毛並みに、お月様の様な金色をしたまん丸の目が特徴的な梟。
「こんばんは、スーロ。私はシロ、よろしくね」
どうやらヤヤはスーロの気配を感じて挨拶に行っていたらしい。
人の言葉を話すスーロは上位種で、カオやヤヤたちからすれば格上の存在だ。
ここで過ごす以上挨拶は必要だったのだろう。
「君は本当に次から次へと……」
「こんな所に上位種なんて……」
「シロがいると飽きませんね……」
スーロを見たハークハイト、ユーリ、ザビはそれぞれに頭を抱えた。
「ハークハイトたち、どうしたの?」
焦ったような、呆れたような表情で頭を抱える三人に首を傾げると、ハークハイトがいつもの様にため息をついた。
「上位種が存在していると知っていればこの場所は選ばなかった。魔獣の上位種と交戦になれば被害が大きいからだ。彼にはその意思がないようで心底安堵している」
確かに人より長い年月を生きる魔獣の上位種は魔力量も多いし、戦いになれば脅威かも知れないけれど、私はそんなに好戦的な上位種を見たことがない。
言葉が交わせる分、普通種よりも意思疎通は簡単なのだ。
「姫よ、魔獣は人嫌いなものが多い。あの者の判断は正しい」
「姫じゃないよ、シロって呼んで。ところでスーロ、あなた右目が……」
「老いぼれの片目が見えないことくらい良くあること。気にしなくて良い、シロ」
何かと戦って見えなくなったであろう右目には、大きな爪痕が残っていた。
けれど、スーロは片目が見えていないことをなんら気にしていない様子で、私が伸ばした手にすりすりとすり寄った。
スーロの羽毛は手が埋まるほどふかふかでいつまでも触っていたくなる手触りだった。
「老師、我々はこの先にあるセオンへ用があるのです。しかしこう暗くては前に進めないため、今晩この場所をお貸しいただきたい」
私とスーロのやりとりを見ていたハークハイトが、コホンとひとつ咳払いをしてスーロに寝床を借りる許可をとる。
「シロの共ならば構わぬ。そこのすばしっこい小童が何度かこの湖へ偵察に来ていたからな、近々人が来ることは予想していた」
スーロはザビの方を見て、彼は私の存在には気づかなかったみたいだがな、と笑った。
「ザビ……お前完全に遊ばれたな。あれが悪意ある魔獣だったら俺たち死んでたぞ」
「平民の俺があんな老成した梟とかくれんぼして勝てる訳ないじゃないっすか」
ユーリの言葉にザビがヒクリと引きつった笑いを浮かべる。
「ところで黒の騎士よ、セオンへ行って何をする? あの地の食事は其方等には合うまいよ」
ハークハイトに視線を移しスーロが問いかける。黒髪だから黒の騎士?
「セオンの地で発生した事案を調べに行くつもりです。食事が合わないとはどういうことです?」
「行けば分かる。長い時間とどまるならば、狼たちをここへ置いて行け。シロの食事を運ばせよう」
スーロの言葉にハークハイトがわずかに驚いた表情を浮かべたけれど、私の方がスーロの言葉に驚いてしまった。
「ダメだよ! カオたちは私と一緒に行くの。置いてくなんてしない! 西の森にだって行かなくちゃいけないのに」
「西の森?」
西の森という言葉を聞いた途端、まん丸だったスーロの目がスッと細められた。
「あのような場所へ何をしに行く? 西の森の奥地には賊が住み着いている、危険だ」
「盗賊団がいるのですか!?」
思わぬところから得られた情報にハークハイトが珍しく少し大きな声を出す。
「スーロ、私たちドルトディートって言う盗賊団を探してるの。森の奥地にいるその人たちについて他に知っていることがあったら教えてくれない?」
「そうさな……」
スーロはゆっくりとまばたきをすると、知っていることを教えてくれた。
「数年前より奴らはそこに住み着いている。時折いなくなってはまた帰って来ての繰り返しだ。奴らは強力な毒を使う。あの地は少し前まで猪たちが大きな群れを成し住み着いていたが、毒により一掃された。西の森からこの湖の周辺へと住処を追われた者たちも少なくない」
強力な毒……。スーロの言葉に、西の森にいる賊がドルトディートである可能性が高まった。
「それとな、そこまでの道のりで北から風が吹けば地獄巡りに遭遇する」
「地獄巡り?」
「西の森を抜けた地に咲く花の成分が幻覚を見せるのだ。幻覚は見た者によるが、発狂して死ぬ人間もいる。過去をほじくり返されるため、いつの間にか地獄巡りと呼ばれている。心に傷を抱えた者は行くべきでない所だ」
幻覚を見せる花……。幻覚見るのは嫌だけど、ちょっと気になる。何より毒は薬になる。絶対に欲しい。
「シロ、行くのは奥地までだ。その先は領土を超えてしまう。無断で領土を超える訳には行かないので花の採集は諦めなさい」
「私何も言ってないよ?」
「花が欲しいと顔に出ている」
「ぅ……」
完全にハークハイトに心を読まれている気がする……。
「あの賊は魔獣だけでなく同族である人間さえ狩り、そして売る。あの者たちの前にシロが行くなど私は反対だ」
「心配してくれてありがとう、スーロ。でもね、行くって決めたのは私なの。だから行かないことはできないの」
ごめんね、と私が苦笑いを浮かべるとスーロは顔を伏せた。
「私に貸せるだけの力があれば良かったのだがな。姫が……シロがそういうのならば仕方のないことだ」
「セオンに長居する気はないし、我々とてみすみすシロを渡しに行くために賊を追っているわけではありません。シロは必ず守ると約束します」
少ししょんぼりとしたスーロにハークハイトが力強くそう告げた。
カオも任せろと言うようにスーロに顔を寄せた。
「人と狼の騎士か。それもまた必然なのかもしれぬな……。私はこの場所を動けぬゆえ、頼んだぞ」
スーロはその場にいた全員に視線を巡らせそう言った。
そして、私たちは予定通り湖の畔で一晩過ごし、翌朝出発した。
翌日の夕方、私たちはセオンに無事到着した。
来るまでの道すがらに特にこれといった違和感はなかった。咲いている植物などは騎士団基地の周りにあるものとそれほど大差ないし、パクパクに繋がりそうなものはなかった。
「ようこそお越し下さいました」
セオンの長の出迎えで案内された場所で私たちは夜を過ごすことになった。
案内された宿は、柵でぐるりと周りを囲まれていて他の家々とは少し違った様相だった。
入口の門を通り、中へと入ると、ハークハイトの家よりは小さいものの同じような綺麗な家具が揃えられていた。
「お連れの魔狼は家の中庭にお願い致します。ただ今夕飯をお持ち致します」
「いや、用意してもらって申し訳ないが、騎士団の仕事で来ているため、こちらで用意がある。宿だけで十分だ」
セオンの人のせっかくの申し出をハークハイトは断ってしまった。
「またあの不味いご飯食べるの……?」
「スーロからここの食事は食べるなと言われただろ?」
「でも、食べてみないと何がダメなのかわかんないよ?」
「食べずとも薬品の要領で調べられるだろう……」
「そっか」
「それに、スーロは行けば分かると言っていた。それなら、そのうちわかるだろう」
村の人が食べてる同じ物を食べることがダメってことあるかな……?
そう思いながらも、ハークハイトの言いつけで今日も騎士団支給の不味い携帯食だ。
薬室で作ったお菓子でも持ってくるんだった。
「それとシロ、家の中では外しても良いが外に出るときは必ず青い頭巾をして、家に帰ってくるまでは外さないように。君の容姿は目立ちすぎる。くれぐれも注意してくれ」
「うん」
――コンコンコン。
夕飯が済んだ頃、部屋の扉がノックされた。
「失礼致します」
「ベルリナ!」
部屋に顔を出したのはレパルの妹、ベルリナだった。
「この度は、わたくしのわがままを聞いてくださり誠にありがとう存じます」
ベルリナは、私たちに深々と頭を下げた。
「西の森の調査のついでだ。それに、ここでの調査には君にも協力してもらう」
「もちろんです」
「私からは以上だ。手の経過についてはシロに聞いてくれ。それと、くれぐれもシロのことは他言無用だ」
「心得ております」
ハークハイトとベルリナの一通りのやりとりが終わったので、私はずいずいっとベルリナの側へ寄る。
「その後手の方はどう?」
「シロ様に頂いたお薬のおかげで、随分と良くなりました」
「ちょっと見せてね」
ベルリナの手を取り、手の甲、手のひら、指先を確認して行く。
騎士団基地で見た時よりかなり回復していた。
まだ完治とは行かないけれど、種を取り除いたので後は時間の経過と共に良くなるだろう。
「生活に支障はない?」
「はい。家のこともできるようになり、仕事にも戻れて、シロ様には感謝してもしきれない程です」
「それなら良かった。それと、私のことはシロって呼んで」
「いえ、ですが、騎士団の方をその様には……。シロ様は手を直してくださった薬師様ですし」
「私、騎士団の人間じゃないから大丈夫だよ?」
「え!? そうなのですか?」
「シロ、余計なことをベラベラと喋るな。ベルリナ、シロは訳あって騎士団にいる。本人が呼べと言うのだからそう呼んでやってくれ」
「そうなのですね……。かしこまりました。では、シロ、さん」
「様よりはそっちの方がいっか」
おずおずとしながらも、ベルリナは私をシロさんと呼んでくれるようになった。
「それでは、明日の調査から同行しますので何かありましたらお呼びください」
そして、他愛の無い話を少しした後ベルリナは帰って行った。




