33.赤炎の森
静かすぎる森に違和感を覚える私とは裏腹に、ハークハイトたちはずんずんと目的地へ進んでいく。
「川の向こうへ行くには、こちらの橋をお渡りください。魔獣はめったに出ませんが、念のため使用後はこちらの柵を閉じるようにお願い致します」
「承知した。案内ご苦労。帰りは我々だけで戻れるので、君は先に戻ってくれ」
「かしこまりました。皆様、道中お気を付けくださいませ」
橋まで私たちを案内したベルリナは、一人街へと戻って行った。
橋を通れないようにしてある柵をザビが開けるとギィ……と古びた音がした。
本当にしばらく誰も使っていないのであろう、その橋はずいぶんと苔が生えていた。
「ここからじゃどこに親木があるかわかんないね」
油断するとつるりと滑りそうな橋を渡り終え、辺りを見渡してみてもパクパクと思しき木は見当たらなかった。
「探す際に何か目印などはないのか?」
「私も一度しか見たことないから確かなことは言えないけど、パクパクは木の周りに木が生えないの。だから、開けた場所にポツンと一本木があるって感じになってるはず」
「なるほど。ザビウス、上から周囲を確認しろ」
「承知」
ハークハイトの命令に、ザビは軽い身のこなしであっという間に木の上へと消えていった。
「ザビは本当に凄いね」
「シロは真似して木登りとかすんなよ。怪我するから」
「欲しい木の実があったらやっちゃうかも……」
「やるなって言ったそばからそう言うこと言ったらいけません」
こら、と痛くないユーリの拳が私の頭にこつんと落ちる。
「どうしても欲しい時は、俺でもザビでも、ハークハイトでもやれそうな大人に頼むこと。いいか?」
「わかった」
こくりと頷くと、ユーリはよろしい、と笑った。
「主! ここから十時の方向、百メートル程行った辺りにそれらしいものがありました」
「よし、行くぞ」
あっという間に戻ってきたザビの情報で私たちは再び歩き出した。
途中、ビューと昨晩のような強い風が吹き頭巾が飛ばされそうになった。
「すごい風だね」
「地形的な問題だろうな。私の後ろを歩きなさい」
そう言ってハークハイトが前を歩いてくれたので、何度も襲い来る風に頭巾を飛ばされずに済んだ。
獣道もできていないような、草木が生い茂ったところを抜けると、突然、広く開けた場所へと出た。
「あった!」
「あれか?」
「うん。上に、袋状になってる実があるから間違いないよ」
チュンチュン……。
ザザ……。
その時、木の上から鳥の鳴き声が聞こえた。何か小さな魔獣がここから逃げていく音も。
ここには、音がある……。
「シロ? 聞いているのか、シロ?」
「何? ハークハイト」
「何? じゃないだろう。ここからどうするのだ?」
「あ、えっと、一番寄生されやすい範囲は木からだいたい五十メートルくらいだから……」
と言うことは、木から直接の影響を受けて種に寄生されている訳じゃない。
そうなると、この木の近くに来た鳥やネズミなんかの小動物を介して街に運ばれる可能性が高い。
ネズミが家に入り込んだ時や、森へ果物なんかの実りを取りに来た時に、鳥から人間に種が移動するのだろう。
それに加えて、時折訪れる強風もその手助けとなっている気がした。
「森へ入る時はなるべく全身を覆う格好をする方がいいとかはあるけど、それでも防ぎきるのは難しいと思う。だけど、定住している人たちが寄生されない理由がわかれば、もしかしたら防げるかもしれない」
「そうか」
「もう少し周りを見て、別の親木がないかだけ確認しておこう」
それから、私たちは周囲を散策し、少し離れた場所に別の親木を二本見つけた。
とは言っても、街からずいぶん離れているのでこの程度の数なら伐採をしなくても問題はないだろう。
そんな中、私はせっかくなので道中見つけた種を拾い小瓶に集めていた。
「シロ。君はそんなものを集めてどうする気だ?」
せっせと種を拾う私を見て、また何か企んでいるのではなかろうな? とハークハイトが疑いのまなざしを向けてくる。
「パクパクの種は薬として、すごく貴重なものだから。それに、パクパクの木は、大量の水分を含んでいるせいか、耐火性も高いの」
そう言えば、マオが昔パクパクの木で作った紙に何かを書いていた。普通のインクでは文字が書けない紙にわざわざ何を書いているのかと、一度だけマオに聞いたことがある。
けれど、マオは「内緒だ」と言って教えてはくれなかった。
どうして内緒なのかを尋ねると、マオは「この紙に書かれたことは、誰も知らなくて済むならそれが一番なんだ。だけど、いつか訪れてしまうかも知れない日のために必要なんだ」と困ったように笑っていた。
「あの紙、マオの部屋にあったのかな……」
マオがいなくなって三年の間マオの部屋に入ることはなかったし、内緒の書き物の存在などすっかり忘れていた。
「ねぇ、ハークハイト。パクパクの木で作った薬包紙が欲しいんだけど、誰に頼めば紙って作ってもらえるのかな?」
「普通の木で作る紙と何か違うのか?」
「大きくは変わらないけど、耐火性もあるし、湿気も防いでくれるから、粉薬とか包むのにはすごく良いんだよ。一回分ずつ包んでおけば、持ち運びも楽だしね。あ、でも、水魔法でコーティングすれば、燃えない紙も作れるよ。文字を書くには特殊なインクが必要だから、あんまり実用性はないけど」
「燃えない紙だと……?」
なぜここに来てまた怒られそうな雰囲気なのだろう? と私の首が九十度まで傾げられたところで、ハークハイトは「またか……」とため息をついた。
「この際、君のとんでも知識は全てマオのせいと言いうことにしておこう。で? 燃えない紙が作れるとはどういうことだ?」
「だから、パクパクは大量の水分を含んでるから元々耐火性の高い紙が作れて、そこに水魔法を付与することで不燃性の紙が作れるんだよ」
「いくら水魔法が付与されているとは言っても、所詮紙だぞ?」
「でも、マオは薬の研究とか料理にその紙を使って、直接火で炙ったりしてたけど燃えなかったよ?」
「付与の魔法陣はわかるのか?」
「わかるよ」
「俄かには信じ難いが、実際に作って確かめるしかないか……」
「ハークハイト。それなら、今この木に魔法陣を付与して火をつけてみたらいいんじゃねぇか? 後で消火すればいいんだし、確かめるだけなら木も紙も変わんねーだろ?」
「ユーリ、それは止めた方がいいよ」
「なんでだよ、シロ?」
「木が燃えなくても周りの草は燃えるから、結局消火が必要になるでしょ。万が一ここら辺に落ちてるパクパクが発芽する条件を揃えていて水を吸ったとしたら、この辺一帯が大惨事になっちゃう。燃えない証明が必要なら、騎士団の運動場でやるのがいいと思う。木をはやすのはいつでもできるし、簡単だから」
周囲の栄養や水分を一気に吸収し、たちまち木になるパクパクがいくつも一か所で発芽したら周辺一帯が砂漠になってしまう。
「便利なんだか厄介なんだかわかんない木だな」
「まぁ良い、真偽のほどは帰ってから確かめるとしよう。直に日が暮れ始める。今日のところは引き上げるぞ」
親木の場所を確かめ、街への影響度合いも確認できたので、私たちはひとまず森を後にし、宿へと引き返した。
宿に戻るど、私たちの帰りを待っていてくれたベルリナに川向こうの木の場所やそこから考えられる街への影響などを簡単に説明した。
その後、ハークハイトとユーリとザビは明日のことについて話を始め、ベルリナも帰ってしまったので私は暗くなる前に外にいる魔狼たちの所へ向かうことにした。
「ハークハイト、カオたちにパクパクが寄生してないか一応確認してくるね」
「宿の門から外には出ないように」
「夕方になったら森の方見に門まで行ってもいい?」
「門から出なければ好きにしなさい」
ハークハイトの言葉に頷き、私は宿の中庭へ向かった。
「カオー、ヤヤー」
中庭に行くと、カオとヤヤ以外の若狼組が遊んでいたので、先に二匹を調べることにした。
毛を分け皮膚を確認しつつ、防虫剤をつけながら櫛を通していく。
「お腹と背中も大丈夫そうだね。あと尻尾と……」
魔法具で足元を保護されていたとは言え、万が一ということもあるので念入りに身体中を確認していく。
「カオとヤヤは大丈夫そうだね。ラス、サラ、シーラ、おいでー」
大人組が終わったので、若狼組の比較的大人しい三匹を先に呼んだ。
ラスは大人しいと言うよりは寡黙という表現が似合う感じだけど、カオのことが大好きなのでカオの前では子どもみたいになる。
サラはヤヤに次ぐしっかり者で、シーラは臆病で警戒心が強い。
「ラスとサラとシーラも大丈夫そうだね。イアンー! ニコー!」
三匹の確認も無事に終わり、残りのヤンチャ組二匹を呼ぶが、
「来ない……」
他の子たちを見てる間も、宿の周りをぐるぐると走り回っていたけど……。
門飛び越えて外に出たりしてないよね?
「イアン、ニコー?」
呼んでも中庭に戻ってこないので、二匹を呼びに門の方へとまわると、玄関前でガルガルとじゃれあう二匹がいた。
「いた。イアン、ニコ、いったん遊ぶのお終いにして、こっち来て」
すぐ傍まで行って声をかけると、二匹はピタリと遊ぶのを止めて、私の元までやってくる。
これは、遊びに夢中になって私の声聞こえてなかったな……。
「ん?」
二匹を連れて中庭へと戻ろうとすると、外から門の方へと走ってくる青年の姿があった。
「あ、あの! 薬師様はおられますか!?」
その青年は、急いで走ってくると物凄い勢いでガシャン! と門に掴みかかった。
「え、えっと……?」
「ここに薬師様が来ていると聞いたんですが! 薬師様に会わせてください!」
ガチャガチャと今にも門を破壊して入ってきそうな勢いに圧倒されていると、ガチャリと後ろの玄関の扉が開く音が聞こえた。
「何事だ、騒がしい」
家の中から出てきたハークハイトは、門の前にいる彼を見て眉間の皺を深めた。
「ここは今騎士団が使っている。平民が何用だ」
「あ、あの……!」
あんなにも勢いのあった彼が、さすがのハークハイトの怒ってますよ感全開のオーラにちょっとたじろいだ。
「用がないのならば帰れ」
「……っ! お願いします! 妹を助けてください! お願いします!」
踵を返し家の中へ戻ろうとしたハークハイトに、彼は両膝を折ると両手と頭を地面につけた。
「何をしている、やめなさい」
「お願いします! どうか薬師様にお目通りを! 妹を助けてください!」
「ハークハイト……」
あまりに必死な彼のお願いに、話くらい聞いてあげなよとハークハイトに視線を向けると、まるでこれから起こることが分かっているかのようにハークハイトは盛大にため息をついた。
「シロ、私が良いというまで口を開くな」
「なんで?」
「わかったな?」
「……うん」
理不尽と思いつつも私は口を閉じた。
「聞くだけだ。申してみよ」
「ありがとうございます! 妹のユンが、昼間出かけてたんですが具合が悪いって帰ってきて、それからしばらく寝かせていたのですが、どんどん熱が出てきて顔色も悪くて……。ベルリナさんがお世話になった薬師様がここにいらっしゃると街の人に聞いて、どうかユンを診てもらえないでしょうか!」
「ダメだ、帰れ」
「お願いします! 俺、金はないけど何でもします! だから、どうかユンを助けてください!」
地面に頭を叩きつける勢いの彼に、以前私が怪我をした時のザビのことを思い出した。
ここでは、私が思ってる以上に、薬師にありつける人間は少ない……?
ハークハイトの後ろに控えているザビの方を見ると、ザビは顔を背け俯いていた。
そして、その拳は強く握られていた。
もしかしたら、森の外ではこんなことが当たり前なのかもしれない。
ばっ!
喋ることを禁じられている私は、ハークハイトに見える様に、その場で高く右手を挙げた。




