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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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26.レパルの再来 後編

 種を観察しているハークハイトのことは気にせず、私は話を続けた。


「森で寄生された魔獣を何度か見たことがあって、一度だけ木も見たことあるよ。セオンには親木があるのかもしれないけど、セオンの人たちは寄生されないって言うのが不思議だね」

「私や他の者たちの様に、これからまたセオンに来た者が命の危機に陥らなくて済む様、原因を突き止めて欲しいのです。シロ様、どうか……どうかお願い致します」


 ベルリナは懇願する様に、私に頭を下げた。

 本当は親木を切ってしまえば済む話なんだけど、邪魔だからとか一方的に害があるからと言う身勝手な理由で木を切る様なことはして欲しくない。

 パクパクの群生地に人が足を踏み入れているなら、入らない様に気をつければ良いのだ。

 そう思うけれど、セオンの人たちが寄生されないと言う点に私はとても興味があった。それに、他にもパクパクの群生地に行きたい理由があった。


「ハークハイト、私セオンに行ってみたい」

「君は何を言いだすのだ」

「セオンの人たちが寄生されない原因がわかれば、今後寄生されるのを防ぐこともできる。もしも別の場所でパクパクが大量発生した時、この前の東の村みたいになってからじゃ遅いんだよ?」


 ハークハイトは私の言葉にピクリと眉を動かした。


「……セオンか。わかった、その件については騎士団で調査を行う」

「ありがとう存じます。ハークハイト様、シロ様!」


 レパルもベルリナも、安堵の表情を浮かべていた。


「妹の願いまでもお聞き入れ頂き、重ね重ね御礼申し上げます。こちら、わたくしからシロ様への御礼の品に御座います。どうぞお納め下さい」


 ノックの音がして来客室に荷物を持った二人が入って来た。


「薬草!」

「シロ、座っていなさい。はしたない」


 入って来た二人が開けた荷物の中には、この前とは比べものにならない種類の薬草が入っていた。


「先日もシロ様は薬草を見て目を輝かせておいででしたのでこちらが何より喜ばれると思い、御用意させて頂きました」

「こんなにたくさん、いいの!?」


 珍しい薬草や、実や種から抽出した油なども数種類入っていて、興奮が抑えきれない。


「喜んでいただけて、何よりで御座います」

「ありがとう、レパル!」


 このままこの荷物を抱えてすぐにでも薬室に籠りたいくらいだ。


「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「待ちなさい、どこへ行く?」

「ベルリナの薬取りにー!」


 私は、薬室まで行き作っておいたベルリナの薬を棚から取り出す。

 カインかウィルに頼んで城下へ届けてもらおうと作っておいた分だ。


「種は取ったし、今後はこっちの方がいいかな。あ、パクパク入れる瓶持ってかなきゃ」


 ベルリナの薬を抱えて来客室に戻ると、ハークハイトとレパルが何やら別の話をしていた。


「では、詳しい話は追って連絡する」

「承りました」

「ただいま」

「来客中に勝手にいなくなる奴があるか」

「届けてもらおうと思って作っておいた薬があったの」


 私は、薬の説明をしてベルリナに渡す。


「見た目とか完全に元通りになるには半年くらいはかかるだろうけど、一ヶ月もすれば日常生活に問題ないくらいにはなると思う」

「シロ様、本当にありがとう存じます」

「役に立てたなら良かった」


 それからレパルたちは何度も礼を言って帰って行った。


「ハークハイト、さっきのパクパクの種貸して」

「どうする気だ?」

「パクパクの種はちゃんと保管しないとまたどっかに寄生するからね。水に触れない様に瓶に入れて、木が必要になるまでこのまま保存」


 私はハークハイトから受け取った種を包んでいた布から瓶へと移す。

 この種は水分さえ与えなければ発芽することはない。

 木を切り倒すのも結構大変なので、パクパクの種はひとまずこのまま薬室で保管する。


「ハークハイト、セオンにはいつ行くの?」

「君は本当に行くつもりか?」

「行く! ベルリナにもお願いされたし、セオンの人は寄生されないって言うのがすごく気になるし」


 行く気満々の私を見て、ハークハイトは諦めたようにそうかと呟いた。


「シロ、私はセオンに行きそのまま西の森も見てこようと思っている」


 そう言えば、セオンは西の森に近いとレパルが言っていた。


「西の森……私も行って良いの?」

「君が行かないと言ってくれれば、私としては助かるのだがな」

「あのね、ちゃんと考えたの。自分の身は自分で守るから! ヤッカニウムの解毒薬は、その、まだできてないんだけど……」


 そもそも戦わずに済めば良いのだからと、眠り薬や痺れ薬も作った。

 もしもまたドルトディートに遭遇したら、私が何もできないせいで、誰かが危なくなることは十分わかってる。


「危なくなっても私のことは助けなくていいから……」


 おいていかないで。

 本当はハークハイトがあり得ないと言ったのだから、西の森がジジ様の森じゃないことくらいわかってる。

 解毒薬だって出来てないのに、一緒に行って私にできることなんて多分ない。

 だけど、ハークハイトたちを送り出して帰って来なかったら?

 マオみたいに帰って来ないかもしれない、ハクの様に死んじゃったかもしれないとそんな不安を抱えて待ち続けるなんて耐えられないのだ。


「お願い……」


 消え入りそうな声の私に、ハークハイトは深く息を吐いた。


「君はどうせ行くと言って譲らないと思ったので諸々対策は考えた」

「じゃぁ……」

「西の森への同行を許可する」


 思っても見なかったハークハイトの言葉に私は目を見開いた。


「ありがとう! ハークハイト!」


 私が喜びのあまりハークハイトに飛びつこうとすると、


「ただし!」


 と、思いっきり阻止された。


「条件がある」

「条件?」


 ハークハイトは私を椅子に座らせると、真剣な顔をして向かい合った。


「行くのは、ユーリ、ザビ、そして私に君を加えた四人だけだ。まず第一に、カオたち魔狼を同行させること。弓や剣に対する回避方法などは既に訓練しているし、護身用の守りも持たせる。ドルトディート遭遇時に君を速やかに逃すためにも、彼らには同行してもらう」


 ハークハイトたちがカオたちと訓練してたのは知ってたけど、そんなことをしていたなんて知らなかった。


「第二に、森で万が一ドルトディートと遭遇した時には、君は真っ先に逃げること。対峙しようなどと浅はかなことは考えるな。相手をするのは我々騎士の仕事だ。君は何を置いてもすぐさま魔狼たちと逃げる。いいな?」


 否は許さないと言う空気のハークハイトに、私は無言で頷いた。


「それから、外では必ず頭巾をかぶること、私が待っているように指示をしたり、逃げる時以外は私たちから離れないこと。約束できるか?」

「うん」


 大丈夫と頷く私に、ハークハイトはもうひとつと言葉を続ける。


「基地の外に出れば、これまで以上に君が森で普通だとしてきたこととの違いを見ることになるかもしれない。嫌な思いをすることもあるかもしれない。けれど、決して感情的にならず落ち着いて対処すること。困った時はすぐに言うこと。わかったか?」


 なんというか、こういう所がハークハイトはマオやハクにそっくりだと思った。


「うん! 大丈夫!」

「本当にわかっているのか、君は……」


 森でもこんなことあったなと思うと、西の森へ向かう緊張が少し和らいだ。


「時期は雪解けと共に、本格的な春に魔獣たちが起き出す前に出立する」


 雪解けまでは後一ヶ月もない。

 それまでにやれるだけのことはやって準備をしとかなくちゃ。


「では、話は終わりだ。ここからは、説教だ」

「せ、説教……?」

「また私に黙って勝手にあの商人にハンドクリームや薬を渡したな?」

「え……」


 そこから私はまた長い長い時間ハークハイトにこっ酷く怒られたのだった……。




 夜。すっかり月食花とともにピコを連れて帰り、寝る前に話をするのが日常化していた。


「ピコは好きな花とかあるの? 月食花ももう終わるし、新しいお花欲しいよね。もう少ししたら庭にも新しいものを植えようと思ってるの」

「ピー」


 次の新月を迎えれば、月食花の花も散ってしまう。月明かりのある間しか咲かない不思議な花。

 ピコに代わりの花を用意してあげないと。


「レパルにもらった花の種をいくつか育てて気に入った奴を鉢植えに移そうか」

「ピー」

「春が無事に来たらいいね」

「ピー?」


 西の森へ行くのにはやっぱり不安が付き纏う。


「雪解けが来たらね、西の森への行くの。前に言ったヤッカニウムの毒矢を使う人がいるかもしれない場所」

「ピー」

「その間何日か庭に行けないから、庭のことよろしくね、ピコ」

「ピー!」

「じゃぁ寝よっか!」


 私は、ピコにハンカチをかけてからベッドに寝転がる。


「おやすみ」

「ピー」


 その夜、久しぶりに嫌な夢を見た。


 ――待って! お願い!!


 遠ざかる景色に必死に手を伸ばしても、決して止まることのないカオの背中で叫ぶ夢。


 ――戻って! カオ!!


 私を抱える腕を振りほどけずに、大事な者たちと離れてしまう夢。

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