27.ひとつの光
「待って!!」
悪夢から飛び起きると、ピコが心配そうに私の顔を覗いていた。
「夢……。おはよう、ピコ」
「ピー」
胸に光るハクの魔石を握って深呼吸をすると、嫌な汗が引いて行く。
「ちょっと考え過ぎかな……」
嫌なことを考えれば嫌な夢も見る。
私は悪夢を払拭する様に頭をブンブンと振った。
そんな様子をじっと見つめているピコを、鉢植えに戻して朝が来る前の紫色の外を見つめた。
「ピー?」
「大丈夫だよ」
あれはきっと私が見たくないものを想像してしまったのだろう。
翌日、お昼に執務室へ戻るとザビの姿があった。
「ザビ! 戻ってたんだね。おかえり」
「よっ! シロ。つっても、またすぐ出かけるんだ」
「忙しいんだね」
「こんな時もあるさ。庭の方は手伝ってやれないけど大丈夫か?」
「大丈夫。でも、魔狼たちが寂しがってたよ」
「後であいつらの所にも顔出しとく」
それから久々にハークハイト、ユーリ、ザビと四人でお昼頃を食べた。
ザビはこの数日西の森への調査に出ていたそうだ。
「ドルトディートかはわからないですが、どう見ても人工だとわかる罠が森の中にありました」
ドルトディートの姿は確認できていないけど、森に人間がいるのは確かだとザビは言った。
「ドルトディートは短期間で次から次へと移動することで、これまで本拠地を隠してきた。ロシュは頭も切れるから、そう簡単に見つけることは出来ない。確実にいないと分かれば良かったんだが、人の気配があるならば、行かなければならないな」
ハークハイトは心底嫌そうな顔をした。
「ハークハイトもドルトディートには会いたくないの?」
「それは違うな、シロ。いくらハークハイトでも、捕まえるためには会わないと始まらない。だから、会いたくない訳じゃないさ。だけど、ハークハイトがドルトディートを嫌うのには理由がある」
いいことを教えてやろう、とユーリが戯けたようにウインクをした。
「ドルトディートのボスであるロシュは確かに頭も切れるし、狡猾だ。だけど、それくらいじゃハークハイトの相手にはならない。ロシュは、緻密な計画、計算で獲物を狙い逃げる。だけど、奴の怖さはそこまでして最後の最後、力技で押し通す所だ」
「力技って?」
「文字通りだよ。ロシュはファーガス団長をも凌ぐ怪力だ。繊細な技で勝負するハークハイトとはちょっと相性が悪いんだよ」
そうなのか、とハークハイトを見ると、今まで見た中で一番と言っていいくらい眉間に皺が寄っていた。
「ファーガス団長じゃダメなの?」
「騎士団長は領主を守るのが勤めだからな。領主の側を離れることはあまりない。それに、ファーガス団長は真っ向勝負専門だから、そこまでロシュを追い詰める計算は結局ハークハイトの役目なんだよ」
「くだらない話をするな。我々はロシュもろともドルトディートを壊滅させる、それだけだ」
いつになく冷ややかで低いハークハイトの声は怒っているのか冷静なのかよくわからない。
「主、俺はそろそろ出ます。シロ、俺がいない間に問題起こしても一緒に怒られてやれないからな、大人しくしとけよ」
「怒られる様なことになる前に止めて欲しいのだがな……」
「大丈夫だよ、ザビ。私、変なことなんて何にもしてないもん」
次はすぐ戻る、と言ってザビはまた出かけて行った。
西の森へ行くと決まってからも、特別変わったことはなく日々が過ぎた。
私は薬室に一人篭る日々が続いているけど、午前中だけは変わらず庭の手入れをしている。
「これでよし。もう喧嘩しちゃダメだよー」
「君はまた木の実を貰いに来たの?」
最近、庭にいると次から次へと小動物たちが顔を見せる様になった。
私といる魔狼たちが彼らを襲わないと気づいたからか、人のいる建物を抜けて薬室まで来るよりはここの方が安全と考えたからかはわからないけど、木の実を貰いに来たり、怪我の様子を見せに来てくれたり。
ここでも随分と知った顔が増えた様に思う。
木の陰になった棚へ庭の薬草の収穫量も増えた。元気で質の良い薬草がとれるので、ピコ様々だ。
「ピコ、庭の隅に小さくて可愛いお花が咲いたの。ピコにもおすそ分け」
根ごと抜いた花を月食花の横に植えると、ピコはとても嬉しそうだった。
ここ数日でピコは随分ヤヤと仲良しになった。時々鉢植えから出てヤヤに乗って遊んでいる。
「ピーピー」
動物たちの挨拶もひと段落して、残りの庭の手入れに取り掛かっていると、ピコが急に鳴き出した。
「ピコ、どうしたの?」
「ピッ!」
ピコは私の手のひらに飛び乗ると、ハクの魔石に触れた。
「ハクがどうかしたの?」
「ピ!」
ふるふると首を振るピコの主張はハクに対してではないらしい。
今度は手から飛び降りて、小さな枝を手にした。
「ピー……ピッ!」
枝を自分の身体に刺すような仕草をして、パタリと倒れる。
「矢……? ヤッカニウムの毒矢のこと?」
「ピッ!」
そう! と言うように、ビシッと短い指を指すと、手に持った枝でそのまま土に絵を描き始めた。
「薬瓶に……×印? 解毒薬はできないってことだよね?」
「ピー」
残念そうにコクリと頷くと、ピコは月食花、自分の頭の葉、それから私を順番に指し示した。
「花とピコの葉と私?」
「ピー」
花を指して食べる仕草をして、次に自分の葉を取って食べるふりをして、私の指をカプっと噛むふりをした。
そして、これが出来あがるよと言うように小さな小石を持った。
「ピッピー」
それからもう一度、枝を身体に刺す振りをして倒れると小石を口に入れてムクリと起き上がった。
「それが解毒薬になるってこと……?」
「ピ」
ピコはコクリと頷いた。
だけど、複数の小石を持って首を振った。
「何個もは作れないの?」
「ピー」
ピコは小石をひとつ、私の手のひらに乗せた。
「ひとつ……ひとつだけなら作れるってこと?」
「(コクリ)」
ひとつ。それはつまり、ゼロじゃない。
「ピコ! 本当にひとつだけでも、作れるの!?」
「ピ!」
「私の魔力ならいくらでもあげるから、お願い! 薬を作って!」
「ピー」
「ありがとう! ピコ!」
私は思わずピコを抱きしめていた。
私だけだったら、ずっとゼロのままだったかもしれないものがひとつでも命を救えるところまで来たのだ。
「あ、でも……私の魔力を使ったことハークハイトたちには内緒ね。誰にも言わないで?」
「ピー」
魔力を使うなんて、ザビがいない時で良かった。いたらきっと反対するに違いないから。
「でも、トゥレプの頭の葉って採っても大丈夫なの?」
「ピー」
本人は大丈夫そうにしてるけど、トゥレプが自らの葉を取るなんて聞いたことないんだよな……。
「ピッ!」
ピコはボフッと月食花の花の中心に顔を埋めた。
「えっと……?」
顔を埋めてジタバタしてる所をみると、蜜を吸っているのかな……?
ピコはしばらくジタバタした後、ボフッっと花から顔を出した。
口の周りに蜜らしきものが付いているので、蜜を吸っていたで正解のようだ。
「ピ……ピッ!」
今度は、自分の葉に手を伸ばしプルプルと震えながら、えいっ! と葉を千切った。
トゥレプの葉はトゥレプの身体そのもの。
やっぱり、葉を切ると言う行為は、あまり良いことではないのかもしれない。
「ピコ、本当にピコの葉使っていいの?」
「ピー!」
ピコは自らの葉もパクパクと食べて行く。
そして、私の腕の金環を外すと私の指を手に取りパクっと噛み付いた。
「ぅ……ん? あれ、痛くない」
ちゅうちゅうと吸われている感覚はあるけど、痛いと言う程ではなかったし、血も出ていない。
ちゃんと魔力が取れているのか心配になったけど、しばらくして指先から離れたピコは、鉢植えから飛び降りて庭の中心部に向かった。
「ピ……ピピ……」
まるで何かを囁くように、ピコがピ、ピ、と鳴くとピコの周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がってきた。
「すごい……」
強い光を放って魔法陣の光が消えると、ピコはそのまま眠ってしまった。
次の日も、その次の日も、ピコは金環を外して私の魔力を吸うと庭の真ん中で魔法陣を出してまた眠った。
夜も連れて帰ろうとしたら、ヤヤが服を引いて止めたのでピコを家に連れ帰ることはなくなった。
次第にピコが起きている時間は、私が朝庭に行ってから魔力を吸うまでのほんの一時間程になってしまった。
「ピコ、大丈夫かな……」
ピコのそばでピコを守るようにしているヤヤに問いかけるけど、ヤヤは私の顔をペロリと舐めるだけだった。
「ヤヤ……」
ボフッ! っとヤヤに身体を預ける。
「嫌な夢を見るの……。もう誰かがいなくなるなんて嫌だよ」
胸の魔石を握りしめると、ヤヤが顔を寄せてくる。
「ヤヤ、私頑張るから。協力してね」
ここ数日、ピコに魔力を提供しているからか、少し貧血のような症状だった私はそのままヤヤにもたれかかって、気付いたら寝てしまっていた。
起きた時には既にお昼時で、カオやイアンたち他の魔狼も大集合で眠っていた。
それは森にいた時と同じ様な光景で、こんな平和な日常がここでもずっと続けばいいのにと思わずにはいられなかった。




