25.レパルの再来 前編
「シロ、帰るぞ」
「うん。鉢植え持って帰るから庭に寄って」
いつもの様にハークハイトの仕事がひと段落した所で帰り支度をする。
月食花は月明かりを浴びせて、朝には陽の当たらない場所に移さないといけないので家に持ち帰る。
森のような広大な自然の中なら木々がその役目を担ってくれるけど、ここでは人がちゃんとお世話しないと月食花を維持するのは難しい。
「今日ね、カオがトゥレプを連れてきたの!」
「トゥレプ?」
「植物を守ってくれる魔動植物だよ。鳥に掴まって移動してたのに、カオが吠えたからびっくりして落ちちゃったんだって」
庭への行きすがら今日あったことを話すと、ハークハイトはトゥレプ? と、その存在を知らないみたいだった。
「こっちこっちー!」
私は、走って月食花の鉢植えまで行くとハークハイトを手招きした。
「月食花を家に持って帰るけど、あなたはどうする?」
「ピ?」
トゥレプごと持って帰ってもいいし、トゥレプには庭に移動してもらって月食花だけ持って帰ってもいいと思い、トゥレプに聞いてみる。
「シロ、なんだそれは……」
どうする? とトゥレプと話していると、近くまで来たハークハイトが焦ったように声をかけてくる。
「トゥレプ! 魔動植物だよ」
「これは、精霊の類ではないか……」
「トゥレプは精霊じゃないよ?」
なぜ、こんな所に精霊が……と、珍しく驚いた表情をしていたハークハイトが、コホン! と咳払いをしてハークハイトたちの言う精霊について教えてくれた。
「精霊は気まぐれに現れ、人間に奇跡をもたらす存在だ。時に汚染された土壌を綺麗にしたり、枯れ果てた大地を復活させたり、人の病を治すこともある。だが、その存在と意思疎通をした者がいるなど聞いたことがないぞ……」
ハークハイトはトゥレプに顔を近づけまじまじと観察する。
「ピッ……」
トゥレプは至近距離で見られている事態に緊張して固まってしまっている。
「その生態や実態を知ることが出来ない彼らを我々は総称してと呼んでいたが……まさか魔動植物の一種だったとはな」
「緑も少ないし、綺麗な環境が少ない人のいる場所にはなかなかいないかもね。森には魔動植物も精霊もたくさんいたよ」
私が人差し指で固まっているトゥレプのお腹をこちょこちょとくすぐると、ピーピーとくすぐったそうにして、やめてーと私の指を抱きしめてくる。
「君は本当に次から次へと非常識を持って来るな」
「私にはこれが普通なんだけど……」
森での普通とここでの普通は色々とかけ離れているらしい。
「まぁ良い。しばらく居つくのなら私もそのうち研究させてもらおう。帰るぞ」
「うん」
結局、トゥレプが月食花から離れなかったので鉢植えと一緒に、家に帰ることにした。
夜、部屋で月明かりの差し込む窓辺に月食花を置いて、一緒に月を眺めていた。
「よし、決めた!」
「ピ?」
「ピコ! あなたの名前は今日からピコ!」
「ピー?」
「名前がないと不便だから」
トゥレプに名前と言う概念があるのかはわからないけど、私はトゥレプのことをピコと呼ぶことにした。
「そうだ。ピコ、この花知ってる?」
私はヤッカニウムの花を保存用の魔具から取り出してピコに見せる。
この魔具はハークハイトが貸してくれたものだ。
「沼地に咲くヤッカニウムって言う花なんだけど、この花から作る毒の解毒薬を作りたいの」
花を受け取ったピコはしばらく花を観察してから、フルフルと首を横に振った。
「ピコでもわからない?」
私が、やっぱりダメか……と項垂れるとピコはもう一度首を横に振った。
「解毒薬、作れるの?」
首を振ったピコに希望を込めて尋ねると、ピコは考え込んでしまった。
「難しいこと聞いちゃってたらごめん。この魔石ね、ハクって言う大きな魔狼のものなんだけど、私のせいでヤッカニウムの毒が塗られた矢が刺さって死んじゃったの」
私は首にかけていたネックレスをとってピコに見せる。
「またその毒を持ってる人たちに会うかも知れなくて、もう二度と誰にも死んで欲しくないから……解毒薬を探してるの」
変なこと言ってごめんね、と謝るとピコは背伸びをして私のおでこをポンポンとした。
「慰めてくれるの? ありがとう」
ジジ様にも会えず、トゥレプでもダメ。
解毒薬を作れる可能性はこれでかなり低いものとなってしまった。
――世界には、必ず対となる物が存在する。昼に夜があるように、壊す物があれば治す物がある。だから、全ての毒に必ず解毒法はある。
マオは、どんな毒にもそれを打ち消すものが存在するって言ってたけどどうしたら良いんだろう……。
私は、ままならない現実にもどかしさを感じながら眠りについた。
「シロ、お前また何かやったろ?」
いつも通りの予定を終えて、薬室で過ごしていると、私にお客さんが来ているとユーリが不在中のザビに代わって私を呼びに来た。
薬室から来客室に行く途中、ユーリが決めつけた様に言って来るので、私は頬を膨らませていた。
「ユーリまでハークハイトみたいに決めつけるの? 私何もしてないのに」
「そうむくれるなって。俺は別にシロを責めてるわけじゃない。危ないことしなきゃそれで良い。だけど、知らない人について行ったり、知らない魔獣にほいほいついて行くなよとは言っておこう。年長者からの忠告だ」
いくらなんでも、知らない魔獣について行くなんて……場合によってはするかもしれない。
「き、気をつける」
「ならよし」
そうこうしている間に、来客室に着いた。
ユーリがノックをして中に入ると、そこには先日会ったばかりの知った顔と面影の似た女の人がいた。
「レパル?」
「シロ様!」
椅子から立ち上がったレパルと女の人は、片膝をついて頭を垂れた。
「えっ……な、何?」
「先日は、こちらの薬師様とも知らず無礼を働き大変申し訳ございませんでした」
レパルの突然の態度も、何を言ってるのかもわからず困惑した表情でハークハイトを見ると、ハークハイトは頭が痛いとばかりに頭を押さえていた。
「シロ、こちらに来て座りなさい」
ハークハイトに促され、ハークハイトの横の席に座る。
その際、耳元で「私が良いと言うまで口を開くな」と言われた。
「レパル、其方らも面を上げ席に着け」
レパルたちもハークハイトの言葉に従って、私たちの向かいの席に座る。
「レパル、其方が本日騎士団を訪れた理由を簡潔に述べよ」
「はい。先日、ここに居りますわたくしの妹、ベルリナのためにシロ様より頂いた薬の御礼に参りました。シロ様が騎士団の薬師様とは知らず無礼を致しましたこと、謹んで御詫び申し上げます」
レパルの横に座っているのは、妹らしい。
手や手首にはまだ所々包帯が巻かれているけど、見た感じ聞いていた症状よりは良くなった様だ。
「レパル、其方が先日騎士団を訪れシロに出会ってからの詳細を語れ」
そう言われたレパルは、あの日のことを話し始めた。
ハンドクリームも薬もないと言われ、帰ろうとしていたところ正門前で私とカオと遭遇したこと。
流れで妹の話をしたら私から薬を渡され、薬草をお礼に渡したこと。
子どものままごとに付き合わされたと思っていたが、貰った傷薬でレパルの手の傷がたちまち治り、妹にも言われた通りに薬を使ったら干からびて枯れ木の様だった手がどんどん回復したこと。
「まさか、騎士団の薬師様がこの様に小さな方だったとは存じ上げず……」
私は別に騎士団の薬師ではないんだけどなーと思いながらも口を開くなと言われたので黙っている。
これ以上ハークハイトの機嫌を損ねたら雷じゃ済まない気がする。
「病が治ったのなら何よりだ。だが、其方らにはここで見たシロに関しての一切の口外を禁ずる。守らなければ、言葉通り首が飛ぶと肝に銘じよ」
とんでもない脅しに、二人も、私も息を飲んだ。
「レパル、其方は他領にも多くの伝手を持つ商人だと聞いた。もちろん、其方に後ろ暗いことがないのは調べがついている。だからこそ、シロのこの見た目、患者も見ずに聞いただけで薬を処方できるだけの知識、それが多くの人間に知られればどう言う未来が待っているか、其方ほどの商人ならばわかるだろう?」
いつになく冷ややかな声で喋るハークハイトに、レパルは小さくたじろいだ。
「妹の命の恩人であるお方を、危険に晒すなど滅相もございません。シロ様のことは一切口外しないことをお約束致します。ですが……」
「まだ何かあるのか?」
「騎士団で配給されたハンドクリームに関しては下町でも情報が回っています。その製法や技術に何か秘密があるのではないかと嗅ぎ回る者がいてもおかしくはないかと……」
「あのハンドクリームか……」
厄介だな……とハークハイトがこめかみをぐりぐりと押さえている。
「恐れながら、貴族様だけにしか使えないものならばいざ知らず、平民でも使えるものを騎士団で配給しているとなれば、貴族様方に商品を納品していた者たちがいつ取引を切られるのかと騒ぎ出しても無理はないかと思われます。そうでなくとも、平民が使えるものであれ程上質な商品はそうはございませんから……」
平民でも扱える物を貴族が扱うと言うことは、貴族が平民の立場をより脅かすと言う事態になるらしい。
本来、労働者階級である平民が物を作り貴族に納め、平民が作れない魔道具などに関してのみ貴族が作ると言う住み分けがあるのだそうだ。
今回のハンドクリームはその暗黙の領分を侵したことになるらしい。
「ハークハイト様ならば当然ご存知かと思いますが、平民の中に病を治せるような腕を持つ薬師は誰一人としておりません。そう考えれば、たかがハンドクリームと言われるもので肌の荒れが治るのです。一般に下町に出回っている粗悪品とは訳が違う代物、平民にとっては薬にも等しいのです」
ザビも平民がどうとかって言ってたけど、そんなに酷いものなんだ……。
「其方らの意見は十分理解した。材料や作り方の公開については検討するが、今しばらく時間がかかる」
「かしこまりました。公開までに下手な詮索が入らぬ様、こちらで噂程度に街に別の情報を流しておきましょう」
大店の主人だけあって賢いなとハークハイトが満足そうだ。
「あの、わたくしからひとつお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」
話がひと段落したところで、ベルリナが恐る恐る話し始めた。
「申してみよ」
「ありがとう存じます。わたくしは、セオンに嫁ぎ今回の病にかかりました。セオンでは数年に一人か二人の割合でこの病にかかる者がいると地元の者に聞きました。そして、病にかかるのは決まって他から移り住んで来た者だと言うのです」
ベルリナは、同じ病に侵された者は打つ手もなく誰もが半年もせず死に至るのだと言った。
そしてその後には、遺体を焼いても埋めても必ず木がはえると。
「やっぱり、パクパクだ」
思わず口を開くと、ハークハイトにジロリと睨まれたけど、先を続けろと促された。
「正式な名前はわからないけど、生物に寄生して宿主の栄養や水分を奪って発芽する木の種があるの」
腕を貸してと、私はベルリナの右手を引くと包帯を外していく。
ガサガサに荒れて砂漠の様になっている指先が痛々しい。
もっと酷い時は割れ目から出血して至る所が血で滲んでいただろう。
「これは痛いね……。ベルリナ、ここ最近できた黒子とかない?」
「そう言えば、セオンに嫁いでから少しした頃に親指の腹の付け根に」
言われた場所を見ると、確かにそこに黒子らしきものがあった。
「これだね。黒子と違って種だから、皮膚を挟む様にして確かめれば誰でも分かるよ」
私は、バッグの中から手袋と消毒液と麻酔液を出した。
手袋をした後、種の周りを消毒して、麻酔液を皮膚に馴染ませて行く。
「君のバッグは何故そんなものばかり入っている……」
「森を歩く時の必需品だから。ベルリナ、大丈夫だと思うけど、痛かったら言ってね」
麻酔液が効くのを待ってから、消毒したメスで種の周りの皮膚を切り、ピンセットで種を取る。
「これが、この症状の原因」
私は白い布の上に種を置いてハークハイトに見せた。
ベルリナの手は根の取り残しがないかを確認してから止血をして、薬を浸した包帯を巻き直す。
「こんな種が人の身をその様にしてしまうのか……」
ハークハイトは布を手に取り、種をまじまじと観察していた。




