24.トゥレプ
雪のちらつく中、お日様の光を求めて鉢植えを移動させたり積もってしまった雪を溶かしたり、冬場の庭は忙しい。
「うん。これでよし!」
小ぶりの鉢植えに咲いた一輪の花に、ここ数日の成果を噛み締めていた。
薬と交換にレパルからもらった種子を選り分けていたら月食花の種を見つけた。
月食花は、森でマオが熱心に研究していた植物のひとつで、種から芽吹き、花になるまでその一生を太陽の光ではなく月の光で育つ。
芽や花は直射日光下や、長く陽の光に当たると枯れてしまう不思議な性質を持つ植物なのだ。
月の出初めから種を窓ぎわに置き、朝日の訪れより早く起きて日光から遠ざける。
種は多少日光にさらされても枯れはしないけど、月光に当てなければ絶対に芽吹かない。庭に、浄化の力をもつ魔動植物を呼びたい私は連日連夜必死で月食花の世話をした。
月食花の蜜は一部の魔動植物の大好物で、これがあるだけで魔動植物が匂いにつられてやってくる可能性が格段に上がる。
花が咲いたので、庭に場所を作り置いてみようと思い家から持ってきたのだ。
「お昼食べたらもう一回見に来ようね」
一緒に鉢植えを見ていた魔狼たちにそう言って、私はお昼を食べに一度執務室へと戻った。
昼食を終えて、薬室へ行く前に様子を見に来たけれど特に変化はなかった。
「やっぱりここじゃダメなのかな……」
基地内や家との往復の間で魔動植物を見かけたことすらないのだ。早々来るはずないと思ってはいたけど、やっぱりダメか。
今日は彼らを運ぶ風も無いし、この庭に外から出入りする魔獣もいないのだから当然と言えば当然の結果とも言えた。
カオを撫でながらしょぼんと肩を落とすと、クークーと魔狼たちが心配してくれる。
「大丈夫! まだ諦めたわけじゃないし、他の方法も色々試してみるよ」
パクパクの追加の薬も必要だろうし、城下にいるレパルへ連絡が取れればまた種をくれるかもしれない。
カインやウィルが休みの日に城下の市場によく行くって言ってたし、今度レパレント商会について聞いてみよう。
「戻ろっか。いつも通り薬室にいるから、何かあったら呼んでね」
今日は城下に駐屯している騎士団の分の薬をハークハイトから頼まれている。
薬の品質や効果に問題もなく、十分な数が用意できると判断した結果らしい。
ユーリがコスパ最強とか言ってたけど、どういう意味だろ?
「材料も揃ったし、これなら一緒に棚の不足分も作れるかな」
庭は好きなように使わせてもらってるし、カオたちの寝床もご飯も用意してくれる。
少しずつでも、私がここで役に立ってお礼に繋がればいいと思う。
「馬用の薬の調整もラインハルトに聞いて、春前にはカオたち用の虫除けも作らないと」
やることは次から次へとあって、ガンフの薬草園や城下の市場にも行ってみたいと思いながら、その機会もなかなかない。
――コンコンコン。
「シロさん、カオが外でシロさんのこと呼んでるみたいですよ?」
あれを作って、次はこれの準備をして、と目まぐるしく薬室を動き回っていると、カインが薬室の扉を開けて顔を出した。
「カオ? 吠えて呼べばいいのに、どうしたんだろ?」
「なんか咥えてたから呼べなかったみたいですよ。入り口で右往左往してました」
建物の中に入ってはいけないとハークハイトに言われているので、魔狼たちは決して中に入ってこない。
にしても、いつもみたいに咥えているもの一度置けばいいのに、なんだろ?
「ありがと、カイン。すぐ行くよ」
私は作業を中断して、棟の入り口へと向かった。
「カオー、どうしたの?」
入り口には、確かに何かを咥えて必死に何かを訴えかけてくるカオがいた。
他の魔狼たちは見当たらないから、訓練場か小屋だろう。
「ゥォン!」
「何嬉しそうに咥えてるの?」
尻尾をぶんぶんと振って見て見てと、アピールしてくる。
私が手を出すと、カオが咥えていたものを手のひらに乗せてくれる。
「これ……え? トゥレプ!?」
私の手のひらサイズの二頭身の身体に小さな二本の足と腕。頭に三枚の葉を携えて植物とも動物とも言えない不思議な姿。
手のひらに乗せられたのは、キューと目を回して弱っているトゥレプだった。
「カオ、この子どうしたの!?」
月食花の匂いに誘われて来たのだろうか?
でも、だとしたらカオがわざわざ咥えてくることなんてないと思うんだよな……。
「とにかく、弱ってるから土のある所まで連れてかなくちゃ」
私は急いでトゥレプを庭へと連れて行く。
住み着いた場所がなんらかの理由で住めなくなった時だけトゥレプは動物の身体に掴まり移動する。
長く土から離れたり、土壌の汚れた場所に居続けると徐々に弱って死んでしまう。
庭の月食花の鉢植えの中に、トゥレプを寝かせてあげる。
庭の栄養満点で綺麗な土が入ったこの鉢植えならトゥレプもすぐ元気になるばすだ。
――パチリ。
しばらくトゥレプの様子を見つめていると、そんな音が聞こえそうな勢いで目が開いた。
パチパチと瞬きをしてムクリと起き上がると、キョロキョロと辺りを見渡している。
「大丈夫?」
「……!」
「あ……」
私とカオに見つめられていることに気付いた瞬間、ハッ! と驚いてチーンと気絶した。
トゥレプはとでも臆病な性格なのだ。
「大丈夫?」
とんとんと身体を突くと、ピッ! っと言う声とともに目を覚ました。
「土の具合はどう? カオがあなたを連れてきたからとりあえずここに移動させたんだけど……」
私の言葉に、目をパチクリとさせるとムクッと立ち上がりぽふぽふと土を確認し始めた。
「ピッ!」
どうやらお気にめしてくれたらしい。
トゥレプは言葉こそ喋らないけど、表現は豊かで意思疎通がちゃんとできる。
「あなたどうしてこんな所にいたの?」
ここにはトゥレプが住んでいる様な綺麗な場所から来る動物はいない。
これと言って強風の日でもないから風に飛ばされて来たとも考え難い。
トゥレプは、考えるような素振りを見せた後、腕を後ろにしてパタパタとし始めた。
「ん? なんだろ?」
「(パタパタ)」
「飛んだ?」
「ワン!」
「ワン?」
「ピッ!!」
「気絶?」
……飛んでたら、何かがワン! と鳴いて、驚いて気絶した?
「ワフ!」
トゥレプの説明に、カオがフンと鼻をならして小さく吠えると、トゥレプがビックリして、トテトテと月食花の後ろに隠れてしまった。
「もしかして……鳥に掴まって飛んでたら、カオが吠えてビックリして落ちちゃったの?」
そう言うことね? とトゥレプに尋ねると、ガーンと効果音が聴こえそうな程肩を落としコクリと頷いた。
「カオ……カオが吠えたらビックリしちゃったんだって」
カオを見ると、ドヤァ! とした顔をしていた。これは……確信犯だ。
鳥に掴まって空を飛んでいるトゥレプを魔狼が察知出来るとも思えないんだけど、カオの様子から察するに確信犯ぽい。
「驚かせてごめんね。住むとこ移動してたの?」
トゥレプはしょぼんとしたままもう一度コクリと頷いた。
「ここにはその月食花くらいしかないけど、しばらくここにいてくれないかな?」
ピ? と顔を傾けて、ゆっくりを顔を上げたトゥレプはそのまま自分の頭上に視線を向けた。
「ピ!」
自分が掴まっているのが月食花だと気付いてなかったみたいで、気付いた瞬間トゥレプの周りにお花が見えた……。
とても喜んでくれている様だけど、このトゥレプ結構おっちょこちょいかもしれない。
「この庭は、他の人が入ってくることは滅多にないし、私が薬草を育てるために使ってるから土も綺麗で住みやすいと思うの」
庭の様子をじっと見たトゥレプは短い手を頬に当ててパァァアと晴れやかな表情を浮かべた。
「気に入ったくれた?」
「ピッ!」
しばらくはここにいてくれそうだ。
「ピッ……ピ……」
「どうしたの?」
鉢植えをよじ登り外へと出ると、トゥレプは鉢植えを置いていた棚から飛び降りて庭の中央へと向かった。
「ピーッピッ!」
てぃっ! と土の真ん中をトゥレプが叩くと庭を包み込む大きな魔法陣が広がった。
「すごい!」
初めて見るトゥレプが使う魔法陣に、トゥレプの住む土地が綺麗になる理由の一端を見た気がした。
草花の色味に艶が出て、庭全体に澄んだ空気と魔力が満ちている。
「ピー」
終わったトゥレプは汗を拭う仕草をして、元の棚へと戻って行く。
「ピッ……ピー……」
「……?」
「……ピッ! ……ピッ!」
「……あ、待って。今上にあげるから」
棚の下で両手を上げてパタパタしてると思ったら、自力で降りることは出来ても登ることは出来ないらしい。
「ありがとう、トゥレプ。何か困ったりしたらいつでも言ってね」
「ピッ!」
「これからよろしくね」
「ピー!」
「ゥォン!」
「……!」
「気絶した……」
どうやら魔狼が苦手らしいトゥレプを庭に迎え、私の魔動植物を庭へ呼ぶと言う目標は達成された。
レパルと言い、トゥレプと言い、最近カオのお手柄が凄い。
「何かご褒美考えなくちゃね」
カオはドヤッと鼻を鳴らして、とても嬉しそうだった。




