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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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23.城下の商人

 冬、雪の合間に時折訪れる晴れの日は魔狼たちと遊ぶ貴重な日。

 森では、冬の晴れた日には食べられるものを探しに出かけたり、魔狼たちが狩ってきた魔獣を干し肉にしたりと大忙しだったけど、ここではそんなことはしないらしい。

 森での冬の過ごし方を話したら、「何十年前の文明だ……」とハークハイトが言っていた。


 そんなわけで、時間が空いた分庭の手入れや薬の研究はあっても、魔狼たちとのコミュニケーションの時間は忘れてはいけない。

 魔狼たちが建物内に自由に出入りできれば良いけど、ここではダメらしい。


「スレイプ、よろしくね」


 冬の間、スレイプに乗る練習も始めた。

 とは言え、鞍もあるし、スレイプが上手に私を乗せて走るので私がやることは殆ど無かった。

 鞍もないのに魔狼たちに乗る方が大変だってザビが言ってたけど、ザビもなんだかんだ乗れるようになっていた。

 ちなみにザビは今日からしばらく、ハークハイトから頼まれた用事があるとかでしばらくいないらしい。


「スレイプはハークハイト様しか乗せないと思ってたけど、シロは特別なんだな」


 スレイプに乗るのは、ハークハイトかラインハルトがいる時だけと言う約束なので今日はラインハルトが見てくれている。


「カオたちともすっかり仲良しだし、スレイプとカオは黒毛同士で気が合うのかな」


 確かに真っ白な雪景色の中、真っ黒なカオとスレイプは驚くほど目立つ。

 風景に馴染む必要などないと言う王者の貫禄さえある。


「ワゥ」

「わかった、わかった」


 長くスレイプに乗っているとカオがヤキモチを焼き始めるのである程度の所でおしまいにして、雪合戦をする。

 特別力がある訳でもない私の投げる雪の玉が魔狼たちにあたるはずもなく、だいたい負けるけど、これはこれで楽しいからいいのだ。

 いつものように雪合戦をしては魔狼たちに飛びつかれて雪に埋もれていると、不意にピタリとカオが動きを止めた。


「カオ?」


 鼻先を高く上げて何かに集中していたかと思うと、トコトコと歩き出し、ついて来いと私の方を振り返る。

 私は、ラインハルトにちょっと行ってくると告げて狼頭巾を被ってカオについて行く。

 訓練場から厩の前を通り、建物の横を抜けて正門の方へと歩いて行くと、閉まった正門のむこうに見慣れない馬車が止まっていた。


「大きな馬車だね」


 ドルトディートが持っていた幌馬車以外で人を乗せて走る馬車を見たのは初めてだったけど、想像以上に大きいものだった。

 装飾の施された馬車を見た素直な感想は、人を運ぶだけなら馬に乗せてもらえばいいのに、だった。

 スレイプだって、他の馬だって頼めば背中に乗せてくれるのだからあんな重そうな物引かせるより乗れば良いのにと思うけど、荷物とかあるとあの方が便利なのかな?


「カオ、馬車見に来たの?」


 ちょこんと座り込んだカオは、ジッと馬車を見つめているけど外へ出たいと言う空気は出してないのでどうやら違うようだ。


「魔狼!? ひぃっ!」


 しばらく座り込んだカオに付き合って、隣で私も座りながら門の向こうの馬車を眺めていると男の人が歩いてきてカオを見て小さく悲鳴をあげた。


「カオは人を襲ったりしないよ?」

「こ、子ども……?」


 カオの姿で見えなかったのか、私がカオの陰からぴょこりと顔を出すとその人は私を見てさらに驚いていた。

 カオは、そんな反応など知ったことかと言う感じでスッと立ち上がり男の人へと近寄って行く。どうやらカオのお目当てはこの人だったようだ。


「……ひぃぃ!」


 逃げ出そうとしたのか後ろに足を引いた途端、カオがタッと走り出すと男の人は盛大に尻餅をついた。


「大丈夫? その手に持ってる荷物が気になるみたい」


 カオは男の人が握りしめているトランクバッグを開けろとカリカリ前足でねだっている。


「に、荷物? この中に魔狼が欲しがる物なんて……」

「カオ、ストップ。あんまりやると傷が付いちゃうから」


 カオを制止させてから、開けてくれたトランクバッグの中を見て私は目を見開いた。


「薬草! しかもこんなにいっぱい!」


 バッグの中には少量ずつではあるけど、二十種類程の薬草が詰められていた。

 見たことのないものもいくつかあって、宝石箱のように見えるバッグの中身に私は釘付けになった。


「私は、城下で商人をしていてレパレント商会のレパルと言うんだ」

「これ、全部レパルが集めたの!?」

「……薬草は店で扱ってる商品だよ。騎士様に聞きたいことがあって持ってきたんだけど、あまりとりあって貰えなくてね……」


 レパルはしょんぼりと項垂れた。


「ねぇレパル。この薬草、私の持ってる物と交換してくれない?」


 何かに項垂れているレパルには悪いけど、こんなものを手に入れられるチャンスは滅多にない。

 物が欲しいけど、お金がない時は物々交換だと教えてもらったことが役に立つ時が来た!


「これは商品だからダメだよ。それに子どもが手に入れて遊ぶようなものじゃない」

「お願い! 薬くらいしかないけど、きっと役に立つから!」


 私はバッグの中から、ありったけの持ち物を広げて行く。


「これは消毒液、こっちは傷薬で、あと鎮痛剤と解毒薬と、薬効クッキー、ハンドクリームは……使いかけだからダメか」


 ハンドクリームは好評だったから交換してもらえる可能性があったけど、ハークハイトに怒られたし、材料もなくて手元にあるのは私が使ってる使いかけなので今回は諦めよう。


「ハンドクリーム! それは、騎士団で作られていると言うやつか?」

「え? ……う、うん?」


 私がここで作ったものだし、間違ってはないかな?


「それを! そのハンドクリームを私にくれ!」

「いいけど、使いかけだよ?」

「構わない! 妹の手が原因不明の病で、これが凄く効いたんだ」


 手の病気でハンドクリームが効いた?

 よくわからないレパルの説明にどう言うこと? と尋ねる。


「私の妹は西の森近くにあるセオンへ嫁いだのだが、ある日急に右手が荒れ始めて今では手首から先が乾燥で割れ、枯れ木の様に干からび、指先はポロポロと崩れてしまいそうな状態になって城下の家に帰って来たんだ。私の商売の伝手で貴族の薬師様に見てもらったが、治療法どころか原因すらわからなかった。そんな時にここの食堂で働いているカルナ殿が良く効くと言って騎士団で貰ったハンドクリームをくれたのだ。そしたら、手にみるみる水分が戻った。だが、それも長くは続かずクリームがなくなってしまって、手はまた元通りになってしまったんだ」


 動物の身体が枯れると言う病気には心当たりがないわけでもない。

 人にも寄生するかは別として、魔獣に寄生し発芽するまで宿主の水分や栄養を奪う植物の種がある。

 寄生された動物は、植物が枯れるように寄生された場所が枯れて、最悪の場合は砂の様になってしまう。

 種は発芽すると数日で数メートルの樹になる不思議植物だ。

 マオも知らない植物で、種が一気に木になる瞬間、パクパクと変な音がすることから、私たちはそれをパクパクと呼んでいた。

 魔獣に寄生するやっかいな植物ではあるけど、成長した樹は耐火性に特化していて樹なのに燃えないため使い道がたくさんあったりもする。


「レパル、ちょっとここで待ってて。薬持ってくるから」

「え? ……あ、君!」


 パクパクだとしたら対処法は簡単で、種を身体から取ればいい。

 皮膚の浅い所にあるので、黒子のように見えるのが特徴だ。

 細かい根を張るので麻酔をして周辺ごと抉りとれば、後は身体に失った水分が戻るのを待てばいい。

 直接見てみないことにはなんとも言えないけど、パクパクじゃなかったとしても同系統のものなら対処法はある。

 私は、薬室からいくつか薬を持ち出してレパルの元へ戻った。

 戻ると、カオが大人しくレパルの横に座っていた。


「レパル、お待たせ。まずこの薬を……」


 私は薬を使う順番と使い方を説明して行く。


「手が枯れ始めたのはどれくらい前から?」

「一ヶ月ほど前だが……」


 パクパクなら発芽までに半年はかかる。魔獣で半年として、栄養状態の良い人間なら三、四ヶ月くらいだろうか。


「薬を使って様子を見て、辛くない範囲で患部を冷やして」


 熱に強い植物は総じて寒さに弱い。寒いと成長が遅くなったり止まったりする。


「ハンドクリームは材料がないからこれしかないけど、朝と夜に薄く塗って、酷い所だけ重ね塗りするようにして」


 覚えた? と私が尋ねると、コクコクとレパルは頷いた。


「君はいったい……?」

「そう言えば、名前言ってなかったね。私はシロ。こっちはカオだよ」

「ウォン!」


 私は持ってきた薬を薬箱に入れてレパルに持たせる。


「考えられる症状で間違っていても影響のない薬を選んだから安心して。本当は直接見たいけど、私は勝手に外に出られないから。逆に一度でも悪化する様なことがあればすぐに中止して、患者をここに連れてきて」


 レパルは、受け取った薬箱と私を何度も交互に見て複雑な顔をした後、首を振って顔を上げた。


「ありがとう、シロ。貴重な物はあげられないけど、欲しい薬草があればあげよう」

「いいの!?」


 私は五種類ほどの薬草と植物の種子が雑多に入った袋をレパルからもらった。

 薬草を受け取るときに、さっきの尻餅で手のひらを怪我していることに気づいて手を洗ってから使ってねと傷薬も渡しておいた。


「薬使ってみて、また何かあったら教えてね」


 と言うと「あぁ……」と困ったような笑みを浮かべてレパルは帰って行った。

 帰路についた馬車の中で、レパルが「子どものままごとか……」と言ったことなど私は知る由もなかった。


「カオ! お手柄だよ!」


 帰って行くレパルを見送ってから、レパルに会わせてくれたカオに抱きついた。


「なんで薬草があるってわかったの? カオ凄いね!」


 わしゃわしゃと撫でまわして、カオを褒めると、カオもまんざらでもなさそうな顔をしている。

 一度厩へ戻ってカオを小屋に送り届けた後、私はルンルンで薬室へむかった。


 ……あれ? そう言えば前に勝手に物々交換するなってハークハイトに言われたような?

 でも、ハンドクリームの作り方教えたわけじゃないし大丈夫か!

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