隣の領地
らんらんらん、と鼻歌が自然に漏れる。
るんるんるん、と精霊達がついてくる。
裏庭の畑は、今日も豊作である。おイモに豆類、キャベツに似た葉物野菜。……種類を増やしたい。
小鳥達が花の種を運んできたのか、端には小さな野花まで。
ちいさく、可愛い、まるっとした──。
「……くえる花?」
じっと見詰めたら、花がびくっと震えたような。
(オナカ、コワス)
(イタイ、イタイ)
精霊達に止められた。
「残念」
畑の見回りに戻る。
らんらんらん。と厨房の出入口に帰って来ると、屋敷の表側で人の気配がした。
ならされた地面をパタパタ歩くのは、子供の足音だ。
「りょうちゅさまーっ、ごめんくださあい」
舌足らずな子供の呼びかけに、アリアーツェはテトテトと、玄関に向かった。
同時にパタパタと、二階から母親が降りてくる。
「あらあら、ちょっと待ってね。アリアーツェ、あなたもお出迎えかしら?」
「はぁい、母様」
何故なら、この声は。
「あっ……、こんにち、あっ? おはゅございます? アイアんテちゃまっ」
それは誰やと突っ込みたくなったが、アリアーツェは我慢する。口元がぷるぶるしてしまう。
玄関を開けると、お行儀よく待っていたのは可愛い少女だ。
くりっとした大きな藍色の瞳と、おさげに結んだ茶色の髪。
着古した生成りのワンピース姿の女の子。名前は……。
「おはよう、ございます、シャーネットちゃん」
だいぶゆっくりだが、噛まずに挨拶できた。嬉しくてにっこり笑いかけると、シャーネットもにっこりする。
「りょうしゅちゃまの、おくさまは、いますか?」
「はい、いますよ……母様」
横で上から見守っていた母親が、嬉しそうにしゃがみこむ。
「おはよう、シャーネットちゃん。今日はどうしたの? アリアーツェと遊んでくれるの?」
あ、母様。先に言ったら……。
アリアーツェは心配したが、大丈夫だった。シャーネットはゴソゴソとスカートのポケットを探り、小さな木片を取り出して見せてきた。
「となりまちに、踊り子さんがくるので、アリアーテちゃんをくださいっ」
「あらあら」
母親は笑って頬に手を添えているが、アリアーツェにはなんの事だが分からなかった。
コテンと首をかたむける。
シャーネットが見せてきた木片は、真ん中にグルグルと模様が描かれていた。外側に三つの出っ張りがある。
「これ、なあに?」
「踊り子さん? あまいの食べる!」
同い年なのに、意思疎通が難しい。
アリアーツェの手首をつかんで、グイグイ引っ張るシャーネットに連れられて、家の外へ。
「暗くなる前に帰るのよー?」
「母様ーっ?」
……いったいどこへ行くのかね。
シャーネットちゃんは、領民の家の、子供である。
アリアーツェより二つ月遅れで、五歳になった。
皇都の教会にも行ってきたらしく、ちゃんと祝福をもらえたので、お友達第一号になった。
洗練の義で、きちんと祝福を受けられないと、駄目なのだ。
生まれつき病弱だったり、悪いモノがついていると、その子供は教会に預けられる。
教会できちんと治れば親元に戻れるが──たまに戻ってこない子供もいる。
思い出すとイヤな気持ちになるので、アリアーツェは物思いから戻って、進行方向を見た。
てくてく、てくてく。
子供の足でも、かなり歩いた。シャーネットちゃんはたまにぴょんぴょん跳ねるので、つられてアリアーツェもぴょんぴょん跳ねる。
楽しいのだがだんだん疲れてきた。
「シャーネットちゃん、どこ行くのー?」
男爵領を、もうすぐ越えてしまう。
「となり!」
土を踏み固めた道の先に、簡易な木製の看板が刺さっている。
アリアーツェには文字は早いが、前世剣士には読めた──『これより先、センツィオ領也』。
その看板付近を、ウロウロしている怪しい老人。
白髪に、腰が曲がった老人は、アリアーツェ達を目にするとピタリと動きを止めた。
「アリアーツェ!」
ぴこんと、アリアーツェが跳ねる。
「おじじさまっ!」
鳩をくれる祖父だ。アリアーツェはぎゅうっと、老人に抱きついた。
シャーネットちゃんは、にこにこ見ている。
嬉しい気持ちが伝わって、離れていた精霊達が頭上でキラキラ。
「おう、おおう、可愛いのう。アリアーツェは大陸一の美人じゃのう」
「おはゅございます、となりのりょうちゅさま」
「シャーネットちゃんも可愛いぞ?」
おじじの両腕に二人で掴まって、センツィオ領に入った。
洗練の義を受けてから、祖父には挨拶に訪れている。優しい老人で、アリアーツェに甘い。
センツィオ領の領地も、センテ領と似たり寄ったりだが、唯一違う所が──。
商店街があるのだ。あと、狩人組合。
それから、町の真ん中に広場があって……アリアーツェが初めて見るモノがあった。
(これは……お立ち台!)
木製の板で組み上げた、頑丈そうな舞台が、ドーンと真ん中に設置されていた。
「おじじさま……これは?」
「流れの民が来ていてな、お祭りがあるぞ〜?」
「ながれの、たみ」
(まさか──)
予感がした。
別小説完結したため、やっと再開。
お待たせした方にはすみません……。




