行商人
ツヤツヤとみずみずしい野菜が、籠いっぱいに採れた。
イモや豆も大きく育ち、食卓はかなり賑やかになった。
両親も喜んでくれたし、誉めてくれたし、領民が噂を聞いて畑を見にきたりした。
森に行きたいと言ったら、さすがにダメだといわれたが……。
(お肉……お肉も食べたい)
領地には狩人がいて、獲物がとれた時だけお肉が届く。丘の向こうに森があるのだ。鹿やイノシシ、ウサギなどがいるらしい。
両親は、まず領民を優先して均等に分けて、残りを受け取っている。食卓にお肉が出るのは、月に三、四回程度。あとは祖父がたまに、山鳩を譲ってくれる。
体力作りもこっそり始めた。薪に使う枯れ木を1本もらい、振り回す。──精霊達が面白がって、遊んでくれてると勘違いするが。
いつものように裏庭で、畑の世話をしつつ枝を振り回していると、精霊達がヒュンと集まってきた。
「ん?」
(ダレカキタ)
(キタ)
耳を済ますと、馬車の音と馬の嘶きが聞こえた。
しばらくすると母親が二階から降りて、玄関に向かう気配がした。お客だろうか。
トテトテと裏庭から厨房に戻り、手を洗う。ヒシャクもどきは父親に頼んで、なんとか作ってもらった。廃材を四角く箱型にあわせ、持ち手をつけただけだが、使い勝手が良いと家族には評判である。
「かわかしてー」
(イイヨ!)
風の精霊が濡れた手を、フウッと乾かす。
一階の右側に客間がある。トテトテと向かうと、ドアはあいていた。
「あら、アリアーツェ」
「おやおや! お嬢様ですかな」
泥色のウシガエルもどきがいた。
客間の二人掛けソファをひとりで使い、真っ赤な服を着ている。暑いのか汗を拭きながら、重そうに立ち上がってアリアーツェを覗き込む。
(うっ……)
「行商人のザツカルさんよ」
母親が平然と紹介してきて、なぜカエルが喋ってるのかと混乱したが、よく見るとちゃんと手足は人間のものだった。
「ザツカルと申します。アリアーツェお嬢様ですかな。お噂はよく聞いております」
頭を下げられては挨拶しない訳にはいかない。アリアーツェはひきつりそうになりながら、なんとか挨拶を返した。
「アリアーツェといいます……」
「まだ幼いのに、ご夫人に似てお美しいですなぁ」
ギョロリと顔を眺められ、怖気が走った。
「まあ、ありがとう。アリアーツェ、お部屋にいてね。母様はザツカルさんと、お話があるから」
「はい。しつれいします」
ドアは開けたまま、自分の部屋に急ぎ足で戻った。変なものを見たからか、変な汗をかいている。
(カエル人間がいたのか……知らなかった)
行商人ということは、商人のはずだが、男爵家には挨拶に来たのだろうか。商売だろうか。母親ひとりで相手をして大丈夫だろうか。とても心配である。
「うー……気になる! 風さん、会話だけひろえる?」
(イイヨ!)
自室のドアをちょっとだけ開けて、精霊にお願いした。
ガサガサと、荷物をいじる音がした。
『──らが、いつもの塩ですな。ちょっと単価が上がってるもんで、700デアしますわ。最近北の辺りが不作続きでしてな、いろんな物が値上がりしとります。頭の痛いことで……』
『そうですか。……いつもの二倍買いますから、1300になりませんか?』
『おっ……むむ、そうですなぁ……』
どうやら、商品を売るために訪れたようである。母親がちゃんと値切りしてることに感心しながら、アリアーツェは安堵の表情を浮かべた。
必需品を買う以外に、余っている薪を売るようだ。
『男爵さまにお会いできないのは残念ですが、今日の所はこれでお暇します。良い商談をありがとうございました、奥様』
『いえ、また次回にお願いします』
廊下に出る音と、玄関まで向かう気配。
『おっと、忘れる所でした。お嬢様の婚約祝いに──こちらをどうぞ』
『え……』
『では、失礼します』
なんだろう……母親が戸惑っている。
玄関のドアが閉まる音がしたので、アリアーツェは一階に急いだ。玄関のドアの前で、母親が困り顔で手の中のものを見ている。
「母さま? お客さま、かえったの?」
「え、ええ……」
「? なあに? それ……」
母親の手のひらに収まる小さな何かを、アリアーツェは横から覗き込む。
緑色の布を四角く巻いて、小さな紐がついた──。
(え──)
ドクンと心臓が跳ねた。
『御守り?』
『そうそう。故郷の──家族が無事に帰ってきますように──』
遠く記憶の会話がきしみ、歪む。
コレは前世の剣士のモノ。
ナゼココに?
「アリアーツェ?」
くらりと目眩に襲われる。
それから視線をそらし、なんとか息をする。
「……かあさま、これ……」
「ザツカルさんが、あなたにって。何かしらこれ?」
「……」
目の前に差し出されたソレを、なかなか受け取る事が出来なかった。
(あの商人は、何だ?)
疑念は黒い雲のように。




