生まれ変わり
天におわすはソアルの男神。
恵みをもたらすは甘き水神。
幸せを運ぶは時の風神。
精霊よ 父よ母よ
あまねくとこしえに
我を見守りたまえ
教会から聖詩が流れていく。
現れた聖女に感謝した司祭達が、自然と口ずさんでいるのだ。
教会の周囲に大勢の皇都の民が集まり、異様な熱気に満たされていた。
皇都の上空に、たくさんの精霊が集まっている──。
ちょうど、教会の上空を中心として、輝く何かが雲のように渦を巻いている。その不思議な光景は、皇城の皇帝の執務室からもよく見えた。
アーデリシア皇国、皇帝は碧眼をすがめる。
洗練の儀式で、光り輝く少女が現れたとの報告に眉をひそめていたが、その顔はさらにしかめられていた。
地上の生き物ならば彼の支配が及ぶが、触れられぬ精霊達は如何にすべきか。
大陸を統一した頃から、滅多に精霊の話を聞かなくなり等しい。半分、忘れ去られた存在であったのに。この時期に出てくるのかと……ため息もつきたくなる。
皇帝は、しばし思考した。
「──カイルと、ジークを呼べ」
教会の司祭達にうやうやしく案内されて、アリアーツェは両親と共に、個室にいた。
椅子と机があるだけの簡素な部屋だ。
飲み物も用意され、しばらく待って欲しいと言われてからだいぶ、時間が経った。
アリアーツェはずっと、両親に両手を握られ、時々頭を撫でられて大人しくしている。
だが少女の身体の周りは賑やかだった。キラキラの粒達が小さな風達が、水滴達がずっと少女にまとわりついている。
キレイだな、と眺めていたのは最初だけで、アリアーツェは真剣な表情で黙り込み、じっと椅子に座っていた。
じわじわと意識にのぼってくる光景が、いくつもあった。
最初に蘇ったのは、握り締める剣のかたい感触。冷たくて熱くて手のひらに吸い付くような金属のかたち。
常にかたわらにあった、扱い慣れた剣を探して──視線がさ迷うけれど、その視線の低さに戸惑う。まるで、子供の高さだったから。
両親に握り締められた自分の細く、小さな手を見て、あれ、と不思議がる。
白くほっそりした可愛らしい手。
記憶と違う。違いすぎる。いや、アリアーツェの手には間違いはない。だが自分の──……の手はもっと。
剣ダコで硬くて切り傷だらけで最後は右手の小指を失った。手にも顔にも染みが残るくらいの血を浴びた。切り裂いた肉や骨の感触と悲鳴やうめき声も身近に思い出せる。
「ッ」
ぎゅ、と手に力を入れると、両親が気遣うように頭を撫でる。
(私は……わたしは──自分は──?)
様々な風景が浮かんで消える。
優しい両親とのんびりした田舎の風景──これはアリアーツェ。
憎しみと怒りと痛みと悲しみ。家族も友人も仲間も知人も失った、平民出身の剣士──大陸が帝国に統一される前の、これは……アリアーツェになる前の自分。
豊かな物に溢れた平和な現代で平凡に暮らしていた一般人──これは、さらに剣士の前の自分だ。
(生まれ、変わり……)
呆然とテーブルの上を見つめていると、ようやくドアがノックされた。
「失礼する」
質素な教会に似合わない、優美な貴族の青年と、騎士が姿を見せた瞬間、アリアーツェは悟った。
自分が、帝国の大陸統一を邪魔していた、身の程知らずの人間だったことを。




