隣りの隣りの領地から
クライツ領の幼年学校に、アリアーツェはあっという間に馴染んだ。
見た目より、だいぶ活発な美幼女にみんな驚き、先生方がたまに目を回す事もあったが、概ね受け入れられた。
何せ、ずっと精霊達がそばについているのだ。ちょっとでも危ないと、風がさあっと助けに入る。
一度、注意されれば理解するし、他の子供にも配慮できるし、とにかく明るくて元気いっぱい。
午前中の授業も、歴史以外は眠ることなくきちんと受けた。
学校がおやすみの日は、クライツ夫婦と一緒に過ごした。
ブドウ畑に行ったり、ピクニックしたり、夫人に刺繍を習ったり。
領主のお仕事を見学したり、使用人達のお仕事を手伝おうとして困られたり。
絵を描いたが食べ物ばかりだったり、こっそり屋根の上に登ったり。秘密でギルドを覗いたり。
誰にも邪魔されず、毎日平和に穏やかに、楽しく過ごした。
遊び疲れて眠ってしまう日が多くなり、母親への報告が三日に一度に減ってしまい、両親はちょっと寂しそうだったりしたが。
夜は必ず、精霊達が一緒に寝た。
アリアーツェがのびのびと羽を伸ばしているので、精霊達も喜んだ。本来なら、家族の元で出来たはずの、普通の暮らしだから。
「この地の人々は、素晴らしいですね」
「うんっ! みんな大好き!」
のんびりとした温暖な地域なためか、領民ものんびり、まったり暮らしている。
クライツ領は、天候に恵まれ続け、少しあった自然災害もぴたりとなくなり、農作物の出来がぐんと良くなった。
不健康な領民達が少しずつ健康になり、土地全体が浄化され、良い事ばかりが起きるようになった。
何が原因なのか───最初に気付いたのは、クライツ領主の館の人々だ。
アリアーツェが本物の聖なる乙女だと理解すると同時に、感謝し、その秘密はしっかり守られた。
そうして、幼年学校での過ごし方にすっかり慣れた頃、事件は起きた。
「領主さま、お隣りさんから知らせが───!」
クライツ領主のもとに、急いで連絡が入ってきたのは、午後のお茶の時間の時だった。
天気がいいからと、館の庭でみんなでくつろいでいた所へ、領民が走って来たのだ。
穏やかだった空気が固まり、つい椅子から降りたアリアーツェを、メイドのアンがつかまえる。
領民から、何やら話を聞いているクライツ夫婦を横目に、部屋に戻された。
「アン?」
「後ほど、きっと教えて下さいます。お部屋で待機していましょう」
「……はい」
だが、やっぱり気になる。
(風さん)
(お任せあれ)
最近はもう、言葉にしなくても、アリアーツェの希望を精霊達は叶えてくれる。
たまに暴走するが、それはそれ。
自分の部屋で、幼年学校の友達同士で手作りした、ブサイクな人形モドキを、ぎゅっと抱きしめて待つ。
アンが、紅茶をいれてから、いったん退室していった。領主夫妻の様子を見に行ったのだろう。
「なにか、あったのかな」
「……少なくとも、クライツ領には何一つないです」
水の精霊が、頭を撫でてくれる。
光の精霊は、大きな窓から外を眺めた。
「他の領地かな? 隣りのって言っていたから」
「おとなり」
アリアーツェは懸命に、授業で習った地理を思い浮かべる。
クライツ領の周りは、同じ子爵家がひとつ。あとは男爵家が二つ。
窓の外から、風の精霊が戻ってきた。
「分かりましたよー、どうやら、盗賊が出たようです」
ぴくっとアリアーツェが反応した。
「……盗賊?」
「隣りの子爵家の、さらに隣りの南側の山の村が、襲われたとか」
「いつ?」
「一昨日らしいです。まだ被害状況を確認中らしく、しかも事後だったらしくてですね……一応、注意の連絡で」
「風さん、光さん!」
アリアーツェの顔つきが厳しいものに変わり、精霊達はうなずいた。
「調べてきますね! 水は留守番お願いします」
「ええ」
「アリアーツェ、ちゃんと留守番してて下さいね?」
きゅっと抱きついてから、風と光の精霊は飛んでいく。
カタカタと震えるアリアーツェを、水の精霊は優しく抱きしめた。
アンが呼びに来たのは、結局夕食の時間になってからだった。
夕食の席で、普段にない厳しい顔つきのクライツ子爵から、やんわりと説明された。
婦人はすでに顔色が悪く、使用人達も不安そうに耳を傾けた。
隣りの子爵家の隣りの領地で、盗賊が出たらしい事。
探しているが、盗賊達が見つかっていない事。
危険なため、しばらく学校はおやすみになる事───。
「あちらが人手が足りないそうでな。ちょっと手伝いに行く事になった」
夫人は予想していたのか、ますます顔色が悪くなる。おでこに手をあて、ぱたりとテーブルに突っ伏した。
「テリサ!」
「奥様!」
慌てて、使用人達が夫人を囲む。
心臓がきゅっとなって、アリアーツェも動けない。ただ、視線は逸らさず、立ち上がったクライツ子爵を見詰める。
使用人達に運ばれていく妻を見送り、領主は小さな少女の傍に来ると、膝を折り目線を合わせた。
一瞬迷ったように、それから意を決して口にする。
「私が戻るまで、テリサと皆を頼んで、いいかね?」
アリアーツェと、精霊達に頼んでいるのだろう。
アリアーツェは、すぐさまこくんとうなずいた。
「ありがとう……」
そうっと抱きしめられた。
いくら、大陸が統一されようと、新しい制度を作ろうと、国に従わない者達はいる。
村や街から外れ、社会に馴染めず、欲望に勝てず、罪を重ねるはぐれ者達が。
そういった者達は、深い山間に隠れ住む事が多い。
大陸はあまりに広く、住める地域なら何処にでも、人々は住めるのだ。食料と水さえあれば。
地域ごとに賊の種類も、規模も変わり、脅威もまた変わる。
東辺境の山深くに、昔から隠れ住む盗賊は、厄介な犯罪者集団だった。
クライツ領民の中から、狩りに慣れている三十人ほどを率い、隣りのハワム子爵家にいったんお邪魔して、その息子と領民達と合流し、さらに隣りの子爵家に辿り着いたのは、三日後である。
「クライツ領主! ハワムの子息も、来てくれたか!」
自分と同じ、いやそれ以上に年老いた老人に、肩を叩かれ出迎えられた。
「サザイツ子爵、……その後の進展は?」
「ない。……村は焼き払われ、全て奪われておる……出たのは〝大猿〟だ」
クライツ子爵も、ハワムの息子も、青ざめた。
厄介な犯罪者集団には、たまに異名がつけられる。その名前を聞いた途端、連れてきた領民達も顔色を変えた。
「逃げた先は、南側の大森林だ」
「狩りは、明日からだな。まずは領民を休ませたい」
重々しい頷きが返された。
「〝おおざる〟? 知らないな」
風からの中継を聴きながら、アリアーツェは地図を睨んでいた。
地方の盗賊だ。剣士も聞いた事がなく、首をひねる。
幼年学校は休校になってしまったため、アリアーツェは自室でお勉強だ。
クライツ領近辺を、拡大した簡易地図は、クライツ家の領主の執務室から借りてきた。
それを参考に、お絵描き用の木皮に、丸を描いていく。
斜め横に三つ。その周りに、大きい山が二つ。小さな山がたくさん。
山を越えれば山脈が続き、陸地は終わる。その先は海だ。
山がたくさんあって、領地の周りには小さな村がポツポツあるらしい。襲われたのは、その村のひとつ。
遠くの大人達の会議を聞きながら、バツ印をつける。
一番右の丸の下、やや右。
山狩りは明日の朝から。半数はサザイツ領地の近くを満遍なく、残り半数で村からの足取りを探す。
クライツ子爵は、若い時に狩り経験があるらしい。なんと、足取りチームのリーダーを申し出た。
サザイツ子爵は恐縮しながら、自領の周りを受け持つ。
ハワム子爵の息子、名をイアンは遊撃隊だ。若手数人を率いて、サザイツ領の他の村を調べる。
「ふむふむ」
結局、大猿の由来は不明なまま、会議は終わってしまった。
集まった領民達の話を拾ってみたが、はっきりしない。ただ、皆かなり怯えているようだ。無理もない。
普段は農作業をしているのだ。持ってきた武器も、弓や短剣、槍など。装備など、革の胸当てや、腹巻みたいな物や、分厚い手袋くらい。
光の精霊が、集まった山狩りの領民達を映してくれたが、見てると余計に頼りない。
「……行きたい」
「ダメですよ。まだ、あなたは幼い」
頭を撫でながら、水の精霊にさとされる。
「代わりに、二人を行かせたのでしょう?」
(任せて!)
(領民達は護る)
「うん……」
不安を抱えたまま、翌日を迎えた。




